第十三話 必殺超硬錐揉み突き!
勇者が木の上から見たもの。
そこに立ちふさがっていたのは、巨大な岩棚であった。
「これから、あの壁まで休憩無しで進むぞ。これが終わればとっておきの餌が待っている。気合を入れろよ!」
「おっすおっす!」
木立の隙間から、垣間見える壁を指差して勇者は言った。
遭難者は送り返したし、壁もあれで最後かもしれないと思うと、気が逸る。
勇者はそのため、仮眠も取らずに先を急ぐことにした。
最後かどうかはわからないが、すぐそこに見えているのだ。
下調べを終えて気が済んでから眠っても、勇者にとっては大した違いはない。
「なんか、でかいですな」
ノロマの感想に、全員で頷く。
その麓まで来てみれば、これまでに見たものより遥かに大きいものだった。
勇者はその岩肌に手をつくと、頭を振った。
「北の岩棚と同じものとは思うが……これは難物。タダノフよ、さすがに、これは迂回をしたほうか良いだろう」
北側と同じものなら、ほぼ間違いなく、これが最後の遮蔽物だろうと勇者は思った。
だが、あまりに巨大であり、頑丈そうである。
最後だから後少しだけ頑張ろうなどと、無理を言う勇者ではない。
根性論をぶつよりも、確実な結果を出せるように計画を練る方が好きなタイプだ。
小心者能力がそうしろって囁くし、そうなのだ。
勇者がど根性を振り絞るのは、徹夜する時だけだった。
しかし勇者の言葉に、タダノフは筋肉を怒らせた。
と同時に、その全身から闘気が漏れ出る。
闘気って何だか分からないが、体温上昇したタダノフから、湯気が立ち昇り始めたのだ。
寒い国出身の勇者達は気にしていなかったが、この辺も結構肌寒い土地柄である。
それはともかくタダノフの顔には、今までにない真剣味があった。
「馬鹿言ってるんじゃないよ、ソレス。無茶振りするのがあんただろ。あたしは、任務を果たすよ」
(か、か、格好いい! タダノフの癖に!)
仲間達は驚愕した。
タダノフでも真面目になれるのだ。
(いかん、茶化している場合ではないぞ。怪我でもされると帰りがしんどいのだ)
心を打たれて癪に障るのではない断じてない、と勇者は呟く。
「確かに俺様は無茶振りを要求することもあるが、常に小心者能力を駆使し、成せるぎりぎりのラインを狙っている。損はさせない姑息な能力なのだよ。その能力が囁くのだ……怪我したらメンドいって」
タダノフは、ふっと微笑んだ。
「分かってるさ、ソレス。でもその中に、あたしの全ての情報が詰まっているわけじゃないだろ。まあ、見てなって」
確かに、こんな力馬鹿が本気を出せる場なんぞ、戦場くらいのものだろう。
珍しく勇者は、歯切れが悪い。
タダノフの言うとおり、情報が足りないからだ。
(いくらタダノフの本気を知らないとはいっても、一応は人間なのだぞ。ほだされたか俺様よ)
タダノフから漏れ出る気迫に、思わず息を潜め、後ずさる。
勇者達が何も言えずに見守る中、タダノフは剣を抜いた。
常人にとって、通常の剣より長い、短槍と呼んでも良さそうな剣だ。
タダノフはその剣を、顔の側まで引き上げ、逆の手を刃渡りに添える。
まるで矢をつがえるような構えだ。
重心を低く落とし、前のめりになる。
盛り上がる全身の筋肉に、徐々に力が溜められているのがわかる。
「行くよ……餌のために!」
(餌のためかよ!)
勇者は、タダノフの気質に引き摺られてうっかりしていた。
ある単純なことに気が付き、つい叫んでいた。
「待てタダノフ、何も一気に開ける必要は……っ!」
だがそれは、引き絞られた筋肉が解放される瞬間だった。
そんなもの誰にも止められるはずがない。
例えタダノフ自身でもだ。
「ぅるりゃああああああああああ!」
雌叫びの直後、まるで爆発するような轟音とともに、振動が空気を切り裂いた。
「ぎゃあああっ!」
腹の底まで揺さぶる、あまりの音に、思わず勇者たちは跳び上がって身を寄せ合った。
固まってがくぶると震える。
初めに我に返ったのは勇者だった。
完徹能力使用のせいで、感覚が鈍いのかもしれない。
恐る恐る、煙る視界の先へと呼びかける。
「た、ただのふちゃん……?」
タダノフごと木っ端微塵でもおかしくない衝撃だった。
勇者の声は恐ろしさに震えていた。
(そうだ、なぜ少しずつ、ほじくりかえすことを提案しなかったのか。タダノフの単純思考に流されたなどと言い訳にもならん……勇者のおっちょこちょい!)
勇者の心が後悔と無念に彩られ始めた先に、動く影が視界に入った。
「タダノフ!」
勇者は、土埃の中に倒れている人影の元へと飛びついた。
タダノフは、半ば土砂に埋もれるように、仰向いていた。
その顔も髪も、土にまみれている。
「生きてるか腕はあるか! お前らも手伝え!」
「はいっい!」
「タダノフ殿ぉ気を確かに!」
ざかざかと素手で掘り出していると、タダノフの口が開かれた。
「え、え、餌……」
「無事かタダノフ! 待っておれ、餌だな」
勇者は素早く手荷物を掴む。
とっておきの果物を取り出すと、涙ながらにタダノフの口に詰め込んだ。
「喰らえっ……喰らえっ……!」
むぎゅっむぎゅっと詰める端から、物凄い勢いで噛み砕かれ、嚥下される。
勇者はもう一つ取り出し、タダノフの口に押し込んだ。
「ソレス殿ー!」
「勇者さん、壁ー!」
ノロマと行き倒れ君の声に、勇者は壁を見上げる。
土煙が徐々に晴れた中、そこには、ぽっかりと開いた穴が浮かんでいる。
そして穴の向こう側には、相変わらず森が覗いていた。
だが、日を遮る影はもう見当たらない。
「やはり最後だったか……やった、やったぞタダノフ、強情な壁をぶちぬいたぞ!」
「むぎゅるぐが!」
「ええい、人語を話さんか!」
タダノフは残りもばりばり飲み下すと、自力で立ち上がった。
何事もなかったかのように。
軽く両腕を振り回すと、がきごきと音を鳴らして体をほぐしている。
「いやあ、久々の必殺技だったから、調子が狂っちゃったよ」
他三人は、呆然とその姿を見上げたが、次第に安堵の息を吐いた。
必殺技があるなんてずるいと思った勇者だったが、深刻な事態にならなかったことに胸をなでおろす。
「タダノフよ、仲間を心配させるな」
「心配しなくていいよ。これやると、倍腹減るから抑えてるだけだし」
「えっ」
安堵したのも束の間、不安がぶり返して勇者達の心をさらっていった。
「な、なななんだってー! 先に言えー!」
「ありゃ、なんで怒ってるの?」
言ったそばから、タダノフの腹がごぎゅるるると鳴っている。
勇者達はその音に身を震わせた。
(か、帰りの俺様達の食料……確実に、足りないっ!)
蒼白の勇者の耳に、その腹の虫の音は、魔物の鼓動のように聞こえていた。




