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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地攻防編
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第百五話 結集

「屈強班長、そろそろ森に行ってくれるか」

「南の森だな。おっし伝えてくる」


 勇者はもくもく茸作戦の準備を指示した後に、南開拓村からの来客に備え、屈強班に待機命令を出した。


 南への道は、平地の中程よりやや海側に近い。勇者に南からの客を見張るよう指示された手下隊は、立て札近くの森に潜むような位置についた。

 徴税官らに、不審な行動だと見咎められないようにだ。

 そこで南の道から森の中を抜け、ノロマ領南側の道を迂回して丘へと連れてくるようお願いした。


 初めは、丘の麓にある筍居住区まで案内をするようにと話した勇者だったが、新手だと思われるのも厄介だと指示を変更したのだ。


 南開拓村の者達へと飛び火するのも色々面倒だし避けたかったこともあるが、到着後すぐに難癖をつけられると困る。

 先に南開拓村民の意図を確認しておきたかった。


 そんな指示を受けた屈強班だが、任務につくや終えることとなった。

 ほとんど寝ずの移動だったのだろう。彼らは間を置かずに現れたのだ。

 慌てて誘導し、引き連れていった。




 訪れた十数人を見回し、考えたほど多い人数でないことに勇者は内心安堵した。

 急に人員が増えたことを見咎められれば、徴税官の行動が過激になることを危惧していたのだ。


 以前訪れた使者が、彼の隣に立つ男を紹介した。


「お久しぶりです勇者さん。こっちが村の取りまとめ役です」


 南開拓村のまとめ役であるという壮年の男は、前に出て勇者らと挨拶を交わし、すぐさま用件を切り出した。


「じかに挨拶できて嬉しいことだが、ただごとじゃねえと話を聞いた。大した数じゃあないが手助けしたい……いや、俺たちの集落を守るためでもある。参加させてもらうぞ」


 一歩も引かないといった決意が見えた。

 しかし、勇者の表情を見て、まとめ役の表情は揺らいだ。

 妙に思った行き倒れ君は、横から勇者の顔をのぞき、小声で注意した。


「……勇者さん、変な顔はやめるっす」


 不意に、涙が出るほど酸っぱい果物にあたってしまったような顔をしていた。


「あ、失礼。ここのところ考え事が多いもんで」

「……あ、ああ、まあそうだろうな。大変な時に厄介をかける」


 気を揉んだ様子のコリヌや護衛君らは、すかさず声をかけた。


「ひとまずですな、なにはともあれお茶です! ささ、どうぞ」

「えっ茶があるのか?」

「この香り、本物だ」

「おお、久々だなぁ」


 竃周りの椅子が足りないため、勇者も全員と地面に座り込んだ。

 南開拓村民たちから、張り詰めていたような空気が和らぐ。

 その隙をついて、勇者は現状を説明することにした。


「でだね、みなみんさん」

「ぶふぅーっ! み、みなみん?」


 たまらず茶を噴出したまとめ役だったが、深刻すぎるほどの顔付きに、口を拭って勇者の言葉を待った。




 勇者は、どう説明したものかと考えていた。

 先ほど渋い顔をしていたのは、それが理由だった。

 すでに、横暴な役人をこらしめるため反抗してみせる、といった規模ではない。


(ええと、俺様は国に喧嘩を売った罪に問われているのだ。てへぺろっなどと言って誤魔化せまい……)


 勇者は大きく息を吸い込むと、全員にはっきりと聞こえるように声を上げた。


「あぁまことに言い辛いのだが、俺様は独立を果たすことになっている! しからば連合国は、民を拉致した罪と、国家叛逆を企て社会を乱した罪で俺様を裁こうという気分真っ盛りなのだよ!」


 場は静まり返った。

 呆然としているのでもなく、突然に時が止まったようで不気味な光景である。

 それにも怯まず勇者は揉み手し、やや声を抑えて細かな説明を続けた。


「ええ、そのようなわけでですね、こちら側にいると見咎められれば大変なとばっちりを受けるかもとだな、あー思うわけでして。あえて、こそこそと裏手からお越しいただいたのもそういった次第です……いや手助けしたいとの気持ちはありがたいのだが、できれば南村の方で落ち着くのを待っていただいた方が、危険がないかなぁ、なんて……」


 勇者は控えめに危険な現状と、お帰り願いたいといった気持ちをつらつらと重ねていた。

 いつまでも静かなことが耐え難くなったが、それ以上のことを言えず、言葉尻は小さく掠れて消えた。


「へぇそうだったんですねって……えええええええええぇ!」


 耳をつんざくような叫びがあがり、こぼれた茶は地面に染みていく。


「できれば、もう少しお静かに」

「悪いが、もうちっと詳細を聞かせてくれないか」


 まとめ役や、他の開拓民の求めに応じ、勇者は経緯を掻い摘んで話した。



「なんだ、それじゃあんたの企みってわけでもないじゃあないか」

「領主の身分を取り上げるだけだってのに、えらく遠回りなことをするんだな」


 南開拓民たちは、眉間に皺を寄せて口々に文句をこぼした。

 それをまとめ役が遮る。


「は、ははっ……上等だ。いいだろう、俺たちも加わる。好きに使ってくれ」


 胡坐を組みなおすと、まとめ役は己の膝をばしんと打った。


「ええとだね、俺様が思うに十日ほど様子を見てくれれば、何かしら片は付いてると考えている」

「だから引っ込んでろってか。それは聞けん。あんた言ったそうじゃないか。ここが済めば次は南だって。何か手を打つなら、人が揃ってる今参加する方がましだろう。それに、ここまで来ちまったからな」


 まとめ役の背後からは追随の返事が返ってきた。

 勇者は溜息を付くと、頷いた。


「指揮系統には、従ってもらいたい。しばらく、力を借りる」

「まあ小さな集落だからな、助かるのはこっちなんだ。恩に着る」


 まとめ役は気恥ずかしげに笑い、深く頭を下げた。




 急ぎ持ち場を定めるべく、地図を見せながら現在進行中の作戦などを説明した。


「増援が到着すれば、満を持して取締りを強行するだろうということか」

「相手は兵の一団だし、固まって中心を進むしかなかろうと考えている」

「畏怖を知らしめるためでもあるでしょうからな」

「それで、この平地の真ん中あたりに罠を仕掛けているのか」


 木台の上に置かれた地図を見下ろし、それぞれが質問し意見を交わす。


「後方は横並びに兵を置くと思いますし、騎乗で移動されれば、煙の巡りが間に合わない可能性もありますが……行動不能者を増やすことが目的ですからな」


 コリヌが懸念を漏らしたが、それについては勇者は自信を持って答えた。


「だからこその、ノロマだ。それに俺様が中心へ近付けば、速度を落とすか囲むしかなかろう」


 風向きについてはノロマではなく呪いに頼るわけだが、それだけではなく勇者自身が囮となるつもりだった。


「ともかくだ。これは最終的なことで、合図を覚えていてくれればいい。みなみんらには、南の森周辺の見張りを頼みたい」


 小作隊に手下隊と屈強班で分担してもらっているとはいえ、他の領民らの護衛と見張りを掛け持ちでは手が足りなかったし疲労も蓄積しているだろうから、交代要員が増えたのはありがたくはあった。


「分かった、森側の海近くから丘の南側までだな。なるほど、敵が潜んでこないとも限らないからか」


 まとめ役が拳を打ち合わせたのを見て、勇者は釘を刺す。


「いやほんと、妙な動きをしていないか見てくれるだけで。決して手は出さないように頼みたい」


 というよりもそこが肝心だ。


「最後の罠にかけるためにも、嫌がらせに暴走することなく過ごしてもらわないと困るのだ」


 まとめ役にしろ他の村人達にしろ、勇者が彼らを落胆させないように、そして無用な争いに巻き込まないような配慮をしてくれことは理解していた。

 見張りと称して、なるべく端で過ごすようにしてくれたのだ。


「重々承知した」




 徴税官の嫌がらせ対象が領民になったことで、兵達は町に集中していた。

 村の方へは、勇者の畑を踏み荒らすついでに巡回は欠かさないが、一巡しては戻るといったことを繰り返している。


 しかし、城周辺は通り過ぎるだけだ。

 本隊が到着するまで勇者の拘束を待っていると考えたのは、通り過ぎる以外に近付くことがなかったからだ。

 お陰で、話し合いに人が集まっているらしいことは把握しているようだが、たまに会議など開いていても内容まではばれていない。


 あえて隙を残しているのだろう。

 周囲からちくちくと追い立てるうちに、何か行動を起こすことを待っているのかもしれない。


 そう考えたが、兵が勇者に嫌がらせをしようと考え、城周辺に行くまでもなかったというのが真相だ。

 勇者は海沿いの拠点に張り付くように、少し離れた岩の陰から顔を半分出し、ぎりぎりと歯噛みしながら睨む日々を送っていた。

 さしもの鍛えられた兵達も、異様な姿に精神力が削られ始めていた。


「副隊長は戦場でも異常な敵と戦い抜いたというしな」

「ああそうだ。俺は規定より長く当番すると思う」

「なら俺は短くなるほうに賭ける」

「よっし、決まりだ」

「昨日は隊長に絞られたって聞いたからな、俺の勝ちだ」

「おいずるいぞ!」


 そんな風に水面下では、兵達の意地を賭けた激しい我慢大会が繰り広げられていたのだった。



◇◇◇



「到着です!」


 日が暮れかけた連合国側の海の道では、コリヌンの前に、数十の騎馬。

 そして、見慣れたノスロンド王国の旗が翻っていた。


 コリヌンは軍団の先頭へ跪き、頭を垂れた。


「辺境の巡回と聞いたが、なぜ、ここにいる」


 一際手の込んだ緋色のマントを翻し、王は険しい目でコリヌンを見下ろす。


「巡回中に不審な動きを耳にし訪れたところ、中央の使者に出会い詳細を知るところとなり、この周辺の安全を優先した次第です」

「先王の指示であろう」


 すぐさま、返ってきた言葉に反応するまでもなく、王は手で背後に合図をすると馬を進めた。


 やはり何を言わずとも王には全て知られているのだと、コリヌンは静かに溜息を吐いた。




「これが、海の道か」


 ちょうど潮が引き、姿を現し始めた道を、マニフィクと兵は目を細めて眺めた。


「遠い道のりをご苦労様です」


 そんなノスロンド兵らのそばに、徴税官が残した伝令が近付き労いの言葉を投げた。

 しかしその横柄な態度に、兵達は顔を強張らせる。


「我らは拠点を向こう側の沿岸に移しました。ちょうど渡れますが、いかがなさいますか」

「暗い中で陣を張るのは手間だ。ここで兵を休ませる」


 てっきりすぐに渡ると考えていたのだろう、伝令は眉を顰めたが口を閉じて下がった。

 徴税官へは体調を万全にするためと言えば問題ないだろうと考えたこともある。


 すぐに馬を駆けていく後姿を、マニフィクは興味深げに追った。

 くっきりと蹄の跡は残るが、見た目ほど渡り辛そうではない。

 その道筋を目で辿りつつ、探していた姿について考えを向けた。


(てっきりマグラブ卿と共にいるかと思ったが、あんの爺め……よもや、この道を渡ったのか)


 マニフィクは、素早く視線をめぐらせ、シュペールの姿がないことに気が付いていた。

 そもそもマニフィクが来たとなれば、大人しく隠れていられるような人間ではない。


 マニフィクは意外に思っていた。

 もっと単純な行動に出ると考えていた。

 これまではそうだったが、今回の一連の件に関しては、らしくないのだ。

 シュペールが動き回るのは常だから、策をこねていると言えるかは分からないが、なかなか手の込んだことをしてくれた。


(ただの面白半分ではないのだろうか。私と同じく、ノスロンドを中央の目から逸らす機と見たとでもいうのか)


 真剣な面持ちで、霧で霞む海の向こうを睨み、マニフィクはおやつを食べ損ねたことを思い出していた。

 そして己の腹が鳴る音を、忌々しく聞いていた。



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