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完徹の勇者  作者: きりま
領地探索編

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第十二話 美味いものには毒がある

 空が白み始める森の中を、のそのそと進む。

 勇者は、危うく昨晩と同じてつを踏むところだと気が付いた。

 足を止めて仲間を振り返る。


「そろそろ、おねむの時間ではないかな?」


 ぱあっと明るくなる顔が、こくこくと頷いた。


(ふっ、俺様も日々成長しているようだ)


 だが彼らの安眠を邪魔する、奇声が聞こえてきた。


「たまに人が、仲間想いなふりしてる時に、なんだいもう」


 うっかり本音が漏れ、仲間達の好感度は下降した。

 しかし、本来の気懸かりである、迷子発見の可能性が高い。


「行ってみましょう」


 そろそろと、繁みを掻き分けて近付く。





 わーわーわーわー……。


「お、そこはかとなく騒がしいな」

「いや、あきらかにさわがしいっすよ」


 藪の合間から、覗き見る勇者一行。

 そこには、意外と元気な人間共がいた。


 勇者達も先へと進みたいし、いつまでも隠れて様子を見ていたところで、らちは明かない。

 困惑しつつも、彼らに声をかけることにした。




「なんだなんだ、お前たちは。迷っていると聞いて救難に来てみれば、元気ではないか」

「おお、人間だ! 新たな人間だぞおお」

「これ、離しなさい」


 抱え上げられ、連れ去られる勇者一行。

 このまま、杭にでもさらしあげられ、火にくべられたりしそうな勢いである。




「ナンダカ、シアワセソウデスネー、あうちっ」

「妙な声を出すなノロマ」

「指で突くのはやめてくださいソレス殿。それより、こやつらこそ妙ではないですか?」

「んなもん、見れば分かる」


 皆一様に爽やかフェイスであった。


「気味の悪い顔をしているな」

「うっわ、ソレスが何人もいるみたいだよ」

「……どういう意味だ、タダノフ」

「勇者さん、こいつらが荷物を!」


 一人が行き倒れ君の手提げ袋から、食い物を見つけ群がりはじめた。


「一体どうしたというのだ。理性的に話し合おうではないかアッー!」

「飯をよこせえっ!」

「めっし、めっし!」


 勇者にも魔の手が群がった。

 人々のおかしな様子に剣を使うのは躊躇ためらわれ、指突きで対抗するも、対多人数には全く向かない技だ。


「あーあたしの餌!」

「タダノフう、餌は死守せよ!」

「言われ、なく、ともっ、餌はあっ、渡さ、ないっ!」

「ぎゃあああ」


 喋る間にも、タダノフは暴漢共を叩きのめしていった。

 そのすさまじさを目の当たりにしても、怯まず襲い掛かってくる人間など、異常である。


「何かおかしいな……む、不思議な臭いがするぞ。くんかくんか……ああっ癖があるのに誘われるようなたまらないかほり……」

「これっ嗅ぎ覚えあるよ。この匂い、これだよソレス!」


 また一人蹴り飛ばしたタダノフは、燃えつきかけていた焚き火へ走り寄ると、そこに刺さっていたものを手に取った。

 棒に刺して炙られていた、その赤い傘を持つ姿――。


「ベニゲラゲラたけだよ!」

「なんと、毒キノコがこんな地域に生えているとは」


 食べ物に関することならば、大層な知識を誇るタダノフなのだ。

 あくまでも餌という認識前提なので、素材の知識に限る。


 食欲をそそる素敵な香りに、一瞬我を忘れかけた勇者だったが、小心者能力がそれを食うのを許さない。

 そして仲間が悪へ堕ちることもだ。


「食うな! 吐き出せ!」


 勇者の平手が、ノロマと行き倒れ君の頬を思い切り叩く音が、ばちーんと響き渡った。


「いっ痛いなりソレス殿おっ!」

「ぶへぅ酷いっすよ勇者さん」

「後でもっと美味いもんを食わせてやる! 今は正気でいろ!」


 勇者は土をかき集め、焚き火跡へかけた。




 数十人は集まっている、おかしな輩と向き合う。

 多勢に無勢。

 しかも精神攻撃が聞かない。

 そんな人間に囲まれていると、怖いお話選集でちびりかけた、動く死体のようだと勇者は怯えた。


「どうやったら、こいつらは戻るのだ。とうっ」


 勇者も果敢に指突きで対応しつつ、策を練る。

 毒キノコのせいだというならば、慌てて切り捨てなくて良かったと安心もしていた。

 危機的状況の中にありながら、この勘も小心者能力のお陰だなと、余計な自信を深める勇者だった。


「解毒方法はなんだ、タダノフ。何か知らんのか! ふぉー!」

「食った後、違う町にいたことしか覚えてない、よっと!」


(身をもって確かめたのかよ)


 勇者一行は、一瞬気が削がれた。

 その隙を死霊共が襲い掛かる。


「返せ、俺の飯ぃ、また行き倒れちゃうだろ!」

「行き倒れ!」

「行き倒れ殿!」

「行き倒れ君!」

「俺は行き倒れじゃねえええ!」


 ノロマが鈍器《本》で押し返し、行き倒れ君の食料は守られた。


「ノロマさん、あざっす」

「気安く略して呼ぶな! ともかくソレス殿、思い出しましたよ。解毒方法!」


(そうだノロマは、古今東西のあらゆる怪しい知識を深めていたではないか。毒物に関することならお手のものなはず)


 勇者は期待に満ちた目で、ノロマを見る。


「それはなんだ」

「時が経てば、勝手に戻ります!」


 勇者一行は、がっかりした。


「解毒方法じゃねえええ!」



 お昼頃まで、わーわー騒ぐ声は、森を賑わせていた。





「ひっひっふぅ……どうにか、全員気絶させられたか」


 時間の経過でしか、元に戻らないならばと、どうにか気を失わせるよう頑張ってみた勇者一行だった。


(くっそう、青あざ作りながらも、にこやかに眠ってやがる。なんと恐ろしき劇物よ) 


 なるべく彼らを、近くに寄せて並べた。


「今の内に食事を摂り、休んでおこうか」

「疲れたよー」


 勇者は、少しグレードの高い餌を取り出した。

 齧ると果汁がじゅわあっとお口に広がる、拳大の木の実だ。

 それくらい、全員が十分に働いた。


「やったー」


 勇者も含め、全員がこれ以上ないというほどの美味しさを感じていた。


「疲れた時の甘いものは、最高っすね」


 至福を味わいながらも、勇者は寝転がる者達から目を離さない。


「どうだ、行き倒れ。お前が見た顔はあるか」


 行き倒れ君は、呼び方に反論することは疲れていたし諦めた。


「そうっすね。どうも衣服も小汚くなってるし雰囲気も違うけど、何人かは見かけたと思います」

「この辺で迷ってるところを、後続が合流し、備蓄を食い尽くしつつ生きながらえたのか……はた迷惑な」

「されどソレス殿。立てないほど疲弊していたら、戻るのも大変だったでしょう。不幸中の幸いでしたな。互いに」


 一応、ノロマの言うような状況も想定して、多めに食料を持ち出したのだが、思った以上の人数が遭難していた。


(ふぅむ。しかし、なぜここに吹き溜まっていたのか)


 勇者は立ち上がると、その辺の木をするすると登った。


「さすが勇者さんっすね。身体能力も人間離れしている」

「言われてみれば、ソレス殿も結構なもんですな」


 ノロマや勇者は、もっと人間離れしているタダノフを見てきたせいで、肉体に関する限り、自分達は普通だと思っていた。


「とうっ」

「何か見えましたかな」

「うむ。どうやら、ここが難所だ。あの岩棚と同じものがある」

「おお! じゃあもうすぐ任務完了して帰れますな!」


 勇者が見た壁は、北側よりも長く連なっているように見えた。

 しかも迂回する先が、よく分からないほどに曲りくねっている。

 それで、遭難者が溜まっていたのだろう。


「まずは、こいつらを正気に戻るか見守るのが先だ」

「わー面倒っすねー」

「お前達は寝ていろ。何かあれば騒いで起こす」


 薄情にも、今度は行き倒れ君すら何も言わず、皆は丸くなって眠った。


(仕方がないこととはいえ、勇者とはなんと孤独なものなのか)


 下唇が鼻に付きそうなほど顔を歪めて、いじける勇者だった。





「いっやあーすんませんな!」

「まじすんません。助かったっすよ!」

「かたじけないっす!」

「とんだご迷惑をおかけしもうした」


 翌朝、意識を取り戻した遭難組の皆さんは、酩酊めいていしたような状態から無事抜け出していた。


「なあに、いいってことよ。この完徹の勇者である俺様と、その仲間達がいれば造作もないこと」


 タダノフは、毒キノコを食べた後の記憶が無くなったと言っていた。

 だから、目覚めた後の説明が面倒だなあと思っていたのだ。


「きみたちを正気に戻すため、仕方なく鉄拳を振るったことは許してくれたまへ」

「腹を立てるなんて、とんでもねえですよ。救難に来たっておっしゃってくれたのは、覚えています。それから、おらたちが襲い掛かって……お恥ずかしいことで」


 そうなのだ。

 彼らは、おかしな行動中のことも一切を覚えていた。


「あれぇおかしいね」

「お前が食ったのは、本当にベニゲラゲラ茸だったのか……?」


 もしかしたら、人間が食っていたらひとたまりもないキノコでも食ったのではないかと勇者は思った。


「あーこほん、わずかだが食料も行き渡ったな。俺様たちが道を一直線に切り開いてきたから、三日とかからず平地に戻れるはずだ。余所見はしないようにな」


 ぞろぞろと帰っていく遭難組へと、勇者は手を振る。


「俺様たちは、この先も道を作る。その後、もう一度領地獲得に向けて挑戦するといい!」

「ありがとうございました! このご恩は忘れません!」


 気味の悪い笑顔ではなく、晴れ晴れとした笑顔の遭難組を、勇者一行は満足気に見送った。


「はっはっは。やはり善行が伴ってこその勇者だな。悪意によって襲い掛かられたのでなく、本当に良かった」


「食料のほとんどを渡しちゃいましたけど、大丈夫っすかね、俺達」


 行き倒れ君を鼻で笑って、勇者は答えた。


「言っただろう。北の岩棚と同じものがあると。タダノフ情報によれば、もっとも外側の壁のはずなのだ。外側へ行くほど高くなるらしいが、この辺の木からでは壁の向こうは見えないけど、多分な!」

「曖昧だー!」


 どのみち食料が残っていたところで、そろそろ一度切り上げ時だと考えていた。


「下調べも大切なことだぞ。駄目なら戻れば良い。さあれっつらごーだ!」


 勇者達は、意気揚々と最後の地質調査へと向かうのだった。


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