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完徹の勇者  作者: きりま
領地拡大編

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第二十二話 勇者、領主になる

 勇者一行は丘を下る道の上に立ち、裾へ続く景色を見るともなく見下ろしていた。


「勇者よ、いかがなされた」

「勇者さん?」

「おーいソレス、いつまで手を振ってんの」

「ソレス殿ーお役人さんは帰っちゃいましたよ」


 勇者達は、役人一行を見送っていたのだ。

 既に彼らの姿は遠のき、ごま粒ほどになっている。

 だがその場に留まっていたのは、感極まってとかではなく、勇者が動こうとしなかったためだ。


「魂が抜けたような顔してますなー」

「ちょっと感動しすぎっすよ。勇者さん戻ってきてくださいよ」


 幾度かの呼びかけに、勇者は手をひらひらとさせていることに気付いた。


「おや俺様はいつの間……にいいいいいいっ?」


 慌てて辺りをぎょろつくと、腕の中でかさかさと音を立てるものがあった。

 脇の方に視線を落とすと、振る手とは逆の腕に書類を抱え込んでいる。

 係の持っていた紙だ。


 勇者は目を見開き、震える両手で書類を掴みなおすと紙面に目を走らせる。



『ノンビエゼ領、承っ認! 領主、ソレホスィ・ノンビエゼ。んもう全力で認めちゃう。ふるさと農税よろしくね!』



 主な内容は、少しばかり説明を受けた、半年に一度の農税祭に関する詳細がずらずらと続いている。

 だが勇者は書き出しの一文に目をむいた。


「りりりりょうしゅ誰が、えっ俺様の名前?」


 なんとも身の丈に会わない身分に腰が抜けそうになった勇者だが、問題はそこではない。


「だっ誰が勝手に承認したのだあっ!」


 全身から汗が吹き出る。

 その異様さに周りは一歩後ずさった。


「……勇者さん自分で書いてたっすよ、すらすらっと。いやあ字が読めるし書けるんすね、意外でしたよ」


 勇者が物思いに沈んでいたなど知る由もない。

 行き倒れ君は、勇者が読み書きできるのを褒めて欲しいのかと思い、そう言ってみたのだ。




 受け取った時の一連の記憶が、勇者の脳裏にうっすらと浮かび上がる。


「ではこの二枚に署名してください……はい確かに。おめでとうノンビエゼさん、この辺ではあなたが一番大きな土地を持つ領主ですよ」


 登録係は機械的に微笑みながら、署名した一枚を勇者に手渡した。

 補佐係からも、色々な説明を記した書類を渡される。

 勇者がそれらを抱きしめ呆けているのを見て、役人達は苦笑しながら去っていった。




 口から何かが抜けている間に、自動書記していた勇者だった。


「なにをするんですソレス殿!」


 思わず勇者は、書類を破り捨てようと手をかけていた。

 ノロマの声に半分敗れた紙に気が付くと、どうにかそこで衝動を抑える。

 わなわなと震える腕で、そっと書類を抱えなおした。

 そうしないと取り落としてしまいそうだった。


 先ほどまで沈んでいた思考の渦が現実感を持ち、我に返った勇者に重くのしかかる。



「いやすまぬ。大層な肩書きに、不釣合いな俺様の名が並んでいることに気が動転してしまってな」


 勇者の言葉を聞いて、周囲は顎が外れるかの如き衝撃を受けた。


「えっ」

「勇者さんが」

「自己評価を」

「下げたですと?」


 領内の歴史で、かつてこれほどの驚きがあったであろうか。

 一月かそこらの歴史内ではあるが、いやない。


 この中で最も付き合いの長いタダノフですら、そんな勇者を見たことはなかった。

 根拠の無い自信に支えられた勇者の世界に、謙虚さなどというものは存在しないと、誰もが信じきっていたのだ。


「帰ろう、お城ちゃんの元へ……」


 勇者は誰にともなく呟いて、ぽてぽてと歩き出した。





 勇者は黙っていてすら鬱陶しい存在感を振りまく男である。


 それが見る影もなかった。

 今は折り目正しく足をそろえて、石の椅子に力なく腰を下ろしている。

 覇気のないどころか、虚ろな様子が不気味だ。


「あー早めだが、夕餉ゆうげの支度でもしましょうか。護衛達頼むぞ」

「はっすぐに!」


 コリヌ達は、少しばかり豪勢な献立に決めた。

 領地を正式に認められたお祝いだ。

 残念ながら勇者にとっての豪勢な献立――麦粥である。

 様子がおかしいのが気になるし、勇者に気を使ったのだ。

 とはいえコリヌ達にとっても祝い事だ、せめて少しは好きな物をと芋も少量足した。


 準備する間ぽやっとしていた勇者だったが、椀を手渡すと、その鼻は麦粥に反応して膨らんだ。


「うまい」


 木の匙を口に運ぶと目の焦点が合い、勇者はようやく口を開いた。


「一体どうしたというのですか勇者よ。領主となるのがゴールではありませぬぞ。大変なのはこれからなのですから……ささっ麦粥で元気を出してください」


 コリヌは責めているつもりはなく、よもやこんなところで燃え尽きたのかと心配になったのだ。


「なんというか……失望したのだよ。己の浅薄さにな。歯痒さが無限軌道で移動中なのだ」

「えっなに? きこえない」


 いつものことながら、今の勇者は特別意味が分からない。

 領地争奪戦を勝ち抜き、丁寧に準備を整え、正式に領主として認められたのだ。

 喜びこそすれ何に落ち込むというのか。

 ある意味真っ当な疑問をそれぞれが抱いていた。


「タダノフにノロマよ、ついでに行き倒れ。なんで俺様を止めなかった……領主として連合国に登録してしまうなど、愚かなことを!」

「えっ」

「なんですと」

「俺はついでかよ」


(いやだってそのために来たし!)


 ますます訳が分からなくなる。


 勇者は悔しげに歯噛みすると、ずそずぞと粥を啜り終えた。

 そしておもむろに立ち上がる。


「分からんのか。連合国は楽して国土を広げたのだぞ……俺様たちはまんまと彼奴らの手の平でくるくるルンバを舞い踊っていたのだ!」


 勇者の顔に刻まれた苦悩は本物だ。

 本気で登録してしまったことを嘆いていた。


「えっ勇者よ」

「いやだって」

「領主って」

「そういうものでは……?」


 今度はコリヌ一行が驚いた。


「さすがは腹踊りに長けた連中よ……あっさり騙されるとはな」

「それは腹芸では」


 勇者は強く握り締めていた空の木椀を、ゆっくりと掲げた。


「おかわり」


 護衛君その一はびっくりしながらも、椀を受け取る。

 コリヌは口髭の端を摘みながら、きょとんとしたままだ。


「ええと、いや何も騙してなどいないかと。そもそも登録を受付けるとはじめから伝えられておりましたし、なんと言いますかその、連合国で領主といえばそういうもんかなあと……」


 勇者はおかわりを受け取り黙々と食べている。

 コリヌは何をどう言ったものかと考えつつ勇者を見ていると、勇者は無表情にぱくつきながらも、ぽろぽろと涙をこぼしだした。


(うわーどうするよこれー)


 初めから分かっているべきではと言いたいところだが、勇者は肝心なところの脳細胞が死滅しているようだった。


「くっ……哀がこんなに重いならば完徹能力などいらん。俺様は、自身の存在意義を、今ここに――封印する!」


(本気で訳が分からねえ!)


 完徹能力の代償は、あまりに酷なもののようだった。

 しかし体を酷使しし続け老いてから後悔するよりも、地道に苦労したほうがいい。

 若いうちに気が付けたことは、勇者の寿命を延ばすだろう。

 これで良かったのだ。




 勇者の落ち込みの理由が、よく分からんが分かった。

 コリヌは一応そこで納得すると、祝いの音頭をとった。


「あー皆々様のご助力のお陰で、脱落者もなく領主となれました喜びをお……」


 護衛達は早速うんざり顔だった。

 コリヌの挨拶は長いのだ。


 その祝い気分や興奮も、勇者の嘆きによって空々しいものに変わっていた。





 その夜勇者は、寝床で胸の苦しみに唸っていた。

 麦粥を三杯もおかわりしてしまったためだ。

 その苦しみは、さらに勇者を落ち込ませた。



 勇者の脳内で登録係との会話が何度も繰り返される。

 住人が増えれば、それだけ課される量も増えるのだろう。


(村の者達を呼び寄せるという目標は、夢で終わるのか)


 役に立つどころか、余計に苦労させるかもしれなかった。

 勇者のやる気ゲージがしぼむ。

 心の中で、膝を抱えた勇者はぶくぶくと闇の底へと沈んでいた。


(幼き日に欲しいものが買えなかったと挫折したが、あれとも違う感覚だ。あの時はまだ、自分に力が足りてないからだと分かっていた)


 逆に言えば、力があれば手に入っていた。


 しかし今回の件はどうだと勇者は溜息をつく。

 どれだけ個人の力をつけようとも、どうしようもなく巨大な存在がある。

 国とかいう、多くの個人や組織の集合体。


 自分だけではどうにもならぬものと対峙した。

 どうしようもない、できない、乗り越えられない。

 そんな途方もないものを前にして、諦めるのとも違う、はなから挑戦しようとも思わない無理無理完全に無理という感覚を初めて知った。


 失意、絶望というものだ。



 何もしていないのに心が疲弊していき、勇者は明日起きれるかなと心配に思いつつも夢のない眠りに落ちていった。



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