第十七話 防御魔術方陣
日が沈む少し前、ノロマは大声を上げながら勇者城へ走り寄った。
「でっきましたよー!」
ちょうど勇者達も一仕事を終えて戻ったところだ。
勇者は休憩がてら、お城ちゃんのメンテナンスに取り組もうかと手作りの箒を手にしていた。
そういえば今朝、ノロマの呪いに付き合う約束をしていたことを思い出し、渋々とお城ちゃんから目を離す。
そしてノロマを見た途端、後ずさった。
「どうしたのだノロマ、目が血走っているではないか……」
勇者は自分の目が大抵血走っているのは棚上げて言った。
こんなノロマは珍しい方である。
勇者に付き合って徹夜したとかならともかく、この短時間にどんな死闘を繰り広げたのかと怯えたのだ。
「こんなこともあろうかと、あれこれ準備しておいて良かった」
ノロマは嬉々として、手に携えた瓶を掲げて見せた。
それなりに大きいため、底を片方の手で支えている。
分厚く暗い色の硝子瓶だ。中のものなど見えはしない。
興奮した様子がおぞましく、思わず勇者は箒を構えていた。
ノロマはそれすら目に入らないのか、興奮してまくし立てた。
「かなり繊細な作業が必要だからして? 息を殺して集中していたのですよ! いやあ一歩間違えばどかーんといきますからな、手が震えました。はっはっむぎいぃい!」
爆発などと不穏な言葉を聞いたとたん、箒を投げ捨てた勇者はノロマに掴みかかっていた。
(俺のお城ちゃんが、ノロマなどに可憐な姿を無残に散らされるなど言語道断ー!)
勇者の妄想が突き抜けた。
「なんてものを俺様の領内で作ってるんだノロマあ!」
「のっノロマ領内ですううう!」
「勇者さん、ノロマさんの顔、青いっすよ。いや紫?」
勇者達がおしあいへしあいしていると、コリヌ一行も戻ってきた。
そろそろ夕飯の支度である。
「なにやってんの?」
おろおろする行き倒れ君とは違い、タダノフは慣れきった様子で尋ねてきた。
大抵の二人の光景だ。
「おおタダノフ。ノロマは領内で俺様たちの爆殺を企んでいたのだ!」
「ちがいま、すぅ! 過程にちょっと危険があるだけでぐぅ!」
「同じだ馬鹿者! そういうことは前もって言わんかあっ!」
「前もって言ったところで経過に変わりはないですし? ひぎぃ!」
コリヌはその様子を眺めると、護衛達に指示した。
「食事の用意だ」
「ほぁーい」
「火種火種」
「今晩はなんにしましょうかね」
しばらく放っておくに限ると、コリヌ達も既に学んでいた。
「ひふぅ、お待たせして申し訳ない」
「はっはっは、すまんな! 城に危害が及ぶかと妄想したら、ちょっとばかりエキサイトしてしまったのだ」
もちろん誰も待たずに食事を始めていた。
差し出された葉っぱを手にして、二人もようやく石コロの椅子へと腰を落ち着ける。
膝の上で熱々の葉っぱの包みを開くと、湯気が顔を撫でて赤い空へと立ち昇っていく。
中には蒸し焼きの根菜が詰まっていた。
「むぐ、うまい」
もごもごと口を動かしていると、いつもの空気へと戻っていった。
腹が満たされると、ノロマは立ち上がった。
「えーでは、これから施す呪いについて説明してもよろしいので?」
皆が、ノロマに頷く。
他にやることもないから暇なのだ。
「そう凝視されると照れますなー」
「はっはっはノロマよ、話を進めたまへよ。ぶった切るぞ?」
「爽やかな笑顔で言うな。怖いよ」
ノロマの無駄口に、勇者は釘を刺し、タダノフが突っ込む。
特に美しくも必要性もないが、様式美である。
「あーコホン。では、危門についてご説明しましょうか」
また訳の分からない言葉が飛び出るが、そろそろ皆が慣れてきたようだ。
お茶を啜りながら、誰にともなく相槌を打ち続きを待つ。
「妖しげなものどもの通ずる危ない道、という概念です。今回ご用意したのは? なんと! そこを塞ぐというか防いじゃう概念防御の呪いなのです!」
皆は、こんなときどんな顔をしたらいいか分からない面持ちでノロマを見た。
「ったくてめえは、ほんと胡散臭いな」
タダノフだけがずばりと、気持ちを代弁した。
一人、勇者だけが顔を輝かせている。
「ほっほう。まあいいのではないか? なんでもやっとくとお得な感じだぞ」
わくわく感が滲み出ていた。
ノロマも我が意を得たりと、説明を続ける。
「さすがは短絡的な判断で我らを導いた勇士だ話が早い」
「……誰のことを言っているのかね?」
「ともかくですな、その呪いを施すのに最適なのがコレ。この瓶に詰めた特製配合液なのです! しかも? 今なら、こんなこともあろうかと懐に用意しておいた強化薬をお付けします!」
「そういや夜な夜な必死こいてなんかやってたよね。それだよね」
タダノフは胡散臭げに、ノロマの掲げる薬包を見た。
ノロマは突っ込みを意に介さず、木の椀を取り出すと瓶の中身を注いだ。
どろっとした液体は、どす黒い。
そこに元は鉱物だったっぽい粉末を混ぜ込んでいく。
黒のなかに、赤っぽいのと青っぽい筋が広がっていった。
「それで一体何をどうやるのか、結局わからんではないか」
勇者は、致命的に足りないノロマの解説を指摘した。
「実践したほうが早いかと思ったのですよ。えーでは早速ですがあ……さくっと血をここに混ぜてください!」
「いきなりさらっととんでもないこと言ってんじゃねえよ!」
一同がうっわーとドン引きの顔を見せていた。
「あれだね。初めに言ってたら絶対許可が下りないって分かってグダグダ言ってたね」
さすがのタダノフですら引く。
勇者は微妙な顔で唸りつつ、その薬液を見つめる。
気持ち悪いのと、興味津々なのが葛藤していた。
「ほう……これはなかなか本格的だな。邪な技なら、お前の右に出る者はなかろう」
「邪ではありません! 俺が古今東西より集め編纂した『あなたを守る☆おまじない☆の全て』は、皆々様の人生をより豊かに楽しく健やかなる――」
「ほれ、これでいいか?」
「あ、はい」
呪いを云々言うとノロマが面倒臭いので、勇者は利き腕でないほうの人差し指の先を慎重に切った。
その指で椀をまぜまぜする。
「ソレス殿、そこまでせずとも良かったのですが……いやっなんでもないです!」
「お前もやれよ?」
勇者は青筋を立ててにかっと笑った。
「まったく面倒な男だね」
タダノフとノロマも、勇者に続いた。
「あのう、私は遠慮したいっていうか、そのう……」
「ええっと俺も、自分の笑顔は守りたいっていうか……」
不安げに様子を見ていたコリヌや行き倒れ君が振り絞るように言った。
「おおコリヌ殿に行き倒れ殿、大変申し訳ない。この呪いにも許容量があって、我ら三人のみの先着順で締め切らせていただきました。またのご応募をお待ちしております」
「いやお構いなく!」
コリヌ達は、安心して潜めていた息を吐き出した。
ノロマは椀を手に、勇者城の前に立った。
勇者も見たことはなかったと思う、真剣な顔付きだ。
行き倒れかけたときに、ちょろっと見たくらいだ。
「下準備は整ったので……いよいよ取り掛かります。このノロマ、一世一代の大呪い」
(やったことないのかよ!)
全員の心の叫びを他所に、ノロマは杭を手に取った。
尖った先を、椀の液体に漬ける。
先に準備しておいたのだろう、何処かの戦鬼かというように、背負ったカゴに山と杭を差していた。
「完全なる鉄壁の防御魔術方陣を、このしょっぼい木の杭で敷いてみせましょう。まずはお試しから!」
「試しってなんなのだ……」
「だってこんなの試す機会ないですので? ではソレス殿を主軸として、魔術陣を編み上げますよお。でっきるっかなー」
ノロマはばたばたと、勇者城の周りを杭で落書きしていった。
杭自体は、囲むように四本が刺されただけだ。
「これは目印ですからして、引っこ抜かないで下さいよ」
勇者達はその様子をぽけっと見守るだけだ。
その内柵でも作るなら、ちょうど良さそうな目印だなーと感じるくらいであった。
勇者城を囲むと、タダノフ城、ノロマ城と移っていった。
すっかり日が暮れ、勇者は行灯を掲げてノロマの後を追い、手伝った。
「最後に、この三城全体を囲みますよおおおお」
ノロマは汗だくだが、気勢をあげた。
地面に落書きしながら、走り回った。
領地を一周して、最後に勇者城へと戻る。
「ふおおあああっ完・成っ!」
ノロマは気合一発、ずしゃあっと滑り込んで最後の一筆を深く刻むと、ずんと杭を刺しこんだ。
鼻息が白く煙る。
「のっノロマよ、気合入れる意味はあるのか」
「気分は大事ですよ」
二人は息も絶え絶えに、地べたに倒れ込んだ。
肩で息をつく頭上から、タダノフが水を差し出した。
「ったくぅ、ノロマ。てめえのくだらない趣味に付きあわせんな」
「おおかたじけない、タダノフ殿」
「昼間の仕事より疲れたぞ」
勇者とノロマは体を起こして、ごきゅごきゅと水を飲み、人心地ついた。
「でさ、なんなのこれ。何も変わった感じしないけど」
タダノフが訝しそうに眉をひそめて、辺りの杭や落書きを見渡す。
ノロマは、緊張した面持ちで人差し指を立てると、口元に当てた。
「シッ! 静かに……」
その場の全員が息を潜めて、辺りを警戒した。
「うん、特に何も起こらんね。あ痛ッ! 小突くな!」
「でっかい石コロかと思ったよ」
「ぶひぃ!」
思わせぶりな態度に意味はなかった。
ようやく息が整った勇者は、タダノフがノロマを転がしているのを止めた。
「まあまあタダノフよ、防御というくらいだから、いきなり何か起こってはまずいだろう」
「さっさすがは皆をまとめてきただけのことはある。稀に鋭い意見をよく述べますな!」
「稀なのか、よくあるのかどっちだよ」
また転がされるノロマを放置し、勇者も改めて辺りを見た。
(いつまで、こうしていればいいのか。目印と言ったからには、後で引っこ抜くのだとは思うが。このままでは作業の邪魔だぞ)
辺りに行灯を吊るしてくれたりはしていたが、勇者城前の竈周りで休んでいたコリヌ一行も、きょろきょろと見ていた。
砦に戻ろうにも、下手に動けなかったのだ。
コリヌはどうしたもんかお伺いを立てようと、勇者へ話しかけた。
「いやあ勇者よ、確かに大仕事でしたなって、ゆゆゆ勇者?」
しかしコリヌは狼狽して、後ずさった。
護衛達もコリヌの様子に気が付いて、勇者を見るや、やはり同じように後ずさる。
「どどどう、なななにがこうなっておるんじゃあ!」
コリヌ達は、団子のように固まって震えだした。
一体何が起こったのかと、呆気にとられたのは勇者の方だ。
「あれ」
「おや」
タダノフとノロマも固まった。
勇者も、体に訪れた違和感に気が付いた。
「ん? おお、おおお? なにか気配が変わったな。おい、ノロマよ……げらげらげらげら」
「何がおかしいっ!」
ちょっとばかり高い場所から飛び降りてしまったときのように、ひゅんとした緊張が勇者を襲ったのだ。
馬鹿笑いしないではいられなかった。
同時に変な汗も飛び出る。
勇者は振り向いたノロマとタダノフを見て、違和感は現実のものだと確信する。
「だだだってだな、俺様たち、目ん中が変な感じだぞ」
「はあ? あがっほんとだ。なんか視界がもやあっとしてる」
「な、なんと。目がほんのり、青いですなー」
焚き火や行灯の下でさえ、変化ははっきり見て取れた。
それまで赤や茶色の目だった者が、突然青くなったのだ。
コリヌ達が怯えるのは無理もない。
しかし勇者は元々青っぽい目だったのだが、それでもコリヌが気付いたのは、わずかに光を放っていたからだ。
「き、きもっ……」
行き倒れ君は、思わず口を押さえた。
「おおおおっさすが俺! よもや成功するとは!」
ノロマだけが興奮しながら立ち上がっていた。
が、その内容に勇者とタダノフはぶち切れた。
成功しそうもないもんのために、痛い思いと疲労して、資源と時間の無駄遣いをさせられたのだ。
勇者達の怒りは真っ当であった。
しかし勇者とタダノフは、突き抜けて爽快な笑顔を浮かべていた。
「ノロマよ、さすがの温厚な勇者だって切れる時はくる」
「い、いや、自信はありましたし? 効果は防御の為の布陣であるのは確かですし」
「分かった分かった……殴らせとけ」
「お、俺も住むのだからして、得体の知れないもの施すわけなかろうもーっ!」
ノロマの叫びが、暗い夜空に木霊した。
「ひどいでござるぅ」
地べたに埋まるノロマをそのままに、勇者達はお茶を啜った。




