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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地攻防編
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第百七話 勇者大決戦

 拠点を守るような兵の隊列を割って、歩み出てきた徴税官は、やや離れた前方に立ち止まる人影に目を留めた。


「なんですか、あなた方は!」


 少々声を張り上げなければ届かない位置に、勇者は立ち止まっている。

 これまでは張り付くようにして拠点を覗いていたというのになんの企みかと、あからさまに顔を顰めて見せた。

 一人ではないことも、何かあると思わせた。


「なるほど、偽領主さん三人組ですか。おや……前マグラブ領主を人質にとっての交渉ですか? なんとも卑怯ですね」


 徴税官は訝しんだ。

 増援は到着したばかりだというのに、報せが届くには早すぎる。

 しかも即座に対策を立ててきたというのかと、周囲へもそれとなく視線を向けた。


 確かに、篝火を置いてからは時折だが薪を手に領民は交代で訪れる。

 そこから距離はあるし、多少の段差があるため視界も届きにくいはずだが、目の良い者が気が付いたということもありえる。


 今、その領民らは、偽領主を中心として遠巻きに取り囲んでいる。

 しかし、手を引こうと考えているようではなかった。

 変わらず反抗的な目付きだし、どこか自信有り気だ。


 それに、遠巻きにしても、かなり距離があった。

 間隔を開けて並んだ外側に位置する篝火辺りから、円を描くように取巻き、まるで訓練場のような広場を形成している。


 また前方に集中するが、なんとも頭の悪そうな三人の様子が、どうにも薄ら寒い。

 愚かにも、人質を取れば対等に話せるつもりでいるのか。

 それとも他に策があるのか。


 徴税官はどう判断するか戸惑った。

 なによりも、至極真面目な顔で、両の人差し指をこちらに突き出している滑稽さに気を取られてだ。


(一体、なんの真似だ。あれで動揺を誘っているつもりか!)


 徴税官の嫌う、怖気が走るほどの滑稽さだ。

 苛立ちが戻った。


(考えられないが……これも私の性格を見抜いての行動か。そうでなければ、運だけでここまでは来れないだろう。天性の才を見せる者は狂人と紙一重ともいう。最大限の警戒をすべきだろう)


 どうにか不快な感情を押し殺し、顎を引いて勇者を見据えた。


 いや、もっと単純なものかもしれない――そんな気もした。

 人質を連れてはいるが、広場を設けたのは、戦いで決着をつけるつもりではないか。

 それも、一騎打ちなどといった下らない作法でだ。


 粗野な振る舞いを見れば、腕力に自信はあるのだろう。

 貧民の間で用いられる、腕っ節などという乱暴な基準だった。


(そんなもので、国が回るか)


 徴税官はまた苛立つのを感じ、気分を宥めた。

 悉く虫唾の走る行動を凝縮したような男を前には難しいが、だからこそ普段通りに振舞わなければならない。


 合図を護衛の兵に告げた。念のために、慎重な隊形を指示する。

 もう少し声が届き易いようにと、周囲を囲まれながら歩き出した。


「さて、なんのおつもりですか。ああ、本隊が到着したのを知って、ようやく現実だと不安になりましたか?」


 話しながら、片手を上げ、手の平を前方に傾げた。

 同時に、拠点沿いに待機していた隊列が槍を構え、前進する。

 その背後に待機していたノスロンド勢も、一定の距離を保ちゆっくりと続く。


 徴税官はまだ、ノスロンド本隊とは大して話をしていなかった。

 せいぜい、合図があれば後に続くように伝えた程度だ。

 背後の足音から、指示に従ったことは伺えた。


 勇者や領民らから、僅かに身構える姿が視界に入ったが、息を詰めて様子を見ているだけだ。

 上げていた手を水平に下ろし、足を止めた。

 隊列も止まる。

 不審なものを感じていた。


 どのみち今日の内に勇者を拘束すると決めていたが、それが早まっただけと考えるべきか。もう少し、時を稼ぐべきか。

 場の不審さに、また判断がぶれる。


 勇者の声が風に乗って届いた。


「そうだ。ノスロンド王国という第三者の前で、もう一度話し合い、誤解を解きたいと思っている」


 以前に罪状を伝えてからは、話し合いの機会は失われたと伝えた。

 理解していなければ、分からせると。

 それは話し合いを再開するためではない。


「俺様は確かに、わがまま勝手に策を練り、奔放な魅力で領民の力を用いただろう。しかしそれは、皆が暮らしよい生活を送れることを願ってだ!」


 勇者の言葉に、徴税官は鼻を鳴らさずにいられなかった。


 浅薄な言い訳に呆れ、徴税官はさらに足を進めた。

 背後にも耳を傾け、重い装備が打ち鳴らす音を聞く。

 勇者を捕らえられるほど近付く前に、また足を止めた。


 こちらの動きに合わせるように、周囲の輪も縮まっていたのだ。

 納得がいっていない領民らに襲い掛かられるのを防ぐため、背後の移動が止まるのを待つ。


「勝手に押し付けておいて良い事をしたなどと、気分が良いのは本人だけだ。目先の善行で正義面など、まさに偽善。素直に自分が気持ち良くなりたいだけと言ったらどうだ!」


 徴税官は陥れようとしてはいるが、その目にした事実に変わりはなかった。

 勇者が言葉でどう取り繕おうと、開拓の進みに異常な労働量の結果はあった。


 どうあがいても、覆すことはできない。

 だというのに、この男は――息を呑んだのは徴税官の方だった。


 勇者は怯むことなく、滑稽な姿勢のまま、言い放った。



「独善、自己欺瞞か多いに結構! 俺様は、己の内に潜む臆病心を偽り騙し、己の正義を貫く者――そう、勇者なのだからな!」



 信じられないものを見た。

 そんな、なんともいえない感情で、徴税官は勇者を睨む。


「愚かにも、ほどがある……」


 徴税官が歯軋りすると共に、周囲にも緊張が走るのを感じた。

 思わず勇者に意識を取られすぎてしまったと感じたときには、遅かった。




 気が付けば、領民は篝火を囲んでいた。


「茸の串焼き……だと?」


 兵たちは、「なにをやってるんだあいつらは」という気持ちも露に、嬉しそうに笑う領民らを半目で見ていた。


「待て、なんのつも……」


 徴税官は我に返ったが、指示の声を上げるより先に、遮る怒声が響き渡った。


「ちっ父王おおおおおおぅ! そこで何をしておるのじゃー!」


 その声は、瞬く間に勇者らのいる場に到着した。

 馬を駆るのは、ノスロンド王マニフィクだった。


 マニフィクの目は、勇者に向けられているようで、誰もが困惑する。

 王の慎重そうな奥まった眼は、ある一点に吸い寄せられたかと思うと、さらにぐわっと見開かれた。


 勇者を含め、全員がその視線を追った先には、シュペールが立っていた。


「やれやれ、目ざといのぅ」


 ぼやきと共に、シュペールはボロ布を剥ぎ取り、こちらもまたぐわっと見開き叫び始めた。


「誰が父王じゃ王は貴様だろうがうつけ者ぉ!」

「都合の良いときばっかり認めないでくだされ!」

「かぁーっはっはっは久しき戦場に胸躍り、体が踊るのを止められんでな!」

「踊らすな!」


 徴税官は怒りに青褪め、勇者は緊張でもっていた気力がそがれ急に崩れた均衡に青褪めていた。


「なんと、人様の軒先で親子喧嘩かね……はた迷惑な」


 はた迷惑で済まない身分と規模である。


「よもや敵に与したか! 国の危機にこんなところで遊んでいようとは、激震が走りますぞ!」

「ちょうどよい。貴様も一人前になったか見てやろうではないか!」

「ええぃこうなったらやけだ、かかれかかれー!」


 マニフィクに慎重さなどかけらも見られなかった。

 勇者は、なんだ見掛け倒しかと誤解してしまったが、これでも本当に普段は落ち着いているのだ。腹が重いからだが。


 しかしそんなことを勇者が知りようもない。

 身内の前ではうっかり素が出てしまうのは誰しもあることだろう。

 身内ゆえの理不尽さに堪忍袋の緒が切れて感情が高ぶることも。

 それが今だったのが運の尽きだった。


「ちょおおおおおっ!」


 コリヌは白目をむいた。


「まずい、あやつらは放っておけ! 俺様たちもいくぞ。標的はノスロンド勢力以外。特にあのいけ好かない役人だ!」


 標的などとは言ったが、狙うのではなく逃げるためだ。

 こうしている間にも、煙はもくもくと上がっていた。




 ノスロンド王の親子喧嘩と、それがもたらした怒りは、徴税官の判断を完全に狂わせていた。


「なるほど、ノスロンドも割れていたからおかしな動きでしたか。ではあちらは任せて、我らは反逆者を討つとしましょう。進め!」


 逃げようと背を向けた勇者たちに、地響きのような足音が届いた。


(ふはははは煙を絡みつかせる呪い、しかとその身に刻むがいい! 頼むぞお城ちゃん!)


 ノスロンド勢もとばっちりを喰らうが、勇者は心でごめんして走る。


「後列竃戦線まで撤退! 巻き込まれるぞ、急げ!」


 領民の幾人かが、大きな葉っぱで扇いでいたが、たんなる気休めである。

 勇者が彼らに叫ぶと、すぐに後退した。

 水で浸した布で鼻と口を覆って下がる姿を認めると、別の指示を思い出した。


「ノロマ、疑似薬をまけ!」

「はいですのでー」


 一応、ノロマの謎薬のお陰で煙が妙な動きをすることになっていた。

 ノロマが小瓶を幾つか投げると、兵の鎧などに当たり、どす黒い粉が舞った。


「ぎゃああああぁっ!」


 恐ろしい叫びに驚いて勇者がちらと振り返ると、もがくように喉を押さえて転げまわる幾人かの姿が目に入った。

 その兵らにつまずき、倒れる者も見えた。


「ノロマあっ! なんの毒を撒いたのだ!」

「ご心配なく。死にはしませんですからして」


 指示もなく動揺していた兵達だったが、こちらが攻撃をしたと考えたのだろう。

 一気に動き出していた。


 徴税官は止めようとしていたが、動き出した隊列に巻き込まれないよう、隅に移動するだけで精一杯だった。

 そこで領民らが布を口に宛がうのを見て、察する。


「下がれ! 煙は毒だ!」


 その叫びが届いた頃には、すでに辺りは煙が充満していた。


「そんな、馬鹿な……こんなことが……」


 徴税官は見ている光景が信じられなかった。

 どうやればこうなるのか。

 風の吹きぬける平坦な地で、煙がこの周辺にだけ吹き溜まっている。


 原因はなんだと見渡せば、篝火が目に入った。

 理由はともかく、それらの配置内に溜まっているのだ。


「篝火の外に出ろ! 急げ!」


 徴税官と護衛兵は逃れたが、中を移動していた兵は奇妙な動きを始めていた。


「ぐはっ、なんだこの良い匂いは!」


 長旅で粗食に耐えていた兵達に、この淫靡な誘いは堪らないだろう。

 勇者は、第二竃腺の外まで走り抜けるとふり向いた。


「くくく……目を開けたまま恍惚の夢幻を彷徨うがいい」


 勇者は、ベニゲラゲラ茸に燻される兵達をにやにやと眺めた。


 呪いの効果だろう、竃腺内部で煙は渦巻くようにして兵達を絡み取る。


「ぬううぅ遠征で碌なものを食っていない。耐えられんーっ!」


 案の定、兵達は竃へと群がった。


 多少時間はかかるが、その時間差のお陰で異変に気が付く者の行動を遅らせることができた。

 食った者から徐々に行動は無秩序になる。


「なんという毒だ……こちらも布で鼻を覆え!」


 だが時すでに遅し。

 隊列など維持できぬほどに崩壊していた。




(そろそろいいだろう。煙を、はらいたまえ! お城ちゃん、ありがとう)


 気が付けば、勇者の背後に戦闘担当の領民達が集っていた。


「行くぞ、無力化開始!」


 勇者は掲げた人差し指を前方へと振り下ろした。

 進めの合図だ。

 雄叫びと共に反撃する勇者陣営。


 先頭に両人差し指を突きたてて走る勇者に、コリヌを小脇に抱えたタダノフ、背中に括りつけていた呪い本を手にしたノロマ、行き倒れ君が並ぶ。


 背後には、護衛トリオ、タダノフに鍛え上げられた手下隊に、元から強いがマグラブ領で護衛術を身に付けて動きが洗練された屈強班。それに、南開拓村から手助けを申し出てくれたみなみん達と続く。


「ふんっ幾ら訓練した兵士達といえども、混乱し隙だらけでは敵ではない!」


 徴税官らの悲痛な叫びも、かき消されていった。


「こっ後退だ、下がれと言っている! 聞こえんのか!」


 さすがは姑息役人だった。

 すぐにも一旦下がる指示を出している。


「体勢を立て直せ!」


 徴税官は額に青筋を立てて喚いていた。

 ようやく冷静さを崩せたのだと、勇者はほくそ笑んだ。



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