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完徹の勇者  作者: きりま
領地探索編

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第十五話 勇者が真に望むもの

 タダノフとコリヌの城作り計画に着手する、と決めた勇者。

 その為、領地の調べなおしに取り掛かっていた。


 遭難者救出に時間を取られてしまったために、作業工程はなかなか消化できずにいる。

 元々何が起こるか知れないので、厳密なものではない。

 とはいえ、さっさと拠点を作って、開墾かいこん作業に専念したい気持ちは強かった。

 連合国からの役人が来るまでに、滞りなく登録できるよう、厳密に領地を定めておきたいのだ。




 そんなわけで勇者とノロマ、そして新たな仲間である行き倒れ君は、勇者領予定地を忙しく歩き回っていた。

 領地を決める杭を、分かり易く丁寧に刺しなおしていた。


 現在ある程度決めてあるのは、丘の上一帯、平地側ど真ん中が勇者領だ。東側の傾斜にかけて、かなり広めに確保した。

 北の端っこから平地側の傾斜部分含めてはコリヌ領としてある。


 そうしたからには、勇者領南から道を通した側の傾斜までをノロマに割り振ることに決めた。


(俺様は意外と仲間思いだ。コリヌ砦の近くへ、タダノフ城を建ててやろうか)


 というわけで、勇者領の北側からコリヌ領の間をタダノフ領とした。




 勇者は何も、お城ちゃんの蠱惑的こわくてきな姿に周りが見えなくなっていただけではない。

 物を保管するにしろ、雨風を凌ぐ場所の用意は急務である。

 拓いた土地から取り除いた草木が邪魔だから使ってしまいたいとか、保管しておく場所も欲しいだとか色々な理由もある。


 気候については、どんな場所かはまだ分からないが、海も近い丘の上だ。

 吹き上げる風はそれなりに強いし、嵐など起これば結構大変そうなのだ。


 仮住まいとはいえ、整地が進むまで長いことお世話になるだろう。

 そういえども建て直すこと前提だからして、あまり拘っても仕方がない。

 時間優先で、勇者城建築時と同じく、適当に組み立てるつもりだった。




「よし、あらかた場所は決まったな。まずはタダノフの城から建てるぞ。なにせ最も貢献した一人だし、勇者の仲間第一号だ。異存はないな!」

「おーですとも」

「おーっす……」

「うむ気合十分だな!」


 勇者の下に、行き倒れ君という人手が加わったのも、ありがたいことだった。




 場所も決まって、早速手を借りようとコリヌ砦へと赴く。


「ゆ、勇者よ。お頼み申します。平に平にぃ!」


 勇者の顔を見た途端、コリヌは転げる勢いですがりついた。


「どうしたコリヌ。げっそりして」

「タダノフ嬢によくよく言って聞かせてはくれまいか。私には息子もいるし、第二の人生を謳歌すべくここまで来たのですって」

「あっおーじ様! ソレスなんかにくっついてないで、あ、あたしにどうぞ。遠慮しなくていいよ!」


 タダノフは胸筋をときめかせながら、太い腕をコリヌへと伸ばした。


 勇者は、仲睦まじげな二人を微笑ましく見守った。

 まるで巣から落ちた雛鳥を気紛れに助けた後に、無事に育って飛び立つのを見送るような、そんな優しい気持ちが胸に広がる。


「コリヌよ、何年も昔に、道楽が過ぎて妻から離縁されたと泣いてやんのと屋敷の者に聞いたぞ。良かったな、タダノフは役に立つぞ!」

「ソレスぅ、そんな褒められたら照れるじゃないか。さあ、おーじ様、開墾に腕をふるうから座って見てなよ!」

「勇者の、う、裏切り者おおぉぉ……!」

「はっはっはっは」


 まだまだコリヌも元気ではないかと、勇者は高笑いしながら見送る。

 いや見送ってどうすると、勇者は用件を伝えた。




「よっしゃ、あたしも張り切るよお! なんたっておーじ様と餌の愛の城になるんだからね!」

「あー今はあんまり食料もないから、ほどほどに頼む」

「不肖このコリヌも頑張りますぞ! 手早く城を建ててタダノフ嬢を押し込めてください勇者よおお! 護衛達よ、ぱぱっと頼むぞ!」


 涙目で訴えるコリヌに、勇者は爽やかな笑顔で頷いた。


「ははっ俺様にどうにか出来ると思うなよコリヌ。さあ始めるぞお!」


 こうしてタダノフの餌置き場城は完成したのだった。

 タダノフ希望の五重の餌置き場は、壁に作りつけの丸太で組んだ棚で我慢してもらうことにした。

 それでも十分満足したようだ。


「根無し草のあたしが家を持つなんてね。不思議だよ」


 小脇にコリヌを携えたまま、タダノフは微笑んだ。





 次にノロマ城だ。

 ノロマは趣味と実益を兼ねて薬を作る。

 様々な薬草やらを集めて煮込んだりすると、奇妙な臭いが充満する。

 さっさと家を建ててやりたかった理由は、これにある。

 臭いのを差し引いても、薬は必要なものでもあるし、早く再開してほしいと勇者は思っていた。


「えぇそんなことを期待されていたのですか。薬など作っても、ちっとも愉快な気持ちが満たされないのですが……毒、ごほん、えー劇薬を扱う方が愉悦、ではなく、知的好奇心をそそられますからな!」


 とはノロマの弁だ。

 思わず勇者は、ノロマの後頭部へ向けて、手首にスナップを利かせる。

 すぱーんと心地良い音が響いた。


「いっ痛いではないですか!」

「愚者のたわ言ここに極まる」

「な、何をぅ? おっしゃるか」

「手段を目的とするなど愚か以外の言葉で尽くせるかどあほう。あ、他にもあったな。やーいノロマのばーかばーか」

「くっこんな賢そうな顔を見て、そんなことを言いますか。妬みにしか聞こえませんな。ばかとか言うほうがばかだしぃ!」


 しばらく子供の喧嘩が続く。


「まあた始まったよ」

「ちょうど休憩したかったんで助かったっすね」

「お茶でも飲んで待っていましょう」


 無駄に元気の有り余っている勇者についていくのは大変だ。

 その他の者は、これ幸いと休憩を取るのだった。





 そんなこんなと色々ありつつも、城は完成した。


「三つの城が建ったぞ! はっはっは。皆、よく頑張ったな。ここらで少しばかり、豪勢な食事でも摂ろうではないか。うむ、今晩は麦粥パーティーよ!」

「ええぇー……」


 嬉しい悲鳴が響き、接待勇者の麦粥祭りが開催された。




 勇者は割烹着を装備し、木のお玉を存分に振るう。

 全ての椀に的確な量を注ぐという、並々ならぬ才能を発揮するのだ。

 椀が行き渡ると、もっきゅもっきゅ噛む音だけが盛り上がった。

 気分が盛り上がっているのは、勇者だけだ。


「んっく……みんな連合国から来たんすね。にしても勇者さんの髪は、珍しいっすよね」


 勇者の機嫌を損ねると面倒なので文句は言わないが、麦粥の風味に耐えられず、行き倒れ君は口を開いた。

 なんでもいいから、気を紛らわせる話題が欲しかった。


「なんだ行き倒れ、辺境のさらに隅の村の、せっまい世界しか知らんようだな」


(本当のこととはいえ、なんかむかつくな)


 ふと、この場を見渡して目に付いたことを言ってみたのだが、勇者の物言いに行き倒れ君は心でぼやく。

 そういう行き倒れ君は、大抵の者と同じ焦げたような茶色の髪だ。


「そういえば道に迷ってる間、色々見たから気にならなくなっちゃったけど、白い髪って見たことないね」


 赤くも見える茶髪のタダノフが、行き倒れ君に相槌を打った。


「確かに俺も見たことはないですが、あらゆる毒物に汚染物や人の業を垣間見てきましたからなぁ。今さらたかが若白髪くらいなんてむぎゅううう」

「白髪ではない白い髪だが断じて若白髪ではない」


 朽ち葉色のノロマも同調したが、何かが勇者の気に触ったようだ。


「初めてお会いした頃も、それでそれなりにお歳を召しているのかと勘違いしましたなぁ」


 ゆるふわ焦げ茶色のコリヌも、ふと漏らした。

 勇者はコリヌも睨んだが、歳を重ねれば白髪になる者は多いので、それに反論はしない。


白銀はくぎんの髪など、珍しいものではない」


 やれやれと呆れて皆を見渡すと、勇者は己の見解を披露した。


「枝や葉に擬態ぎたいする動物がいるだろう。人とて同じことよ。偉大なる勇者を育んだ、我が故郷の村の者は、皆このように輝く白い髪を冠している。雪深い山中で、敵から身を潜めるために進化したのだよ」


 勇者からしたら、黒や茶や枯れ草や赤土なんて色をした髪の方が不思議だった。

 しかし雪の無い大地を見て納得したのだ。


「その割に肌は真っ黒なんですがそれは」

「ノロマ、お前はもっと普通の本も読んだ方がいいぞ? これは雪焼けだ」


(それでは擬態の意味がないのでは)


 皆それぞれに同じ事を思っていた。


「うまく隠れている証拠に、時折山のふもとの町へ降りると、噂の未確認生物イエテなんたらだと怖れられることがあるほどだぞ」


(やっぱ珍しいんじゃないか!)


 皆は一斉に胸中で叫んでいた。


 その後は、それぞれの興味事へと会話は移っていった。





 髪の話が出たことで、勇者は故郷へと想いを馳せていた。


(村か……皆は、どうしているだろうか)



 勇者には、一つの目的があった。


 それを成すため、領地争奪戦を頑張ったのだ。

 己の運を張るならば今しかないと、全ての財産を賭した。


(お婆ちゃん、これで俺様も、村の役に立てるかな)


 自然に、気持ちは記憶の中の故郷へと入り込んでいく。




 年のほとんどを雪の中で過ごす、小さな村だ。

 厳しい環境に疲れ、若い者はすぐに麓へと去っていく。

 といっても、頻繁に麓へ降りるほどの若者も多くはない。

 全人口が百人もいればいいほうではなかという、ちっぽけな集落だ。


 勇者も真面目ではなかったが、村が嫌いだったわけではない。

 麓へ降りたのは、ほんのちょっとした好奇心だったはずが、気が付けば何年も経っていた。

 働く場所もあり、それなりに人との縁も出来たし、日が経つほどに帰り辛くなっていったのだ。


(素敵な物や事柄に熱中し、追い回した数年はとても楽しかったです!)


 そこに後悔はしていない。



 しかし、それを続けるのははばかられた。

 これも小心者能力の知らせだろうか。

 いや、もっと単純なことだ。


 お婆ちゃんが女手一つで、勇者を育ててくれた。

 そろそろ一度、恩を返すときが来たのだと勇者は思った。

 二十歳になるこの時期に、領地獲得の機会を得たのは天啓てんけいのように思われた。

 ここが住みよい場所であることを、心から望んでいる。



 そう、勇者は村人全員を呼び寄せる腹積もりだ。



 あの、凍傷や雪崩なだれ氷柱つららや雪による天然の落とし穴に視界の悪さによる滑落事故やら、万年食糧難や恐ろしい巨大獣の被害やら……等々と理由は幾つかあるが、ちょっとばかり住み辛い村である。


(この場所は、それらの多くから解放されるのだ!)


 勇者は、そう確信していた。

 うまいこと作物が育つだろうかとか、季節による気候の変動やら、未知数なことは多い。


 しかし、どんな場所でだって、生活の苦労は伴うものだ。

 逆に、生きるための苦労にだけ労力を割けるなら、それは幸せなことだなって思う勇者だった。


 改めて、己が望んでいた未来を思い描く。

 そうすると、活力が湧いてくるのを感じていた。



 麦粥祭りの和やかな雰囲気の中、夜は更けていくのだった。


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