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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地補完編
119/119

勇者、旅を終える

 数年後のとある朝、勇者は沈痛な面持ちで、城の前に立っていた。

 周囲にはコリヌや護衛トリオら、勇者の竃仲間が揃い、トネィーリも並んでいる。


「とうとう、この日がやってきたか」


 勇者達は、お城ちゃんと呼ばれてきた小屋の前に佇んでいる。

 これを解体する日が来たのだ。


「なんだか、寂しいね。ソレくんと暮らしてきた家が、なくなるなんて……」


 トネィーリはなごり惜しそうに、城を見上げて言った。


 切り拓いた際の木材で急遽こしらえた仮の住居である。

 元より臨時であり、解体は予定の内だった。


 しかしトネィーリが来てからというもの、結構改造してしまった。

 行き倒れ君が寝起きしていたころもあったのだから、人が一人増えたところで違いはないだろうと考えていたのだが甘かった。


 土が剥きだしの地面はどうかと思い板を敷いたり、寝床も干草丸出しではなく、族長らの進めで布で覆ってみたりだ。

 さらにはトネィーリ用の棚や物入れを用意し、室内の隅に布で仕切れる場所を用意した。着替え用やらなんやららしい。

 おなごとは面倒臭いものである。

 ただでさえ狭い室内は、さらに窮屈になったのだ。


 室内で過ごしやすくはなったから文句はないが、解体しようという今、それらの思い出が殊更に勇者の心にのしかかっていた。




 開拓も進み、石切り場や鉱物の採掘場も揃った。

 国の安定に伴い、随時国内の簡易住居も本格的に建替えていく頃合である。

 まずは、国王の住まう重要拠点から建て替えるべきだろうということになったのだ。


 今後も、来賓は増えるだろう。

 一国を預かるものが、掘っ立て小屋で膝を突きあわせて語らうなど、二度とないだろうし、あまり体裁の良いものではない。

 問題にしないのは勇者だけだ。


 建て替えは、城や住居だけではない。

 倉庫などもあるし、建て増しも必要だ。

 新たに建築予定の施設もある。

 来訪者は、国の関係者や新たな取引目当ての者だけではくなっていたのだ。


 南との行き来にせよ、この国が目当てで来る者にせよ、観光客が増えつつある。

 観光客と言っても、行商がてら移住先を探しているというのが主な客層だ。

 一応は臨時の宿らしきものを沿岸に建てたし、やむなく町の集会所が団体宿泊客に利用されてきた。

 早くに建てておいて助かったが、それでも収容人数に、そして客筋的にも限界がきたのだ。




 勇者は溜息を吐き、城の屋根を見つめた。


「お城ちゃん、その控えめな屋根が、俺様の心を支えてきたのだ」


 控えめなというのは、勇者の目線に近いという意味である。

 なぜそれが素敵なのかといえば、憧れの屋根を間近に感じられるからに他ならない。


 周囲の仲間は、勇者の言葉に微妙な面持ちだが、同じく思い入れはあった。

 毎朝晩と、食事の度に竃前から見てきたのだし、様々な出来事がここで起こったのだ。


「しかし、今は分かっている。お城ちゃんの真の姿を! 俺様は、お城ちゃんのその素敵な屋根とか、屋根があるという見た目だけを愛でていたのではない!」


 その言葉は、情熱的かと思えば、どこか言い訳めいている。


「あー勇者さん、時間があんまないんで。お別れは手短にっす」

「えぇい感傷が分からんか、フォディッチ。感動の場面ではないか」


 フォディッチと呼ばれたのは、行き倒れ君である。 

 勇者は、とうとう名前を覚えたのだ。

 別に人の名前を覚えられないわけではない。

 聞く機会がなかっただけだ。


 しかし国として役どころなどを定めていく内に、どうしても署名がいる。

 それまで勇者の個人的な配下ということになっていたが、補佐役として働くために、公にする必要がでてきたのだ。


 署名を見た時の勇者の衝撃の受けようは、まったくもって腹立たしいものだった。


「くっ……知ってしまったならば致し方ない。貴様をもう行き倒れとは呼べぬ!」


 行き倒れ君は、勇者の悔しがり方に相変わらずこめかみに青筋を立てつつも、「もうどっちでもいんすけど」と心中で呟くのみだった。


 族長は、正式にトルコロル共王国東地域レビジト村の村長と記され、それ以降は勇者にボグズ村長と呼ばれている。



 この『東地域』としたのは、もう領地登録などを気にせずに済むのだからと、岩棚の辺りまで開発地域を広げたためだ。

 噂を聞いて増えた移住者を受け入れるのに、新たに村と農耕地を増やす必要も出てきたのだ。


 城下町オルテフエルの町長となった大畑さんは、ナラシハ町長と呼ばれている。

 大きな畑を運営するのが夢だったはずだが、それを任せられたことで管理仕事が向いているようだと新たな意欲を燃やした。

 勇者から正式に任せられたことで、さらに嬉々として働いている。




 国おこしから、これまでのことを思い出し感慨に耽ってしまったが、勇者は城へと意識を集中した。

 大きく息を吸い込み、すべきことを口にする。


「では、解体といくかね……」


 肩を落とす勇者とは逆に、やる気に満ち溢れた護衛君らが大槌を振り上げた。

 すぐさま勇者が血走った目を見開いて睨むや、びくっと下がった。


「これは、俺様の仕事なのだよ」


 じゃあなんで我らは集められたのか、といった空気が流れたが、沈黙を守り勇者の様子を窺った。


 勇者は腕を突き出し、手の平を壁に当てると叫んだ。



「お城ちゃんは、何度でも甦る! またっ、お会いしましょおおおぉっ!」



 勇者の声に反応するように、光の粒子が城の端々から抜け落ちる。

 それは、瞬きほどの時間であった。


 言葉が終わるや、城は支柱の四本を残し、崩れ落ちていた。


 砂埃を目にし、護衛トリオは呆然と叫んでいた。


「え、ええええぇ……本当に、我らが集められた意味は!」

「愚か者めが。柱を抜くぞ」

「は、はぁ」


 歪な掘っ立て小屋が、数年の間なんの手入れもなく維持できていたのも、呪いの効果だった。



 今や勇者は、ノロマの言った意味がよく理解できていた。

 地面の魔術陣が消えても、この空間に印を結んだということが。

 防御機構を構築してあるということが。


 勇者の感覚にだけ干渉する、目に見えるとも肌で感じるとも違う特殊な空間は、確かに、この場に存在するのだ。


(お城ちゃんは、仮想領域が云々といっていた。その意味は分からんが、この場が仮に余剰分の場を持っていたら、作業効率は捗るといったことなのだ……たぶん)


 それっぽく内心でまとめてはみたが、結局理屈は理解できていない勇者だ。

 とかく理解不能ではあるが、間違った方向に力が暴走するようなことさえなければよいのだと、気楽に受け止めていた。






◇◇◇



 石造りの城を建てるのには時間がかかる。

 他にもやることはあれど、人材も揃い、ほとんどを任せられるまでに漕ぎつけた。


 城の解体後間もなくして、勇者は周辺の探索を進めるべきだと提案した。

 ここまでなんの音沙汰もないならば、原住民の心配はないのかもしれないが、知っておいて損はない。


 勇者が目指すのは、巨大な岩棚の向こう側だった。


「俺様にタダノフとノロマはしばらく出かけるが、留守を頼むぞコリヌ」

「まっまたお一人で!」

「一人ではない。最大戦力のタダノフがいるのだ、自然すらねじ伏せるだろう」


 王様なめんなと言いたいコリヌだったが、いつも押し切られる。

 そうと分かっていても引き止めずにはいられなかった。


「ですから護衛を」

「小回りが利かんし、餌代も掛かりすぎるではないか」

「コリヌ殿、ここは我々にお任せを。薬から逃げだせるのはありがたいですからして」

「おーじ様、寂しいけど少しだけ待っててね。ソレスったら面倒かかるからさ」


「トネィーリ、コリヌが泡を吹いていたら代わりに頼むぞ」

「はい、慣れてきたから任せてね! ソレくんも、気をつけて」


 それじゃ勇者行ってくるーと、すたこらと旅に出た。




 勇者は東端の行き止まりへと到着すると、タダノフを押し出した。

 ここは手っ取り早く、道を通すためだ。


「必殺技はなしだ」


 勇者は下がりながら、タダノフへ指示した。


 あれだけ細々と考えたくせに、以前は壁の向こうに人家がある可能性には思い至れなかったことを苦々しく思い出していた。

 何も考えずに道を通してしまった。

 たまたま人が居なかったら良かったものの、いたらば大惨事である。


 それでもあの時ならば、勇者たち個人の問題で済んだ。

 しかしこれからは、国同士の問題となってしまう。


「慎重に掘るぞ」

「でりやあああああっ! べぶしっ! 痛いじゃないか!」

「慎重にと言ったろうが馬鹿者!」


 お気づきだろうか。

 今や勇者はタダノフの速さを凌いでいた。

 以前はタダノフが動いた後の土煙でむせていたというのに、それを察知して止める動きができるようになっているのだ。


「だから必殺技は使わなかったのに……」

「気合を入れ過ぎるな」

「ふぁーい」


 ががががががが……しばらくそんな音が続いた。


 勇者の呪いは領土内にのみ作用する。

 外での行動には、相変わらずタダノフに頼っている状況だ。


「ぅしゃあ! 開いたよ!」

「よくやった。餌だ!」




 探索が主だ。

 ひとまずは真っ直ぐに進んでみることにした。


 何日も森の中を歩いた。

 やがて、道のようなものを発見する。

 獣道よりはましなもの――人の気配だ。


 勇者達は顔を見合わせると走っていた。

 すると森が開け、目に飛び込んできたのは、やや下った先に幾筋も立ち昇る煙。時刻は夕飯時だ。


「間違いない、集落だ」




 町とまではいかないが、そこそこ大きな集落があった。

 人がいるばかりか、見知らぬ者が入り込んでもいきなり攻撃されもしない。

 好奇心で集ってきた者達に、勇者も笑顔で懸命に話しかけた。


「ワカラチーン」

「ドコサクルネン」


 しかし、困ったことに言葉がよく分からない。


「おほぉ、これは古いまじないの書に記されていた言葉に似た響き!」


 ノロマが意外なお役立ち技能を発揮した。

 勇者とタダノフは目を丸くして成り行きを見守る。


「ニンゲン、アンシーン!」

「エガーオ、ニコニーコ!」


 意気投合しているようである。


「心なしか、意味が分かる気がするのだが……」

「あたしも、そんな気がするよ……」


 海で隔てられていたとはいえ、距離としてはそう遠くない。

 遥か昔には、ここまで海が荒くなく、どこからか渡ってきたなんてことがあったのかもしれない。


「もしくは、別の岸ならそこまで荒くないとか?」




 勇者らは、食べ物を分けてもらうと、もうしばらく進むことにした。

 交流もしたいところだが、目的は新大陸の探索だ。


 その集落の外れ、また森の中を数日進んだ先には、断崖絶壁。

 そして、その向こうには果てしない大海が広がっていた。


「思ったより、小さいな」


 連合国側と比べれば、明らかに狭い大地だ。

 巨大な島なのかもしれない。


「一つの事実を手に入れたのだ。戻ろうか」


 このまま南方へと向かえば、どれだけ時間がかかるかは分からない。

 予定をはっきりさせてからでないと、皆を心配させる。




 戻り際に再び寄った集落で、ノロマが挨拶を交わしているのを見た勇者は、試しに質問してみた。


「あー、マチタントアール?」


 村人は答えた。


「ヒトツアール」


 どう伝わったかは分からないが、通じたようである。


「なっなんですとおお! 俺が数年がかりで解読した言語を一瞬で体得するとは!」


 ノロマは布切れを噛んで悔しがっている。


「俺様が悦に入る機会を与えるのは後にしたまえ。それで意味は合ってるのかね。他に町はあるか尋ねたのだが」

「ふんだ、合ってると分かっていて聞くなんて小賢しいので?」


 どうやら本当に正解だったようである。


「書物という情報の欠片から学ぶのと、全て目に見えている場にて実践で学ぶでは、情報量が違うだろう。ノロマはすごいすごい。ほらその辺を聞いてくれ」


 ノロマには、さらに詳細を突っ込んでもらったのだが、南に一つある集落の向こうのことは分からないらしい。



 しかし勇者はそう遠くない未来に、全域を踏破するのだ。


 勇者は一度だけ振り返ると、満面の笑顔でしばしの別れを告げた。


 その口から反射した光に度肝を抜かれた集落の間で、何か神々しいものが降臨したと噂になり、西への道が祭られることとなった。

 勇者がそれを知るのは、交流を図ろうと再び訪れる、数年後のことである。





ここまでお読みいただきありがとうございました!

そのうち番外を別の作品としてあげたいなと思っています。

よければそちらもご覧下さい。

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