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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地攻防編
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第百十話 戦果

 誰もが感じたように、勇者もまた、この戦いで多くを学んでいた。

 どこか感慨深げに目を細めていたが、しかし浸っている時間はなかった。


 この後始末をどうするのかと、兵達の空気が再び緊張しだしたのだ。

 複数の勢力があり、誰がどちらに従うべきかも難しい関係だ。


 その緊迫を破ったのは、やはり空気の読めない爺、シュペールだった。


「ふんぐおっ!」

「あおっ! なんだねお爺さんよ」


 不意の叫び声に勇者も驚きつつ振り返ると、シュペールは苦しげに体を二つに折り、地面にうずくまるところだった。


「ああっ! ほら言わんこっちゃない、無理をされるから!」


 お付きの近衛兵がすぐに支えたが、苦悶に歪む表情はただごとではない。

 痛みには慣れているだろう者がこの状態なのだ。

 近衛兵の口ぶりから察するに原因は分かっていそうだと、勇者は問いただした。


「いったい、どうした!」

「持病が再発したんですよ!」


 そこに口を挟んだのはマニフィクだった。


「なんだと、治ったと言ったのは嘘だったのか!」


 マニフィクが動揺を見せたのを見て、勇者は咄嗟に声を上げていた。


「タダノフよコリヌを置いて、お爺さんを城へ運べ! 荷物ではなく人間らしくだ! ノロマも行け! 行き倒れ、竃の準備を!」

「あいよ。おーじ様後でね!」

「ふぃー助かった……」

「俺は医術師ではないと……はっ、おほん了解ですのでー」

「お湯っすね。タダノフさん、コリヌさんのことは後に。ほら急ぐっす」


 ばたばたと移動し始めたのを確認すると、勇者は振り返って各方面に向けて声を上げた。


「代表者は共に来てくれるかね。状況を整理する場を提供する」

「ありがたい。お言葉に甘えさせていただく」


 即座に護衛隊隊長が答えた。


「申し出に感謝する。では伺おう」


 マニフィクは近衛の数人とコリヌンに同行の合図をした。

 条件反射で指示に従い前に出たが、コリヌンは呆然としていた。


「お、お、おーじさま……だと? 父はあのような若い娘と、はっ、そうかそれが出て行った理由だったか。良い歳をして気恥ずかしいからと……」


 勇者はまだ、首が光らない程度に呪いの集中を高めたままだった。

 そのためコリヌンの呟きが耳に入り、気まずい顔をしてしまった。


(若い、娘、とな……色々とコリヌの家系は感性に問題があるようだ)


 戸惑いを抑えた勇者は、最後に兵達へと声をかける。


「連合国護衛部隊は現在の駐屯場所で待機をお願いしたい。ノスロンド王国軍に辺境警備隊は畑周辺で休んでいただこうか。大畑さん案内を頼む」


 代表が席を外している間に、争い事などあっては困るため、勇者は両者を離れた位置に置くことにしたのだ。


「お、おう。納屋の周辺がいいだろうな」

「こっちだ!」


 大畑さんと小作隊は、慌てて誘導を始めた。


 さあ俺様もと口を開きかけた側から大声が上がった。



「コリヌン、おいで! さあさ父の胸に!」



 コリヌンの姿を認め、コリヌは両腕を広げて叫んでいた。

 目を輝かせるコリヌに対して、呼ばれたコリヌンの顔は見る間に無表情になり、片手は剣の柄に乗った。


(やばいっ血塗られた地となってしまうではないか、縁起でもない!)


 コリヌンから殺意の波動を察知した勇者は、コリヌの肩を掴んだ。


「コリヌ、話は後だ! というか足が震えているではないか」

「おお、支えをありがとうございます勇者よ。随分と久々の地面の感覚がありましてな」


 ずっとタダノフに抱えられていたせいで、地面が揺れる感覚があるようだ。

 そのお陰で、自ら飛びつき胴を分断される危険を回避できたのだと思うと、タダノフの奇行に感謝していた。

 勇者は片手を上げて、指を鳴らした。


「護衛君、コリヌを」

「はっ、お任せを!」

「何をするか、離せ。主は私ではなかったのか! コっコリヌーン……!」


 護衛君トリオは縦列でコリヌを肩に担ぎ、丘へと走り去っていった。

 指で命令なんて格好良いではないかと、一度やってみたいと思っていた。

 密かに指ぱっちんを練習していた技が役立ったのだ。


(ふぅ、どんな特技でも身に付けておくものだな)


 背後には困惑するざわめきと、隊長の声が聞こえた。


「準備はできたが、一人でというわけにはいかないことは了承願う」


 中央からは隊長が代表として、数人の側近を連れて出た。

 ノスロンドはマニフィクが、近衛とコリヌンを含めてくる。


「当然の権利だ。そうでなくては、残された兵も納得がいくまい」


 勇者は彼らに頷き、揃って丘へと歩き始めた。




 ノスロンドは王が直々に出てきた。

 しかし、中央側は護衛対象であり上官を失った一般の兵とはいえ、背後の国はノスロンドより立場は上である。

 勇者は、この中で最も地位が低い。同じ辺境の領主コリヌンよりもだ。

 ペーパー領主免許所持者で実績がないからだ。


 だがこの場所の領主は勇者であり、例え飾りと思われていようとも、紛れもなく連合国に登録された地位である。

 この地で起きたことを話し合うのに、その領主が調停の場を提案するのは自然なことだ。

 誰が主導するかなどと、また話し合い以前に揉めるのではと兵達は緊張したわけだが、全勢力が安堵の溜息を吐いていた。


(ふひぃ、コリヌの領主講座を受講し、乙種領主資格に合格していたことで助かったな!)


 勇者は、役に立ったとコリヌに感謝すると共に、内心で冷や汗を拭うのだった。


 このとき、一つの危機を脱したことで、勇者は気が抜けていた。

 独立の宣言をして、騒動を収拾したのだ。

 堂々と主面して場を提供するのは何もおかしなことではなかった。

 相変わらず一介の領主のつもりでいた。




 城に到着したはいいが、勇者は室内の面積を失念していた。


(なぜ俺様は城にしたのだ)


 麓には、作りたての広々とした集会所があったことを忘れていた。

 シュペールを会議から外すことはできないだろう。

 しかし運ばせてしまったから仕方がないと言い訳し、扉の隙間から様子を覗いた。

 部屋の隅、勇者の寝床にシュペールは横たわっている。


「体調はどうだね」

「首だけ生えないでくださいっす」

「おぉ勇者君、迷惑をかけたな。横になっていれば幾分かましだぞい」


 行き倒れ君が取り出したのだろう、常備薬の箱が開封されていた。


「なんと、その薬で間に合ったのか?」

「応急処置ですからして」


 ノロマから返事があった。


「条件を詰めねばならんのだろ。臥した状態で失礼するが、進めてくれるか」

「辛いところに無理をかけるが、助かる」

「あ、ちょいお待ちを。まじない城に戻れば、もう少しましなものができるかもしれませんので」


 出ようとした勇者を、ノロマが遮った。

 それからシュペールに尋ねた。


「えぇと、なんの病なのでしょ。軽い病でしたら薬も用意できるのですが」

「おお、そういえば医術師だったな」

「まじな……」

「そうだ! そうでなくては新天地でやっていくなど困ろう。して、病状は」


 ノロマの反駁を勇者は断ち切って、勇者はなんの病かと尋ねた。


「え……」

「だ、だからっ、ただの腰痛なんじゃっ!」


 シュペールは恥ずかしげに言い切った。

 結論からいえば、シュペールの処置は、お城ちゃんの常備薬で間に合うものだった。


「ま、まあ、なんでもこじらせると大変だからな、うむ……」

「なら俺は、城に戻って追加で見繕ってきましょ」


 これで問題ないだろうと、勇者は外を振り返り、扉を大きく開いた。


「お待たせしたな。さあ、入ってくれ」


 だが内部を見て、全員が固まった。

 勇者も、人数を見て、城内を見直した。


(天井から吊るのも体がつらかろうしな……)


 決して城が狭いからとは言いたくない勇者は、訳の分からない理由で納得し、改めて振りかえった。


「申し訳ないが、側近はお一人様お一人までで頼む」




 他の者には竃での待機をお願いし、次々と低い戸口をくぐった。


「ふんぐっ!」

「いだっ!」

「狭っ!」


 勇者勢以外は、戸をくぐる際に頭を打ち付けた。

 久しく見なかった光景だ。


 竃会議にしようかと思ったが、さすがにそれなりの身分の方々と青空会議はいかがなものかと、厚かましい勇者でさえ憚られた。

 せめて、屋根のある場所にお招きした方が良かろうと考えたのだ。

 未だ床のない土の上でもあったが、行き倒れ君が気を回して、布を敷いてくれていた。




 緊急会見場となった城内を見回す。

 人が三人も寝転べば床が埋まるような城だ。

 層々たる顔ぶれなのだろうが、なんともむさ苦しい空間となっていた。


 干草の寝床に木箱を置いて、背を預けるシュペールの隣にシュペールの近衛兵。その隣には同じく木箱を背もたれにマニフィクが並び、さらに隣には近衛兵とコリヌンが座っている。

 対面して、中央の護衛団長と側近。その隣にコリヌにも居てもらうことにした。

 二対を見渡すように奥の壁側から、勇者が座り、戸口には茶の用意をして運んできた行き倒れ君が座っているのだ。


 それぞれが胡坐を組んだり正座をしたりしているが、正に膝を付き合わせた状態だった。


 タダノフはただでさえ巨体なので遠慮していただき、代わりに領民達が騒動を起こさないよう、見に行ってくれと頼んでいた。



 話す前に喉を潤そうと、勇者が湯飲みを手に取ると、皆が茶を啜った。

 疲れきって喉が渇いていたのだろう。一息に飲み干されていく。

 行き倒れ君が用意したのは、お茶もどきだ。


「ほほう、爽やかな風味だのぅ」

「なんとも口当たりが良い。楽しみのおやつに合うものがありそうだ」

「戦いの乾いた心に染み渡る」


 シュペール、マニフィク、団長と順に感想をこぼした

 どうやら、すーすー茶は運動の後の一杯にも最適なようだ。

 勇者も爽やかな喉越しを楽しんだ。


 隊長がいち早く飲み干すと、湯飲みをどんと床に置き、言い放った。


「独立の意志、しかと受け取った」


 さすがは軍人といったところだろうか、隊長は結論から切り込んできた。

 しかし中央の使者代理として、厳かな顔付きだった。


「うわっ!」

「汚っ!」

「ぐぶ……これは、失礼」


 勇者は茶を噴き出していた。


(そうだったそうだった……俺様、王様宣言しちゃってたではないか)


 今さらながら、血の気が引く勇者に追い討ちがかかる。


「うむ。それだけの力量もあると、わしが保証しようぞ! あいだだだ……」


 シュペールが腰をさすりながら、追随した。


(お爺さんめ、なんてことを保証するのだ!)


 その発言を受けたマニフィクは、隣の近衛兵に向かって尋ねた。


「うむむ。近衛よ、どうか」

「はっ! 確かにこの目で見た限りでは、安定した運用がなされていたかと。いささか独創的ではありますが……」


(それは褒めているのだろうな近衛君!)


 勇者の睨みに、言葉は尻すぼみになる近衛君だが、王の手前だからか負けじと背筋を伸ばした。


 それらの発言に、また隊長が続けた。


「厚かましいのは承知の上だが、先に、こちらの要望を述べさせていただきたい」


 勇者は頷く。


「こちらについての後の話は、私に任せては貰えないだろうか」

「ほう……」


 ノスロンド勢は渋い顔を見せた。

 だが勇者は意外だった。


 徴税官へは、落ち着くまで休んでもらうといって天幕へと運ばせたが、実質は捕らえたままだ。

 隊長は、拘束した理由が必要だろう。

 その辺の後始末を自分達の手で、という気持ちは理解できる。


 それに、中央や兵達への落とし所は、当然だが勇者よりも的確なはずである。


「是非に頼む」


 勇者も至極真面目に頷いた。


「それで納得するというなら、我らに口を出す権利はないな」


 マニフィクは何か言いたげだったが、それを堪えて勇者の結論に同意した。

 その声音に、腹の内を察したのだろう隊長は、今度はマニフィクに向かい合った。


「ノスロンド王国からの協力は、誠意があり、疑う余地のないものである。中央に変わって感謝申し上げる」

「件の問題については、改善を約束する」


 しばし、静かに目を合わせ、そして合意は成されたようだ。


 中央とノスロンドの間にも、なにかあるのだろう。

 勇者は邪魔立てすることなく、やり取りをしっかりと見た。

 この件に関する証人となるだろうからだ。




 隊長から安堵の溜息が漏れ出た。


「仔細の報告をせねばならん。早々に退去する」


 護衛隊長には、どう処理し、中央へはどのように報告するかといった権限しかない。

 新たな国として認めるなら、連合国の一領地として税率をどうするかといった話も、もう関係がないのだ。

 それ以上、勇者と話し合えることはなかった。


「改めて、話し合いの場は設けられるだろう。だが、私自身は、見たままを報告するのみだ。上司だった者の振る舞いや言動も含めてな」


 どうしてそのように思ってくれたのかは分からない。

 冷たくも思えるが、この男なりの誠実さを貫くと宣言してくれたのだ。

 それが勇者にとって、吉凶どちらに出るかは分からないが、隊長という立場でできる最大限の協力に思えた。


 だから言える言葉は一つしかない。

 隊長へと、勇者は目に力を込めて頷いた。


「感謝する」


 立ち上がった隊長に、マニフィクは声をかけた。


「連れ帰らねばならん者がいるのでな。見送りは辞退させてもらえるか」

「承知した」


 現地解散ではないのか単に確認か、マニフィクの断りに隊長は即座に答え、出て行った。




 城を去りながら、隊長は側近へ聞こえるだけの声で話した。


「己の手が届くよりも多くの民を守ろうと、一人で飛び出す馬鹿領主が他にいるか?」

「違いねえ……」


 兵たちは苦笑する。

 上のやつらが策を弄して守ろうとするのも、自分たちが武器を手に戦い守るのも違いはない。

 そうは思っても、ときには目に見えて分かり易い、単純な衝動を表せることに焦がれることもある。


「そいつを見せてもらった。それだけで十分じゃないか」




 盗み聞きした勇者は、愕然としていた。


(なんたることだ! くっ悔しいが、俺様よりもほんの少し、極々わずかばかりだが、格好よすぎるのではないかね)


 今や呪われた感覚によって、姿が見えずともそれほど離れていなければ声を捉えられるのだ。

 しかし残念ながら、用途はこんなものだった。


「ふふ、そんな男達に認められるとは、やはり俺様も格好いいに違いない……」

「勇者さーん、にやけてないで現実に戻るっす。今後どうするか考えてくださいよ」

「ちっ行き倒れとはしょぼい感性の持ち主だな。俺様の格好良さが分からんとは」

「……妄想は人のいないところでやるっす」


 こめかみに青筋を立てる行き倒れ君に、やれやれ仕方がないと勇者は改めて城の床に座り込んだ。


 ふと見たマニフィクから、ほっと気が抜けたように見えた。

 そこで、シュペールの体調を理由に、マニフィクはあえて留まったと勇者は判断した。

 恐らく隊長も察したのだろうが、異議は唱えず出て行ってくれた。


 もし少しでも敵意があるなら、なんの企みかと問い詰める機会でもあったはずだ。

 しかし、隊長の方も、既に別の考えに気を取られているようであった。


 これから徴税官や、中央への報告と何かと忙しくなるだろうし、込み入った事情もありそうだ。

 勇者もこれ以上の詮索はせず、次の議題へと頭を切り替えた。


「さて、話したいことがあるのなら、聞こうではないか」



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