第十一話 勇者の能力
「あー、がっかり保存食に、生水はいかがですかー」
森の中を、枝葉を切り払いながら、平地から一直線に進んできた勇者一行。
行き倒れマンの存在はないかと、辺りに声をかけつつ進む。
壁、森、壁と景色は続いていた。
「これで第五防御壁、破壊っと。どうだ、タダノフ。十も二十もあったわけではあるまい」
「十は無かったと思うけど。綺麗な円ってわけでもないし。なにより上から見るのと、今ここにいる距離感が違うからねぇ」
「ふむ。確かに、それは面倒な問題だな。ジグザグの場所だってありそうなものだ」
なるべく、平地からまっすぐに進んできたつもりだ。
それでも確実に直線を進んでいる、とは言いきれない。
人の感覚とは不思議なものである。
準備の時間が無かったとはいえ、縄を張れないのも不便であった。
それでもどうにかここまできたが、勇者の予想通り、壁が頑丈になっているようだった。
タダノフが穴を開けるのに、時間がかかるようになっていた。
単に硬いというのではない。
外側に行くほど高さが増すのだが、それに伴って、厚みも増していたのだ。
ようやく貫通した五番目の穴。
そこを抜けると、やはり森だった。
「おおうい、誰かおらんかー……」
「あのう、ソレス殿。なぜに声を潜めるので?」
「お昼寝中だったら、脅かしてしまうだろう。それに、得体の知れない巨大獣のせいで、ぎったぎたに人は朽ち果てたのかもしれないし」
「そんな獣いたら、とっくに臭いでばれてると思うけど」
「なるほど、それもそうだな。餌に関することなら、タダノフの説得力に勝るものはない」
「褒められてる気がしないんだけど」
「いいから、お前らも辺りを警戒せんか。ピクニックじゃないんだぞ」
足の踏み場もないほど鬱蒼としてはいないが、視界が良好とはいえない。
全員に、それぞれ割り当てた方角を見るようにと伝えてあった。
「おい行き倒れ、見覚えのある場所はないのか」
「君呼びですら無くなってるー!」
「やかましい。どうだ、本来なら三日はかかりそうな場所まで来たと思うぞ多分」
「行き倒れっていうくらいですから? 意識は朦朧としてましたし?」
「ふて腐れるのは後にしろ。他の行き倒れ種族の危機かもしれんのだぞ」
(種族にまで発展しおった……)
そんな風に第七防御壁を突破した。
日は暮れて朝日が昇り、また沈む。
「よし。では、次の壁へと移動するぞ」
「えぇ」
「まだ歩くんすか」
「そろそろ休みましょうよ」
勇者の仲間は、反旗を翻した。
「なんだどうしたいきなり。まだ徹夜一日ではないか」
「まだじゃないですよ。普通は一日でも徹夜なんかしません」
勇者は愕然とした。
(俺様としたことが。つい先日、バランス感覚を養わねばならぬと、心に刻んだばかりではないか。並外れた完徹能力を操る俺様に、ずぶの素人がついてこれるわけがなかったというのに!)
「いやあ、すまんすまん。俺様は、ちょっとばかり能力に頼りすぎてしまうようだな」
「そうだよ、休もう。今日はたくさん働いて腹が減ったよ」
それに、徹夜中はお腹がすきやすくなる。
早速腹の虫を鳴らしているタダノフを見れば、一目瞭然。
「それでは、この辺で休むとしよう」
「やったー」
喜びの声が三人分聞こえた。
即座に寝支度を始める彼らを、勇者は微笑ましく見守った。
焚き火の準備をしていたノロマを見ると、ローブに裂け目を発見した。
「ノロマよ。ローブが擦り切れているぞ。引っ掛けて、躓いては危ない。こけた先が、ちょうど崖で、荒波へダイブしてしまうなんてことになったら引き上げが面倒だからな。俺様が修繕しておこう」
「おや、いつの間に。さすがソレス殿は細かい」
「これも能力の一つよ。さあ気にせず任せたまえ」
「では遠慮なく」
ノロマはどぶ色のローブを勇者へ渡す。
「勇者さん、マメっすねー」
「リーダーだからね。餌の管理もばっちりだよ」
感心する行き倒れ君に、餌基準で答えるタダノフである。
「ローブの代わりに俺様の敷き布を貸してやろう」
「むわっ臭! あっ……いえ、草の、布団で十分です」
「はっは。風邪を引くなよ」
全員座り込んだところで、殊勝にも行き倒れ君が尋ねてきた。
「勇者さん、見張りはどうしますかね」
その態勢は眠る気満々だったが、勇者は一応評価しておくことにした。
「先に休みたまえ。俺様は、このまま警戒しておくとしよう」
勇者の心中で、配下として査定されているとも知らず、行き倒れ君は幸せそうに横になった。
焚き火を囲むようにして、勇者以外は草の上で丸まっている。
すぐに寝息やイビキが聞こえてきた。
些細な異変も、勇者の損になることならば、決して見逃しはしない。
それが、『小心者能力』だ!
正直、完徹能力と小心者能力の併用は、かなり疲労する。
アクシデントから未然に防ぐための警戒が十分に成せるのも、完徹三日目までが限度だった。
だが、まだ徹夜一日目である。
気が付いたときに、不穏の芽は潰しておかなくてはならない。
そんなわけで、柔らかな草の上に正座して、ノロマのローブをちくちくと縫い進める。
(皆が起きたら、任務を再開しようかと思ったが、今くらいは眠っておこうか)
行き倒れ連中に出くわしてしまってからでは、寝る暇もないかもしれなかった。
(ふぅむ。頭が冴え渡っている。家……いや、お城だったな、ふふ。帰る場所があるというのは、なんと心を平穏にすることか)
勇者の妄想の中では、倍々に美化された勇者城との、めくるめく愛ある生活が繰り広げられていた。
別にアダルトな内容ではないが、色々な意味で難易度が高すぎるので描写を差し控える。
朝日が昇るとノロマを起こして、ローブを押し付けた。
「ノロマ、俺様も少し眠る。昼前には起こしてくれよ」
「まだ、眠いですな……」
「頼んだぞ!」
勇者は、腰に括りつけていたマイ座布団を取り外して抱きしめた。
寝つきの悪い勇者だが、座布団のカビたような古ぼけた臭いは、故郷の洞穴へと誘い、一瞬で意識を暗い底へと連れて行ってくれる。
幸せな気持ちで眠りについた。
この後、しばらく休めなくなるとも知らずに。




