第二十三話 凡人覚醒
役人が去ってからの数日というもの、勇者は城周りの地面を整え柵を作り丸太の壁を拭き掃除などして過ごしていた。
それはまだいいのだが、傾斜した屋根をじっと見つめていたり柱を撫でていたり壁に頬ずりしたりと不審者そのものだ。
食事時に顔を合わせてもこんな調子だ。
「もう俺様は根性とか色々と試される完徹の勇者ではない……腑抜け勇者だ」
自信を喪失しても勇者という呼び名は譲れないようだ。
本当に心折れたのか疑わしいが、勇者の中ではすっかり馴染んでしまっていたので、そこまで考えが至らないのだ。
勇者という言葉の意味を再考した方がいいし全国の勇者ファンに土下座すべきと周囲は思ったが、これ以上こじらせるとまずいので胸中に収めておく。
(早く正気に戻って働いてほしいんだが)
勇者の姿に皆の心は一つになりつつあった。
今日も皆が仕事に出払い、土を掘り返す作業に精を出す。
しかし勇者は城に張り付いて動かない。
行き倒れ君が一日の仕事を終えて戻ってくると、壁沿いに倒れている勇者が目に入った。
「勇者さん……っ?」
慌てて走り寄った行き倒れ君は、状況を認識すると溜息とともに呆れた目を勇者へ向ける。
勇者は草の寝床を壁沿いに作り、お婆ちゃん製のマイ座布団を抱きしめて丸まっていた。
「あのう、なんで外に寝てるんすか」
城の入口そばに寝転がっていたので、扉を開閉するのに邪魔だし危うく踏みつけそうになるだろうしと、行き倒れ君は迷惑そうに尋ねた。
言外に邪魔くせえと含めて語気を強めている。
勇者は丸まってそっぽを向いたまま答えた。
「……俺様は、お城ちゃんに相応しい男ではなくなったのだよ」
そして、ちらっと行き倒れ君を見た。
行き倒れ君は、うぜえええと叫びだしたかったが堪えた。
勇者はそんなことをほざきつつも城の壁に寄り添うように寝ているのだ。
いつまでもうじうじと未練がましいことこの上ない。
「そっすか。んじゃまたあした」
外で寝るのにまで付き合わされてはたまらんと撤退しようとした行き倒れ君は、勇者の足に阻まれていた。
「ふぎらあっ!」
つんのめって扉へと鼻を打ちつけた音と叫びが辺りに響く。
「冷たいではないか行き倒れ」
悶絶の収まった行き倒れ君の目には、痛みで涙がたまると同時に怒りの炎が燃え盛っていた。
かくして、村人Aとしかいえない凡人だった行き倒れ君は覚醒した!
意味不明な行動やなんやかやと溜まっていたストレスを大解放である。
「落ち込むのにぃ人を巻き込むなぅああああ……っ!」
「ひゃぎゃっ!」
眼前に立ちはだかる勇者という巨大な壁。
今日この日この時、行き倒れ君はそれに挑んだのだ!
ちょっとばかり勇者が衰えているときを狙い打っているのだとしても、戦いとはいつ何時起こるか分からないし、闘士ならば常に万全の状態を維持することも能力の内とかまあノルマみたいなものであろう。
(そうだ不意を打たれるほうが悪いっす!)
行き倒れ君の無謀な挑戦が今始まる。
「いっ意外と痛いではないか行き倒れ!」
へたれていようとも野生的な生活を送ってきた勇者。
掴みかかる行き倒れ君に対して、体が無意識に反撃態勢をとっていた。
飛び起きた勇者は腑抜け具合を象徴するかのごとく、腰は引け両足は内股気味に震えているが、両腕だけは防御を意識して前面に構えている。
「いい加減に働くがいい腑抜け勇者あぁっ!」
「腑抜けてるというくらいだから力が入らんのだよ行き倒れえええっ!」
柵や寝床をこしらえる元気はあるくせにそうほざく勇者に、行き倒れ君の拳が振りかざされる。
なんの捻りもない単純パンチだ。
単純がゆえに強い、かもしれない。
「俺様をここまで追い詰めるとは、な……いいだろう、俺様最高の技で貴様を屠ってやる」
勇者も弱った力を補うべく、禁断の技を解放する。
片手だけでなく両手の人差し指を目線の先に突き出した。
「必殺――指突き二刀流っ!」
以前の杖男との戦いにおいて、勇者は指一本しか鍛えていないと言い放ったが片手とは言っていない。
そう、勇者はあえてミスリードしていたのだ!
小心者能力におけるせこさの加護は伊達ではない。
力の半減した勇者の指突きと、渾身の行き倒れパンチが交差する。
渾身といえども行き倒れと聞くと強いのか弱いのか困惑してしまう響きだったが、はたして結果は――相打ち。
「ぐうぅうう!」
「ぃいいああ!」
運命とはなんと気紛れなのだろうか。
互いが鍛えた技で相手を降そうと正々堂々全力を出しきったというのにだ。
こともあろうに勢い余って、頭をぶつけ合ってしまったのだった。
「こ、これは、予想外」
「くっそ、これも腑抜け勇者のせいだ」
「なにおう」
こうして日が傾くまで、ぽかぽかと拳で語り合う二人だった。
夕飯時なので、そう時を置かずしてタダノフ達も帰ってきた。
「なんか……ぼろきれみたいなのが二つ転がってるんだけど」
泥まみれでのびている勇者と行き倒れ君を、タダノフは爪先でつっついた。
コリヌ達は達観をつきぬけ、何事もなかったかのように食事の支度を始めた。
食事時は大抵お行儀良く過ごす。
暗黙の了解である。
食に貧窮している中だ。
例え怒りに我を忘れようとも、椀をひっくり返すようなことは絶対にしない。
うっかりは除く。
コリヌはお茶を入れると、静かに並んで座る勇者と行き倒れ君に差し出した。
「まあ開拓での奮闘はエキサイティンッなのは確かですが、知らぬうちに疲労も蓄積しているものですからな。並外れた体力をお持ちの勇者といえど、心休めることも大事なことですぞ」
よく忘れかけるがコリヌが治めていた辺境の地は、開拓も任されていたから経験者である。勇者の妄想よりは無論聞くに値する。
コリヌは体験談を掻い摘んで話した。
何もない荒地で開墾作業等にかりだされた領民の中にも、孤独や郷愁の念、はたまた自宅のお布団を恋しく思って腑抜ける者はいたという。
現在のこの地のように一からの作業でも永続的に滞在しろというわけでもないにしろ、不意に心弱るときは訪れるものらしい。
そんな話を勇者はふむふむと頭だけで相槌を打ちつつ聞く。
行き倒れ君との死闘で顔を腫らしているので口を開くと痛いのだ。
(コリヌはこんな時代や環境の中を生き抜いてきたのだな)
そこでようやく、勇者は謎理論で自信をつけていた己の青さを痛感する。
幾ら能力が飛びぬけていようと、所詮大人の階段を上ったばかりだ。
碌な人生経験もない。
勇者は自分の倍は生きているコリヌに、両親に対するのと似た敬意を抱いた。
実際、お父ちゃんお母ちゃんが生きていれば同じ年頃だ。
頼もしく思えるのも自然なことだろう。
責任をほっぽって道楽三昧の為にこの地へ来たかもしれない禄でなしの可能性には、今の勇者に気付けるはずもなかった。
ともかく今は、勇者以外の全員が団結していた。
面倒臭い男とはいえ、意外と小まめだったり決断が早かったり体力と執念力に任せた行動力もある。
変わり者の仲間達を率いるに相応しいリーダーシップを発揮していたのは確かだと誰もが認めていた。
因みに変わり者とは自分以外のことだと、誰もが厚かましいことを考えていた。
一番歳若い者に甘えていたことを自覚し反省しつつも、そもそも歳を知ったのは最近だしと逆切れし、やっぱり甘えるためには元気を取り戻していただくしかないのだと思い至った。
禄でなししかいなかった。
実際問題、開拓途中であり、一人の働き手でも損なうのは痛い。
勇者は落ち込んでいても、食うものはしっかり食っていたのだ。
だからコリヌはずいっと前に出てずばっと説いた
「勇者よ。腑抜けていても、問題は解決しませんぞ」
勇者は下を向き、もごもごと苦悩を絞り出した。
「ゆるふわコリヌに俺様の哀しみの何が分かる。きっと生まれたときから屋根つきの家に住んでおったくせに……」
(屋根から離れないのか)
コリヌはひとまず、端々から集めた情報を吟味する。
「領主になるのが夢だったならば、その経営に運用もその一部ですぞ。単に名乗るだけで良いと、この荒れた地の中で終生過ごすおつもりか」
勇者は漠然と、話の噛み合わなさを感じていた。
噛み合ってるときの方が少ないのだが、それで通じるならばそれでも良いのだ。
しかしこれについては噛み合わさなければなるまい。
勇者は秘めた目標を誰にも語っていないことに気付いた。
話してしまったら、それで満足して実現させる気が失せそうだから秘めていたのだ。
第一ステップである、土地を確保し領主になるところまできたのだから、そろそろ話すべき時が来たのだと悟った。
「コリヌよ……いや皆聞いてくれ。俺様の真の目標は別にあるのだ」
深刻に切り出した勇者に、特に驚くでもなくふーんと皆は頷く。
「俺様は、故郷である北の山中村の全員を呼び寄せるつもりだったのだ」
「ほう」
「なんと」
その内容にはさすがに全員が目を丸くした。
「ソレス殿、なんで過去形なんですか」
ノロマが鋭さを発揮した。
揚げ足取りと水を差すことには長けているのだ。
「だっだから、自信がなくなったのだよ!」
勇者は逆切れして駄々を捏ねた。
コリヌがぽんと手を打つ。
「はいはいなるほど、それで納税が心配になったのですな」
勇者は驚いて顔を上げコリヌの口髭を見た。
こんな荒地でも艶々しているのが少し不思議になったが、言葉の意味について考えを戻す。
「そ、そうなのだ。俺様たちは十分に働けるからいい。だがしかし、お婆ちゃんや腰の悪い村長さんとかに無理をさせられんのだ。させたら怖いし」
「それで頭数分だけ一律に税を取られては到底生活が成り立たない、ということですな……ふむ」
さすがは新旧領主のコリヌである。
「勇者よ、ご心配はよくよく分かりました。しかしどう足掻いてもですな、もうしばらくは我々だけで張り切らねばなりますまい。今から先のことを考えすぎてくよくよしていては可能なことさえ不可能となりますぞ」
全くもってその通りである。
それでも勇者が返事をしあぐねていると、コリヌは提案した。
「いやはやさすがは私の見込んだ勇者だ。よもやそのように崇高な目標がおありだったとは! 不肖このコリヌも手をお貸ししますので何なりとお申し付けくだされ」
「そうですなーソレス殿、初めからそう言ってくれたら相応のまじないを用意したのに」
「余計なことすんなよノロマ。ソレス、あたしもソレスの婆ちゃんにはご馳走になったし、また会いたいから頑張るよ」
「餌のことしか頭にないんすかタダノフさん。あー勇者さん……さっきは激おこでさーせんっした。でも働いてくださいよ」
コリヌ護衛トリオも何か言ってくれたが、とにかく勇者はちょっとばかり鼻高々になっていた。
(なんと、力を封印し役立たずとなった腑抜け勇者に、力を貸してくれるというのか……俺様は良い仲間を持った。いつの間にか魅了能力とかまで会得してしまったのだろうか。俺様ってば溢れんばかりの才能が怖い)
ちょっとどころか調子にのりすぎているようだ。
コリヌはもう大丈夫だろうと話をしめた。
「作業しながら、案を出し合おうではないですか」
「そうだなコリヌよ。始める前から怖れていては、城に屋根もつかなかったし麦粥を食すことも叶わなかったであろう」
勇者は仲間達の顔を満足気に眺め、お礼を言った。
「……感謝するぽっ」
勇者の顔に笑顔が戻る。
どこから来ているのか、謎の反射現象で歯を光らせにかっと笑う。
その頬は殴り合いで腫れあがっているし、目も充血して不気味である。
それでもいつもの調子が戻ったことに、全員が安堵したのだった。




