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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地補完編
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第百十六話 勇者、嫁をもらう

 翌早朝、すっきりとした目覚めが勇者の体にやる気を満ち溢れさせ、跳ねるように起き上がっていた。

 外に飛び出し、振り返る。


「お早う、お城ちゃん!」


 素晴らしく麗しい景色を胸に収め、日課の岩場体操に向かうべく倉庫の扉を叩こうとして足を止めた。

 行き倒れ君は寝込んでいるのだから邪魔立てしてはまずいだろう。


 徐々に慌しかった昨晩の光景が思い出される。


 報告会と行き倒れ君の看病で、到着早々に故郷の村人達を放置してしまうことになっていた。


 立派な家が建ち並んでいたために、すっかり気が抜けていたが、とりあえず体を休める以上のことはできなかったはずだ。

 いかな勇者とて疲れはするが、気が回らなかったからと、不慣れな場所に置き去りにして申し訳なく思うのだった。


 慌てて城に取って返す。

 やること帳を引っ張り出すと、ざっと眺めながらどうしようかと考えをめぐらせる。

 やはり、少しでも早くこの地に馴染んでもらえるように手配しようと決めた。


 その後は勇者畑二号地を村のものだと伝え、管理を村長さんに任せるほうがいい。

 特に吹雪のひどい時期に室内にこもっていると、皆そわそわとして不機嫌になっていたことを思い出す。

 やる仕事があると思えば、安心感が違うだろう。


 族長らに領内の案内を頼もうと、勇者は再び飛び出していた。




 レビジト村へ向かう途中、コリヌと護衛トリオに出くわした。


「おお勇者よ、早くも活動再開とは素晴らしい。ですが、よく休まれましたか」

「ぬっ、ここで会ったが百年目! コリヌよ、勇者村長を呼んでくれるか。おまけに行き倒れの様子も覗いてやってくれ。朝食には戻る」

「ゆぅ、ノンビエゼ村長ですな。行き倒れ殿のこともお任せを」


 走りながら吐き出す息が、白く煙っている。

 冬の精霊王の魔の手が伸びているのだ。


 思わず笑みがこぼれていた。

 恐らく冬精霊の棲家はあの山脈なのだ。

 山中に比べれば、あまりに鈍重な冬の訪れだった。


 雪が降っていてもおかしくはない気温に思えるが、勇者が離れていた間の降雪はなかったらしい。

 やはり乾燥した地のせいか、年中の降水量が少ない地域のようだ。

 それはそれで農耕地のことも考えていかなければならないだろうが、今はまだ人が住み易い方が良い。


「ふはははだ! 臆したか冬精霊! そのまま臆していてくださいお願いします」


 久々の妄想も、城に戻ってこれて安心したためだろう。

 勇者は自然の手心に感謝しつつ走った。




 コリヌらは竃へ到着すると、護衛君の一人が勇者村へと呼びに向かった。


「我らは竃で会議をしておりまして、今後の予定をお知らせしたいのでしょう!」

「そうか。ほんじゃわしは行ってくる。荷解きと整頓を頼むぞ。そうだ、今後の予定というならダメョ婆さんも来たほうがいいだろう」

「それじゃあ、トネィーリもだね」

「えっわたし?」

「お前さんはソレホスィにとって、今後一番の大予定だよ!」


 護衛君に連れられて、村長らは慌しく移動した。




 竃周辺には、行き倒れ君以外の面々が揃っていた。


「ダメョさん、おっはよー!」

「タダノフちゃん、昨日はろくに挨拶もできずにすまないねぇ」

「へへ、いんだよ、さあ餌食べなよ!」


 タダノフは勇者に山で拾われてしばらくの間、洞穴で過ごしたのだ。

 ダメョにもらった餌の恩は忘れていない。


「勇者様はすぐに戻ります。その間食事をどうぞ!」

「こりゃあ、ありがたいが、わしらだけというのも」

「ご安心くだされ。他の方へは後ほどお持ちしますぞ。ダメョ殿とトネィーリ殿も遠慮なさらず」


 ならばありがたくと、村長さんらは椀を受け取った。


「こんな早くから仕事なんて。ソレくん、忙しいんですね」


 トネィーリが話すと、その場の雑談は静かになった。

 周囲の不思議なものを見るような視線を浴び、トネィーリはおかしなことを言ったかと気恥ずかしくなって誤魔化すように椀をすすった。


 食事を終えると、護衛君に背をつつかれたコリヌは、ようやく静けさを断ち切った。


「あぁこほん、その、勇者の伴侶をお迎えできるとは恐悦至極であったり」

「そっそれは」

「えぇ本当に。良い嫁御ですよ、コリヌさん!」


 ダメョが自信満々に返した。

 トネィーリは顔を赤くしたままだ。


「ほへーどなたかと思えば、ソレス殿ったらいつの間に捕獲したので」


 食後の茶を啜りながら、ノロマが暢気に感想をぶつ。


「ノロマぁ、捕獲って、餌じゃないんだからさ」


 タダノフが口を挟むのを無視し、ノロマは立ち上がって胸を反らした。


「えっへん、このソレス殿観察の先駆者として助言をしようではないですか」

「役に立ったことなんかあったっけ」


 タダノフの呟きを咳払いで断ち、ノロマは告げた。


「しかし険しき道ですぞ娘さん。ソレス殿は本妻があれですからなー」


 そう言って、ノロマは城の側へと近寄り、指差した。


 再び場は静まった。

 興味深げに様子を窺うのではなく、不穏な緊張を湛えた静けさだ。


「って、トネィーリ殿? だけでなく皆さん、どうされたので?」


 村長さんとダメョは思わぬ事実に固まっていた。

 勇者はトネィーリを否定しなかったのだ。


 トネィーリは力なくも立ち上がっていた。


「えっ、ほ、ほんさ、いま盆栽って言った? ううん、本っ妻っです! そっそんなぁ……うぅ、そっそうだよね、何年も離れてたんだもん。おか、おかしくは……」


 トネィーリは青褪めて震えだし、見る間に大きな目に涙がたまる。


「おや、なぜに泣き出すので?」

「あ、あのお家の中に、ほっ本妻さん、が、いられるましてござそうろうなのですね……お目通り……それが、わたしに課せられた試練であると!」


 すかさずタダノフの拳骨がノロマに叩き込まれた。


「ぐああっ!」

「何泣かしてんだよノロマ!」


 すぐに復活したノロマは、よろめきながら城の壁に手をついた。


「ごっ誤解ですぞ、トネィーリ殿! よくよく目を見開いてください。これっこれですって」

「え?」


 ノロマは城の壁を叩いて示した。

 ふらふらと近寄ったトネィーリは、城の表札を見た。


『ノンビエゼ王様の城』


「これ、ソレくんの字だね」


 歪んだ文字を、トネィーリは微笑みながらそっと撫でた。


「でも、これって?」

「やーソレス殿はこの城に夢中でしてなー。毎晩こんな風に触れ合ってるのですよ」


 ノロマは両手で、さわさわと壁を撫でて見せた。


 その時だった。

 勇者が族長や屈強班を連れて戻ってきたのだ。


「ノロマああっ貴様っ俺様のお城ちゃんに何を汚らしい触り方しておるの、だっ!」

「ぎゃあー!」


 勇者の飛び蹴りがノロマを吹き飛ばした。


 激しくすっ飛んでいったノロマだが、削った地面にべちゃりと張り付いた途端、両足を振り上げ反動をつけて飛び起きる。

 さらには反動の勢いでもって、反撃した。


「ふんぐぬぅ……!」


 横っ飛びの頭突きが、勇者の胴に突き刺さった。

 受け止めた勢いで、踵は地面を削りながら後退する。

 攻撃が入ったかと思われたが、咄嗟に交差した両腕に阻まれていた。


「腕が上がったではないか! いや頭か!」


 呪いの加護で身体能力が上昇したのは、ノロマもだ。

 反撃に思い切り集中したノロマは、通常の勇者の身体能力匹敵していたのだ。

 残念ながら一瞬だけである。


 攻撃が決定的なものではないと気づくや、ノロマは口撃を始めた。


「毎晩頬を赤らめて屋根を撫で回すソレス殿に言われたくないですぅ!」

「俺様を人の道を外れた者のように言うのはやめたまへよっ!」

「あんなイカガワシイ目で城を舐め回すように見るなどほとんど人の道を外れてケダモノ道を突き進んでいるのですからして!」

「なっ不純な動機など、鼻毛ほどもないわ! ノロマの目がふしだらなのだっ!」


 腕を振り回しながら言い合いする子供のような喧嘩でありながら、二人の間に入る隙はない。


「きゃっソレくんにノロマさんっ」

「なんてこったよ、ソレホスィ……」

「あぁもう、こんなところは何も変わりゃせんの」


 突然始まった争いに、トネィーリは目を丸くし、ダメョと村長さんは呆れて頭を押さえる。


「ネリちゃん、いつものことだから気にしなくていいよ」


 タダノフはまた勝手に呼び名を作って、トネィーリを呼んでいた。


「ねっ、ネリ? じゃなくて、そのうソレくんのあの……」

「本妻ってこの城! ソレスったら勇者馬鹿だから、人族の雌には興味がないのかと思ってたんだ。あんたが来てくれてさ、みぃんな一安心だよ!」

「おっお城が……! わたしはお城の、次ぃ……っ!」


 おっとりしたトネィーリがこんなに取り乱したのは、初めてのことだった。

 が、間もなく落ち着きを取り戻した。


 勇者の奇行など今更のことだ。

 子供の頃の記憶がトネィーリの頭に溢れ、温かな気持ちをもたらしていた。


「そっか、お城……ソレくんらしい」

「ほんとにね!」


 喧嘩する勇者とノロマの横で、参戦しようとする護衛君らを、必死に止めるコリヌと族長や屈強班。

 止めないかと呆れて叫びつつも、どこか安堵したようなダメョと村長さん。

 それらを、タダノフとトネィーリは笑って眺めていた。


 笑いながら、トネィーリは城を見上げる。


(ソレくんが大切にしているものなら、わたしも大切にするよ)



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