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完徹の勇者  作者: きりま
領地探索編

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第二十話 杭が残らないように

「ふっんぐうぅ……っ!」


 一仕事終えて城に戻ってきた勇者は、杭につまずいてこけた。

 後ろに続いていた行き倒れ君も、脛を押さえて転がりうめく勇者を見て、自分が打ったわけでもないのに痛そうな顔をした。

 脛はやばい。

 つい過去に打ち付けた痛みを思い出してしまう。

 

「ええいノロマあああ! この邪魔っけな杭はいつ引っこ抜けばよいのだ!」


 勇者は吠えて辺りを見回している。


(お人好しだなあ)


 行き倒れ君は呆れて勇者を見ていた。

 不意の痛みにぶち切れつつも、勝手に引っこ抜いたりしないところに人の良さというか馬鹿正直さというかを感じていた。

 突飛な行動も多いが、そのお陰で命を救われたのだと思うと感謝すべきだろう。

 引き換えのように付き合わされることの理解不能さに、素直に感謝しきれないのであるが、深く考えない性格である。

 その内慣れるだろうとお気楽に構えていた。


「お、ノロマさんも帰ってきたっすよ」


 行き倒れ君が人影を認めて指差すと、くわっと目を見開いて勇者はすっ飛んでいった。


「このっノロマがあ!」

「ぎゃー!」


 ここのところ行き倒れ君に課せられているのは、二人の仲裁である。

 今まではタダノフが参戦してうやむやの内に静まっていた。

 残念ながら現在タダノフは、おーじ様ことコリヌに夢中である。

 馬鹿みたいに元気な二人を止めるのは、村人Aで片付きそうに凡庸な行き倒れ君にはいささか荷が重かった。


 幸い皆が顔を合わせるのは、食事時だったりする。

 行き倒れ君がどうにか出来ずとも、タダノフ達が戻ってくれば自然と収まるが、それまでの時間稼ぎも大変なのだ。


(あだっ! もー早くタダノフさんたち帰ってこないかなー)


 勇者達のとばっちりで青痣の減らない行き倒れ君だった。





 コリヌの護衛達が竈に火を入れ、食事の準備を始める。

 それを横目に、コリヌは勇者とノロマを呆れ顔で見つめた。


「おお勇者よ嘆かわしい。また喧嘩されたのですか」


 勇者は腕を組んで、ぷうと口を尖らせた。


「だってノロマがうざいんだもん」

「ソレス殿だって、うざさ関数がうなぎのぼりですからして?」


 またバトル再開かと思いきや、美味そうな匂いが勇者の腹を鳴らした。

 鼻の穴を広げて竈へ近付き、なんとなく定位置となった石へと腰掛ける。


「今日はなんだね護衛君!」


 勇者はうきうきと大鍋を覗きつつ尋ねた。

 バトル終了の合図であった。


「葉物が傷みかけてたんで、野菜雑炊ですよ」

「さようか! 栄養たっぷりであるな」


 勇者は差し出された木椀をほくほく顔で受け取った。


(どこの方言なのだろう)


 一瞬周りはそんな気持ちに包まれたが、すぐに食事へと意識を向けた。





「んで、さっきの揉め事はなに」


 タダノフが椀を啜りつつ、蒸し返した。


「そこな杭のことだ。脛をぶつけちゃったのでぷりぷり怒っておったのだよ」

「なっそんなこと一言も聞いてませんな! ノロマの腕長ヒョロガリばらんすワル魔人とか言ってたではないですか!」

「はっはっは俺様がそんなことを言うわけないではないか。まさか……心を読んだとでもいうのか?」


 またこじれそうになり、めんどくさそうにタダノフが突っ込んだ。


「餌、こぼすくらいならあたしが食うよ」


 二人は黙って椀を啜った。

 繊維の多い葉を、きゅっもきゅっも咀嚼しながら、それぞれが辺りを見やった。


 勇者城を囲むような落書きは円を描いている。

 その外側を四角く囲むように、杭が刺してあった。


「そういやこれ、目印とか言ってたね」

「詳しい話をしてませんでしたっけ」

「お前の場合、どこからどこまでが詳細なのか分かりづらいのだよ」

「専門的な知識というものは、簡単に説明しようとすると万の言葉を用いねばならないことが多いものですからして」

「無駄話が多いだけではないのか」

「森羅万象の全てが関連するものゆえ。あっ情報の取捨選択がへたくそなのは自覚してますよ。でもそんなつたないところもあざと可愛いでしょ!」


 怒りのオーラに飲み込まれそうになる勇者だったが、ひとまず耐えた。

 しかし表情は隠しきれていない。


「もっもう冗談が通じないんだから……えーまずはお試しからと話しましたでしょ」


 ノロマはようやく説明を始めた。


 ノロマがなかなか話そうとしないのにも理由がある。

 大抵の者は特に興味もなく聞いてくるが、専門用語や独自用語のオンパレードなのだ。

 誰もがちょろっと説明するだけで、面倒臭そうに去っていく。

 簡単に話せるのは、「快眠をもたらすまじないだよ」程度である。

 そういう輩に限って、結構大変だと誤魔化してもどうやるのかとしつこく聞いてくるのだ。

 そんなに堪え性がないのだったら初めから聞くなと叫びたいノロマだった。


 話を戻さなければと、睨む勇者達に気付き慌てて続ける。


「規模のでかい呪いですからして、まずは下書きのようなつもりだったんです。ですからこの後も、幾つかの工程を残していたのですが、まさか早速効果を発揮するとは思いもよらなかったのですよ」

「おや、ならばまだ術は終えてないというのか」

「うーん、なんといいますか。一応終えているのですが、効力を定着させる工程を残しているのです。例えば、何かを追加したいなら、今はまだ可能な状態です。定着後は何も施せません」

「ほー意外と融通が利くのだな」


 勇者達もようやく飲み込めた。


「この呪いの内容は防御に関するものですが、改めてお聞きしてから定着させようと思っていたのですよ……」

「なんで歯切れが悪いのだ」


 勇者の小心者能力が、不安な物言いに敏感に反応した。


「体に変化が現れてしまいました。口にするのは憚られますが、かなり危険な呪いにも手を染めたことのある俺ですら、こんなことは初めてです」


 ごくり、と勇者達の喉がなった。


「そそ、それが何か問題でも?」

「普段であれば、定着前なら術の解除も可能なのです。がっ思うに、これは解除するとまずいことになりそうな気がするのですよ。えーこの目や魔術陣円が現れた箇所ごと、持ってかれる気がしなくもないかなって? てへぺろ☆」


 勇者とタダノフは驚愕に目を剥き青褪め、次に赤くなり眉間に深く皺を寄せ、射殺さんばかりにノロマを睨んだ。

 二人は立ち上がり、固く握り締めた拳を震わせている。


「おっお待ちをおお! 大丈夫ですから! このまま定着させればオールオッケーですからして!」


 次の瞬間、ノロマは地中深く埋まる、はずだった。

 だが、勇者は口を尖らせたものの、また石へと腰を下ろした。

 いい加減、怒ったり怖くなったりと忙しすぎる感情の変化に疲れ気味であった。

 それに困惑したタダノフも、出鼻を挫かれたのか座りなおした。


 問題ない方法があるなら、勇者は特に拘らない。


「だったら早く定着しなさい」

「はっははあー! あいすみませぬぅ!」


 ノロマは、二人の前に跳躍土下座してぺこぺこ頭を下げた。

 その口調には勇者の妙な方言が移っていた。




 食事を終えると、杭の側にノロマが立ち、勇者達は外側から見ていた。


「おっほん。では、防御に追加することはないですね?」


 勇者は腕を組んで頷いた。

 下手に追加なんてして、これ以上余計な問題に煩う方が嫌だったのだ。


「まあどのみち、防御に特化しまくりの術ですからして、追加の余地もそうないのですが」


 勇者のこめかみに血管が浮き出る。

 ノロマは余計な一言さえ慎めば、怒られるのも半分になるだろうと勇者は思った。

 しかし、そうならないからこそのノロマである。




 そうやって勇者達が見守る中、ノロマは瓶の栓を抜いた。

 四本の杭の根元に、その黒い液体を流し込んでいく。

 初めに勇者達が見たものと同じものに見える。


 そして杭を抜くと、そこへ小さな鉱石らしきものを落とし、杭で突いて詰めていった。


「これを全部の杭に施しますので、ちょいお待ちをー!」


 ノロマは各城の周りと、領内全体を四角く囲むような杭を残していた。

 ばたばたと走り回る姿を見ながら、お茶を啜ることに決めた勇者達であった。


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