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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地補完編
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第百十八話 トルコロル

 涼やかな朝の風が流れる天幕内には、穏やかな空気に似つかわしくない緊張が、集まった中央代表の間を漂っていた。


 一人へと、他の全員が視線を向けた。

 これまでは動向を追っていたため、後回しにしていた件だ。

 ソレを議題に乗せる日が来たということだった。

 静けさの後に、それぞれが口を開く。


「何か知っているだろう」

「北と懇意にしていたな……まあ贔屓が悪いとは言わんよ」


 特に責めてはいないが、隙を見逃してやるつもりもない。

 一つ貸しだといった思惑が込められていた。

 そんな思惑に対して注目の的となった男は、ただ肩を竦めて返した。


「何のことか、分からんね」


 惚けて見せたのは、了承したということだった。

 問いには曖昧にしつつ、否定はしない。

 彼らが求めるように迂遠に答えてやったのだ。


 刺すような視線にも動じずに返したのは、アンシア王。

 シュペールと密談を交わした代表だ。

 密談といえど、面会自体が知られずに済んだなどアンシアも考えてはいない。


 普段は、迂闊なほど最も率直な男である、アンシアがそう言った。

 互いに了承したとみなし、それでこの件は終了だった。


 しかし、ただ黙って受け入れるようなら、よく突かれつつもこの場に居座ってはいない。

 その貸しを返すにも、うまい妥協案を見出し誘導する力はあった。


「もっと、面白いことになるかと思っていたんだがな」


 先に否定したばかりというのに、アンシアはそんな言葉を続けた。

 あからさまに話の矛先を変えたのは、全員が理解している。

 それは単に件の感想というよりは、手を出したようにも受け取れる言い方だ。

 既に貸しを受け入れた以上は、下手に誤魔化しても無意味だとのことだろう。


 しかし、無駄なことは言わない男だ。

 意図があるのだと、周囲は見守る。


「これで、砂漠側へと兵を割けるだろう?」


 話の気を逸らせたように思えるそれは、全体の流れで言えば的確な指摘だった。


 かねてより砂漠側からの攻撃場所を誘導していた策が、功を奏していた。

 自由気ままに過ごしていた砂漠側だったが、徐々に一定の場所に集まりつつある。

 誘導した通りに、重要な販路である南街道からは外れた、やや北に位置する地だ。

 孤高を貫いていた砂漠の民も、とうとう幾つかの部族と本格的に手を組むことにしたのだ。

 近々、戦となるだろう。それなりの規模になると予想される。


 それは望んでいたことでもある。

 一息に数を減らすには、そうするしかない。


 もちろん黙って攻撃を待ってやるつもりはない。

 定期的に、気を散らしてやらねばならないのだ。


 次の行動はこれで決まりだった。


「さっそく貸しを返そうというのか」

「まったく抜け目ない」

「志願してくれるというならば、いいさ。こっちも助かるってもんだ」

「ならば気が変わらない内に、準備ぐらいは手を貸そう。日暮れまでには整える」


 砂漠側の攻撃を誘い出すという、面倒で危険な役目を自ら請け負ったのだ。

 反対意見はなかった。




 アィビッド連合国と、砂漠側の間にある争いは、一つ一つの部族との小競り合いだ。

 放置し、付き合っていく手もあるだろう。

 しかしその決断は、じわじわと損なわれる被害を、未来に渡って受け入れるということでもある。


 過去に、連合の同盟を組んだとき以来の大戦となるはずだ。

 敵も慣習を変え、学んでいる。

 この機会を逃せば、厄介な敵を減らすことは二度と叶わないだろうと判断した。


 代表らの決断は、ノスロンドに仕掛けたことと、相反するようではある。

 しかし、この戦に賭けている。

 そのために、連合国内部の不和の芽は、徹底的に潰す必要があった。


 ノスロンドに他意はなくとも、現在の均衡が崩れるようなことは、万が一にもあってはならないのだ。


「この戦さえ終われば……」


 中央を率いる南西部の代表は、言いかけて口を閉ざした。

 この男にしては、珍しいことだった。




 トルコロルと名付けられた、新たな国。


 それは、少ない元国民が集まる小さな領土であり、ノスロンド王国が庇護すると宣言したようなものだ。

 そのノスロンドは、アンシアの傘下国である。


 そして、代表の一人でもあるアンシアが、ノスロンドを牽制すると約束した。

 危険度は下がり、特殊な項目からも除外され、この時点で彼らの興味は外れた。


 何より、ノスロンドから人が流失したことは確かなのだ。

 概ねではあるが思惑通りの結果が得られ、なおかつ新たな市場の期待もある。

 それで良しとなった。


 国を興すというならば、今後は取引先の一つに過ぎない。

 こうして代表らの中で、東の反抗は過去の事件であり、事務方に任せる事案へと格下げされたのだ。

 次に大きな変化でもない限り、彼らの議題に上ることはもうない。


 天幕を出ると、各々が馬へ跨り、仕事場へと向かっていった。




 こうして、新大陸に絡んだ、中央とノスロンド王国含む北方自治領との静かな戦いも終わりを迎えた。




◆◆◆




 ノスロンド王国からの使者、シュペールとの意見交換を終え、送り出した直後のことだった。

 村長さんがやけにぐったりとし、ぼやいた。


「いやぁ、まさかわしらの王様が、こんなところまで足を運ぶとはな。いや、前の王様か」


 村長ら年寄りは、シュペールを紹介したときに目を白黒させていたのだ。

 村を放棄したことを責められるのではとびくびくもしていた。


 本来なら、これだけ人員を引き抜いたのだ。

 勇者も、賠償金を払う覚悟は決めていた。


 シュペールがそれに対して答えたのは、直接金銭に該当するものは必要ないというものだった。


「それがこの、道を塞ぐように拠点を築くことだと考えてくれれば良い。商売もパスルーを通すのだから、自由にとはいくまいて」


 勇者は中央がどう判断したのか、気懸かりだった。

 なんの音沙汰もなかったからだ。


「それは……中央の意思と見ても良いのかね」

「ま、そうなるかのぉ」


 確かに、多くの人員とノスロンドの使者を寄越したなら、これが答えということなのだろう。

 それだけ、勇者率いるトルコロルを取るに足りない国と考えている証左でもある。


 勇者は、安堵の溜息を吐いた。

 直接のやり取りをするまでもないと思われているならば、それはありがたいことだったからだ。

 争いごとではなく、開拓に精一杯取り組みたかった。




 人手が増えた分だけ、できることも増える。

 勇者村勢にも、任せたいことは幾らでもあった。

 それで、村長さんをシュペールとの話し合いに参加させたのだ。


 休憩し人心地ついて、村長さんはどう言おうかと曖昧な面持ちで勇者を見た。


「ご近所の皆さんも、働き者で気の良い御仁ばかりだな……しかし、王様なんて大仰な呼び方は問題がないか」

「村長さんよ、問題などなにもないぞ」

「はは……いやお上に知れるとさすがにな」


 村長さんは、王様というのが愛称と思っていた。

 実は、トネィーリ以外の村人全員が、そう思っていた。


 勇者だなんて自称する子だったのだから、王様と呼ばれても気にかけないのだろうと信じきっていたのだ。


 それだけ多くの人々に気に入られているのは素晴らしいことだと、成長した勇者を村長さんは目を細めて眺る。

 しかし世の中には、それを良しとしない者もあるわけで、余計な争いを生まぬよう言い聞かせねばと考えた。


「そのだな、あまり大きな身分を偽ると、国からあらぬ疑いをかけられることもあるかもしれんだろう。心配したほうがええ」

「ははは。それならもう済んだし、俺様は王様だ。したがって問題はないのだ」


 村長は曖昧な笑みを浮かべたまま固まった。


 やはり今度は王様だと自称しだしたのか。

 いやそれなら、もう済んだとはなんのことかいなと。

 恐る恐る、尋ねていた。


「領主さまじゃあ、なかったんか」

「いや。勇者領主さんでもあるが、この辺の地を束ねて、うっかり独立してしまったのだ。いやあ才能とは恐ろしいものでな!」

「……どど独立、どくりつって、くにか!」

「おう、くにだ!」


 村長さんはひっくり返った。


「ひえー!」


 村長さんは、顎が外れたように驚愕の表情を貼り付けたまま、どうしたもんだと呻いていた。


(わしらの王様とは、ノスロンドでなく、この小僧っこだったんか!)


 立派に育ちすぎだろうと、村長さんはグルルと唸る。


「突っ走りすぎだろう、まったくお前さんはとことん脅かしてくれる!」

「落ち着くがいい村長さんよ。村を移すことについては、途中の町から書状を出しただろう。すでにノスロンドの王様にも届いているだろうし、戻ろうったってもう遅いからな! はーっはっは!」


 興奮が収まらぬまま、村長は飛び起きた。


「こっこうしてはおれん……!」

「どこへ行く村長さん、まだ仕事の割り振りが残っているぞ!」

「すぐに戻る、緊急なんじゃ!」


 元気に早足で進む村長さんの背を、勇者は嬉しそうに眺めた。

 村長さんにもノロマ薬を押し付けたのだが、腰の負担が和らいだのが分かったからだ。




 急いで勇者村居住地に移動すると、全員集合の号令をかけた。


「聞け、わしらはとんでもない誤解をしておった。わしらの王様は、ソレホスィだったんじゃ!」


「あはは村長さんったら、そりゃそうでしょうとも。ソレホスィは私らを助けてくれた勇者だし、王様だって不思議はないよ」

「ちがう! ソレホスィは、ここをトルコロルと呼んでおったろう」

「おめでたい言葉だしな、洒落が利いてるじゃないか」

「でも城下町のオルテフエルなんて嫌味はねぇよな。レビジト村も」

「適当なところがソレホスィらしいって気はするけどねぇ」


 わいわいと話が逸れだしたのを一喝する。


「トルコロルが国の名前で、王様はソレホスィだ! 正式に本物って意味でだ!」


 勇者が自分達の王様であり、ノスロンドもそう認めて国交していたのだと、村長さんは説明を畳み掛けた。


「ひ、ひえぇ!」


 村人達はひっくり返っていた。


 村長さんが泡を食ったのは、重大な過失を認めたからだ。

 大きな身分と自身が答えたように、無作法を働いていたのは自分達の方だと気がついたからだ。


 他の住民が王への敬意を払っていたのに、故郷が同じだけの新参者が無礼に振舞っていては、自分達の首を絞めることとなる。

 悪感情が表に出る前に、気が付けたのはまだ良かっただろう。


 どうやら村民達にも理解してもらえたようだと、村長さんは冷や汗を拭った。


「そんじゃあわしは戻るから、今後は頼むぞ」

「あたしも行くよ」


 それだけを伝え終えると、村長さんとダメョは慌てて竃に戻った。




「しっかしまあ、お前さんが王様とはねぇ……」


 ダメョは呆然として、勇者へ呟いた。

 村長は、村人に話してきたことと、これまでの非礼を詫びていた。


「頭を上げてくれ村長さん。故郷を救うなどと、俺様の勝手で皆を引き連れてきたのだ」


 両親だけでなく、近所の親切だったおじさんやおばさんなどを、これ以上亡くしたくないといった感情からだ。

 村に残って、環境を改善することだって出来たかもしれないのに、勇者は外に出る方を選んだ。


「それだけだ」


 それが良かったのかどうなのか、結果が出るのは何年か先のことだろう。

 勇者自身がこの地に暮らすことは、自分で選んだことであり、お城ちゃんと一緒で幸せな未来しか予感できない。

 しかし、故郷の皆に対しては、未だ自信がないままだ。


 ダメョには、そんな勇者の心配が手に取るように分かった。

 幼い頃から、頑固で周りが見えず突っ走り、かと思えば意外と神経が細かいのだ。


「ソレホスィ、あたしゃ村の役に立てってのは、村ん中で役立てって意味だったんだよ馬鹿もんが」

「ご、ごめんよお婆ちゃん」

「いやダメョ婆さん。みんなが離れ離れにならずに暮らせるんだから……」

「言われんでも、分かっとるわい」


 こほん、と小さく咳払いするとダメョは呟いた。

 その頬は丸く赤らんでいる。


 照れ笑いしながらも、ダメョははっきりと勇者に感謝を示すため、小さくなった体を折り曲げ頭を垂れた。


「大したもんだね、ソレホスィ。本当に、伝説の勇者みたいだよ」

「渋ちんの、お、お婆ちゃんが褒めてくれた……」


 勇者は泣き出した。

 心の中で、小さな子供に戻っていた。

 とんでもなく偏屈な勇者を、一生懸命育ててくれたのだ。

 ようやくお婆ちゃん孝行ができたのだと、胸が一杯だった。


 これは男泣きだから恥ずかしくないしと、袖で顔を拭うと、勇者は顔を上げた。


「俺様の、いや俺様達の国を見ていてくれよ! どの家にも屋根がある国だ!」


 勇者は、にこやかなお婆ちゃんと並んで、晴れ晴れした気持ちで城を見上げた。






 勇者は領内を視察と称した走りこみをしていた。

 今では行き倒れ君もついてこれるようになり、後を走っている。



 タダノフのぼこぼこ穴あき畑は相変わらずだ。

 あれは土に空気を含めるようにと指示した畑師匠の言葉を、タダノフが曲解したものだった。

 それでも畑は順調で、タダノフ城の棚は餌で埋まりつつあった。

 もちろん、タダノフが触れた畑以外の収穫だ。

 腹いっぱい飯が食えるとご満悦で、広場では手下隊と焚き火を囲んで芋を焼いている。


「さっすがタダノフさんは寛大っすね!」


 タダノフは気前良く手下隊らに餌を分け与えていたため、そんなおべっかも聞こえてくる。


「餌は、みんなで食べた方がうまいんだ」


 おだてに乗るタダノフの隣には、すっかり折れて大人しく座るコリヌがいた。



 ノロマは薬畑の増加を押し付けられたことが、精神的な負担だったようで、収集癖が抑えられず毎日どこかへ逃げ出している。


「ほんとうにノロマさんは奔放なんだから。あたしがしっかりしないと!」


 苦労をかける裁縫さんのためにも、勇者は村の者から野草の知識や取扱いに慣れた人手を出すことにした。

 ノロマがいなくとも回るようになったことは、勇者にとっても助かることだ。

 それに、ノロマの知識は薬草に留まらない。鉱石にも通じていた。

 主に毒――劇薬としての知識のようだが、その発見も様々な道具の材料として役に立った。


 それでも飽き足らず、度々国外にまで、ありとあらゆる書籍などを収集して歩く旅に出かけてしまうのだが、それはそれで各地の有用な情報を得られ助かっていた。

 そして、何十年も後にノロマが制作した呪いの集大成である『世界のまじないから~再編版~』は、危険だと勇者の手によって城の宝物庫に封印されたという。





 いずれは、この国を襲う、とてつもないことが起こる日も来るだろう。

 しかし勇者は領内を眺めつつ、ここは大丈夫だと、知らず笑みを浮かべていた。


 皆がこの地を大切にし、それぞれの仕事に打ち込んでいる。

 それが身を助けるだろう。


(日々着実に備えていけば良いのだ。何かを怖れて過ごすよりも、今手にした暮らしを全力で楽しむことが、幸せ無双というものだな!)


 変わらず、慌しく、勇者は領内を駆ける。

 そうして今日も、些細ながら愛すべき暮らしの中の問題を、全力で解決してゆくのだった。



(終)



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