第二十五話 友軍
わー……わー……。
「なんだこのざわめきは」
「耳くそでも詰まってるんじゃないすか。ほっとくと時々かさこそしますよね」
「……いやそれはないかな」
行き倒れ君には聞こえないようだが、勇者の野生的な耳は異変を察知した。
「しかし聞き覚えがあるのだが」
勇者は草を毟る手を止めて立ち上がった。
わわー…わー。
「ちょっと大きくなってきた気がするぞ」
「あれ、葉擦れの音にしちゃ妙っすね」
近付くざわつきは、勇者城の方向からだ。
二人は顔を見合わせると駆け出した。
勇者は目の前の惨状に危うく失禁するところだった。
人が押し寄せ麗しい勇者城に群がっている!
(おっお城ちゃんんんっ!)
勇者は動転のあまり、勝手にお城ちゃんの気持ちを分かった風にシンクロして叫んだ。
「いゃあっ触るな馬鹿者汚らわしいっ!」
そして臆せず人の山に突撃した。
「あっ勇者さまだ」
「おお勇者さまだぞ!」
「とんかち勇者さまだ!」
突撃した勇者は持ち上げられた。
そのまま波のような人の手の上を流されていく。
「これ離しなさい」
手の波間の上をたゆたいながら、片手の親指と人差し指を顎に添えて考えるポーズをとる。
(ふぅむ、どうにも見覚えのある連中である)
物思いに耽っていると、わーわー音波防壁の向こうから別の声が届いた。
「おっ久しぶりだなぁあんた、名前は確かええっと……とにかく久々!」
「……勇者さーん、こいつら遭難してた奴らっすよー」
行き倒れ君は、遭難するまで雑談したりと行動を共にしていた者からも名前を忘れられているようだ。
憮然として挨拶を返しもせず、勇者に声をかけてきた。
「なんと大人気ないのだ行き倒れよ」
勇者には言われたくないだろう。
行き倒れ君はつい言い返しそうになったが、話しかけてきた男が遮った。
「あちゃあっいけねえそうだった。物忘れがひどくてよ悪いなユキダオーレ!」
「ふ、はは、ハハハ……」
行き倒れ君は、暗い顔をして呪いの言葉をぶつくさと吐くしかなかった。
勇者はゆらゆら揺られながら、横向きに寝そべり片手で頭を支えた。
「しかしそうか遭難組の皆さんかね。随分とお元気そうではないか」
「勇者さんのお陰です!」
「ゆゆ勇者っゆゆ勇者っ勇者さんのおかげっすいぇあ!」
波状わーわー音波振動が、数日ぶりに運動して強張った勇者の体をほぐすようであった。
(んふぅなかなか気分が良い。ではなく、お城ちゃんに危害を加えようとしたのではなかったのだな。俺様を待ち受けていたのか)
見た感じ危ないが、ひとまず争うような危険はないと思い、勇者は行き倒れ君を振り向いた。
「緊急事態発生、緊急事態発生、総員直ちに勇者城に集合してください」
「タダノフさんたちを呼んでこいと……了解っす」
行き倒れ君は一瞬呆れた目で勇者を見たが、すぐに走り去った。
どんどん悲しい鍛えられ方をしていく行き倒れ君だった。
揺られているのも楽しかったが、少し飽きてきたので勇者は言った。
「ああなんだね興奮する気持ちは理解するが、そろそろ降ろしてはくれまいか」
わーわー軍団は勇者の前に整列した。
楽しそうな顔付きであり邪気は感じられない。
勇者は彼らを眺めつつ思案する。
(無邪気な軍団というと、めちゃくちゃ怖い気がするのはなぜだろう)
「して何用だね」
勇者は鋭く切り込んだ。
「へえ、いつぞやお助けいただいたご恩をお返ししたいと皆で知恵を絞ったのでごぜますよ」
「それとこれと何の関係が?」
勇者に答えるように、様々な声があがった。
「面目ないことですが、移住しようとしてたくらいですから財産もなく」
「何かを持ち寄るにしたって、命のお礼とは到底釣り合わない」
「おらたちに出来ることといえば、体で払うくらいしかねぇですだ」
「ぽろっという話で盛り上がったんですよ」
聞き捨てならないような聞きたくないような言葉が聞こえた気がした。
勇者は困惑するも恐る恐る尋ねた。
「結局、どうしたいのだ」
前列の代表ぽい男が答えた。
「どうせ移住すんなら勇者さまのお助けになろうと決めたんです」
「へ」
目を真ん丸く開いてぽかんとした勇者の口は、空気を吐き出すしかなかった。
「い、いや、いやいやいやいやいやぃやぃ」
二の句が告げない。
「俺達は畑も持ってましたし、それ以外の職人も揃ってます。お力になれるかと思いましてな」
「お力にってのは具体的に……?」
「勇者様んとこに移住しますだ!」
なんだか勝手にやる気に満ち満ちた遭難組に、流されそうになった勇者は、腹に気合を入れた。
「だってほらそう、領主! みんな領主になりたくないのかねっ!」
「え」
「いや別に」
「住み易い場所ならどこでもいいかなって」
勇者の誘導は不発に終わった。
「住み易いって言ったって、誰かの領民になるなら結局変わらんではないか。というか慣れた場所から出るほうが大変だろう」
「いやあそれが、痩せた土地のちっこい村だったんですよー」
にこにこしながらもそんなことを話し始めた。
「な、なんと……それではまるで俺様の故郷と変わりないではないか。まさか雪の無い場所でさえ、そんな村が存在するとは」
「勇者さまもあの大変な山脈で暮らしてたんですなぁ」
あっさり流された勇者だった。
そして勇者は力強く頷いた。
「よくぞ、俺様の下に集ってくれた」
「勇者の下に!」
「勇者と共に!」
わーわーと歓声があがった!
(うっわーなんで許可したのだ俺様の馬鹿!)
歓声を聞きとがめたタダノフ達が走ってきて叫んだ。
「すごい声が聞こえたけどどうしたの!」
「何事ですか、その者達はっ」
「まじないが効かぬとは、死霊ではないようですな」
勇者はゆっくりと首を巡らせた。
皆が足を止めると、青褪めた勇者は無表情に紹介した。
「というわけで帰ってきた遭難組の皆さんでしたー」
そして救いを求める目でコリヌらをがん見する。
近く寄るよう手でかもんかもん合図すると、ぼそぼそ話し出した。
「ここコリヌよ、どどどうしよう。こんないっぺんに押し寄せられても税金がお芋だから俺様が役人に領主で……」
「勇者よ落ち着いてください」
「意味わかんないよソレス。それより餌の危機じゃないか?」
「乗っ取りだったりするかもっすね」
「その場合はこのノロマ、禁断のまじないでもって滅しますので」
「それはやめろ!」
勇者達が頭をつき合わせて話している背後から、控えめに声がかけられた。
「あっあのう、勇者様方。思いっきり聞こえておりますよ」
「ぎゃー今のなし、もう一回、ねっ!」
「いえいえ御心配はごもっとも」
「へっ? そ、そうかね。ご理解頂けて勇者も嬉しいが」
勇者達は喉を鳴らして遭難ブラザーズを見た。
「しばらく食い繋げる食べ物も、種苗や道具も持ってきましたし、俺達は働けるもんだけです。そのことに関してはご心配なきよう」
群れを率いてきた年長の男がずいと前に出て、勇者の心配を制した。
「お任せいただけるならば、納める以上の収穫をお約束する所存です。しからば、ちょろまかす方も心得ておりますれば」
そして人の悪い笑みを浮かべた。
勇者の心に立ち込めた暗雲は男の言葉に晴れていく。
「そちもわるっぽいのぅぎひっひっ」
「勇者様ほどではふしっしっ」
役人達も結構曖昧なのだ。
規定量納めていればそれ以上の追求は滅多に無い。
民だって同じ空腹を訴える者がいるなら、よく知らない国の人達より、お隣さんを助けたいのが人情ってもんだ。
とはいえ、勇者にも考えがある。
例え己の存在意義である完徹能力を封印しようとも、勇者であることだけは最後の砦だ。それを放棄するだなんてとんでもない。
勇者は両腕を腰に当てて胸を反らした。
「あー遭難種族の諸君よ聞きたまえ。そこまでの気骨があるならば、不正をせぬ勇気も持てるな?」
勇者は真剣そのものであった。
「おお、なんと……」
雷に打たれたかのように遭難組は怯んだ。
勇者は己の信念を堂々と、恥ずかしげもなく垂れ流す。
「俺様は勇者と呼ばれてきた。自身でも呼ぶ。なればこそ勇者たらんとあらねばならぬのだ! 不条理な決まりごとであろうとも、一旦引き受けたことならば全力で守る。それには勇気が必要であり、それこそが勇者ということなの、だっ!」
勇者は高揚し拳を掲げて熱く語っていた。
覚悟して引き受けたのではなく、ショックでうっかり署名したことは黙っておいた。
「は……ははーっ! 感服いたしましてござい。我ら一堂心を入れ替えて勇者さまのもと、一心に励みもうす」
遭難組は平伏した。
涙を流す者まである。
その感動的な光景に、勇者の背後からは胡乱な目が向けられていた。
「なんという甚だしい勘違い!」
「勘違いでも、人手が増えるとはラッキーかもしれんですなー」
「餌の管理大丈夫かねぇ」
「俺の代わりの配下が見つかるかも……」
どんな辺鄙で悪辣な環境に過ごしたら、へっぽこ勇者に感動できるのであろうか。
肝心の勇者の仲間は、そんなことを思っていた。




