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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地攻防編
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第百四話 前略大作戦

 その日の朝、徴税官の動きといえば、コリヌンらと連絡をとるためだろうか、朝に伝令を出したことくらいだった。

 そろそろ人が動き出す頃だ。一々反応があっても困るので、その後は警報を切った。


「ふあぁ……そうだ、人の出入りは潮が引いた時だけなのだから、定時で勝手に警報を設定できるなら便利そうだが――ふむ、できると」


 勇者が何かを思いつくと、可能な答えが返り、実行してくれる。


 全く便利な呪いだと勇者は思った。

 敵の行動を把握できるというだけで、安心感が違う。

 同時に、敵がこんな術を知らないことに心底安心する。


 昨晩勇者は、他にこういった呪いがありうるかと問うたのだ。

 すると呪いの歴史のようなものの講義が始まった。

 幾度もうたた寝しかけたのだが、お城ちゃんは耳元で破裂音を出して意識を強引に戻してくれた。


(真の優しさとは、柔和な態度だけではなく、ときに厳しくあってこそだな。うむ)


 勇者はしょぼつく目をこすりながら、自分なりに噛み砕いた。


 めくるめく厳しいお勉強によると、呪術とは自然発生的に各地で起こった思想であり、個々人の小さくも自由な術が細々と受け継がれてきたものだということだ。


 人が集落を構えるうちに、病にしろ争い事にしろ、煩う元となることに対処しようとする者が現れる。

 その方法は、単に念じるというものではなく、体に良いとされる食物や作法などを用いる。しかし根拠は漠然としたものだ。

 それぞれ違った方法だったが、集落同士の行き来が増え距離が近付くと、徐々に統合されていったとのことだった。


 いかにも呪術といった感じで、勇者の持つ印象とも変わりないと頷いた。

 そして当然の事ながら、国を取り纏めるような者達が、胡散臭い不確かなものに興味を示すことはなかったようだ。

 それどころか、迫害の憂き目に遭った者もいるという。


(まあ怪しいし……いやこれはお城ちゃんのことでは決してないから!)




 結局、またしても徹夜してしまった勇者は、のっそりと外へ出た。

 目に朝日が厳しく、一瞬だけ日課の岩場体操を諦めかけたが、習慣が足を止めなかった。

 隣の倉庫に向かい、行き倒れ君を起こすべく扉を叩き始めたところで、人が走り寄る気配がしてふり向く。

 しかし、必死というほどの速度ではない。


 勇者は呟きながら、竃へ歩く。坂を登りきって姿を見せたのは小作隊長だ。

 手を振り到着を待った。


「小作隊長、何かあったか」

「勇者さん、起きててくれて良かった。なにやら敵さんの動きが妙でな」


 眠気が飛んだ勇者は、真剣に耳を傾けた。


「意識調査だとか言ってよ、皆を叩き起こして回ってんだ。それで訳の分からんことわ聞いてくるんだが、眠いし腹は減るし漏れそうだしとちょっとした混乱になったもんでな」

「そうか……皆の様子はどうだ」

「暴れるかって心配なら、大丈夫だ。まだな。奥の手とやらをコリヌさんが説明してくれたからよ、その準備が整うまではぐっとこらえてるぜ」


 どうやら、勇者の思惑はうまく働いてくれたようである。

 ほっとすると同時に、顔は強張る。


(昨日の今日で、さっそく来たか)


 徴税官はほのめかした通りに、標的を領民に変えたのだ。


「小作隊長、準備はどのくらいかかる」


 小作隊長は不敵に笑った。


「そうこなくっちゃな。今日中に終わらせてやるさ」

「無理はしないように」

「怪しまれないようにだろ。分かってるって」


 敵の動きを報告すると共に、いつ仕掛けるのかが気になっていたようだ。

 勇者は困りつつも、頼んだと言うしかなかった。


(うわぁ参ったなーほんとうにやっちゃいそうではないかー……)


 勇者の目論見通り、領民自身で暴走を抑えられているようだが、それは近々発散できると思っているからだろう。


 しかし勇者の本心は、徴税官が待っていると思われる本隊が到着するまでの時間稼ぎにあるのだ。

 できれば作戦を実行する前に到着するなり、勇者と真っ向対立するなりと、最終行動を起こしてほしいものだと考えていた。




 勇者の希望むなしく、領民の堪忍袋の緒は早くも擦り切れ寸前だった。

 徴税官は、嫌味役人らしい姑息でねちねちとした手口で嫌がらせを続けた。


 領民が畑や家畜の世話にと出れば、その仕事の邪魔をするように、兵と補佐官を出して問い詰める。


 質問自体はもっともらしいことだ。

 作業は何をするのか、どういったものかと事細かな説明を求めた。

 だが、そんなことは承知のはずである。

 そして最後には、違う話題を持ち出す。


 誰に指示されたのか。偽領主だろう。

 それがどういった意味を持つかわかっているのか。

 国への叛逆に用いられるのだ。

 それは悪行に加担することに他ならない。


 等々と、時間を無駄にしていく。




 勇者への罵倒を、はたから聞いているのとは違う。

 幾ら我慢を頼むと勇者が言えど、直接に話しかけられるのでは応対せざるをえない。


 そんなことが続けられ、三日どころか、今日一日を乗り越えたことすら奇跡のようだった。

 夜の竃に集まり、町村の代表はそんな愚痴をこぼした。


「もう抑えられないっていうか、俺が我慢できるかあああっ!」

「おう、鎌の錆びにしてやらんとな」


 報告がてら小作隊長が吠え、大畑さんも穏やかさはすっかりなりを潜めていた。

 村の方はどうかと、勇者は族長と屈強班長を見る。


「こちらも同様です。兵がやってきては作業場なども荒らしまして……うっかり装備が当っただとか言っては機織り器が一部欠けたりと、女衆にはいい気味で、おほんえほん」

「でも心配ないぜ。みんながわーわー叫んでたらよ、困って逃げ出していたからな」


 どうやら訓練された兵といえども、あの不思議なわーわー音波の波状攻撃には打つ手がなかったのだろう。

 さもありなんと勇者は頷いた。


「ここで皆が協力してできるような作戦を指示しなければ、好き勝手大暴れしそうだということか」


 コリヌも、頷いた。


「急ぎ意識を一つにしなければ、明日にも怒りは爆発しそうですぞ」




 場は静まり、勇者はそれぞれの顔を見回す。

 そして、会議の合図を告げた。


「うぅむ、仕方がない……作戦といくか」


 一同は大きく頷いた。


 ここに太鼓でもあれば、ででんでんでんと勢いを煽る旋律でも鳴っていそうである。

 勇者は竃のそばへ木台を寄せると、その上へお手製地図と指示書を叩きつけた。



「名付けて、キノコ八島(やしま)作戦だっ!」



 うおおおおおっ!

 全員が熱い叫びを、念のため小さめに絞り出した。


 勇者はすぐに内容に入る。


「大畑さん、小作隊長、守備はどうだ」

「作業人員は割り振ってるぜ」

「資材も揃ってる。あとは設置するだけだぁな」


 お手製の平地図に記した、焚き火の記号に、全身の視線が集中している。


「すでに、コリヌから話は聞いていると思うが、もう一度『もくもく茸作戦』を簡略に説明しよう」

「キノコ八島作戦はどこにいったんすか!」


 気まずい咳払いをして、勇者は説明した。全員が理解してるいるものが同じか、ということの確認もふくんでいる。


 毒キノコを燻して敵の行動を制御不能にする作戦だ。

 燻すために竃を設置する必要がある。

 その位置も、敵の移動を誘導し、効果の高いもくもく場を作るよう配置する。

 そこで、二段構えで対応することにしたのだが、一列に四箇所、二列で八箇所の竃の島を作ることにしたのだ。


「小作隊よ、これが肝だぞ」

「おぅ、お手のもんだぜ。任せとけ」


 すっかり土木仕事は小作隊の仕事となっているため、勇者は彼らに設置を頼んでいた。


 それにしても徴税官らは丁度良いところに、拠点を作ってくれた。

 こちら側と線引きせざるを得ず、標辺りを陣地としている。

 そこを基準に配置しやすい。


 向かい合うように、竃を設置してもらうのだが、深夜の侵入者の動きを見やすいためと理由をつけ、普段は篝火を焚く。

 いざとなれば保管してある毒キノコをそこで炙る。


 その茸戦線を、敵陣近くと、畑三つ分ほどの後方に配置する二段構えだ。

 竃腺は直線ではなく、中心部が丘側に寄る弓なりだ。

 移動は、中心を通るだろうと見越してだ。徴税官たちが、端を歩く用事はない。

 作戦実行時には、中心へと誘導するため、領民には竃戦二列の外側に集まっていてもらうことになるだろう。



 肝心な風向きについては、昼間ならば丘に向かって海風が吹き上げ、夜には吹き降ろす。

 昼間であれば、こちらに被害があるのだが――。


「風向きの件は、俺様とノロマに策がある。信じてもらいたい」

「また妙ちくりんな手段があるんだろ。今さらでぃ!」


 勇者は、呪いによって補助を試みるつもりだった。


(ふふっお城ちゃんと俺様の共同作業なのだ。ノロマの名を出さねばならんのが癪に障るが仕方あるまい)


 自然の動きを変えるなど、到底できることではない。

 勇者はそれを、医術師という職の印象を利用し誤魔化すつもりでいた。


 中央が助成して医術師を増やそうと試みてはいると聞いたことはあるが、全ての町村に派遣できるには程遠い。

 一般の民には心得があるものなどおらず、魔法のように不可思議なものと思っている節がある。

 そういった無知さに付け入ろうというのだ。

 なにかしらノロマが薬をばらまいたということにして、乗り切る算段である。


 この悪徳勇者めとノロマはほざいていたが、医術師のふりをするのが心底嫌だからに違いないと何処吹く風だった。



 説明を終えると、勇者は最後に念を押す。


「奪うのは、敵の戦意だ」


 いらいら最大値の皆の心に届くかは分からないが、頭の隅にでも留めていて欲しかった。




 翌朝からさっそく、小作隊はじめ領民達は行動を開始した。


 徴税官は領民の動きに目を眇めはしたが、意図を誤解したようだった。

 昼間の兵の動きに不安を増し、夜にも行動に出るのではと恐れたのだ。篝火を焚いて牽制でもしているつもりなのだろう、という風に。


「これは一体なんだ? 仕事ではないだろう。妙な真似をするように言われたんだな?」


 徴税官は変わらず兵らを差し向け嫌がらせを続けたが、領民らは果敢に嫌味で返していた。


「ここんところ武器もった人らがうろついて怖くてねえ。こうやって篝火を置くことにしたんだよ」


 勇者や、勇者に頼まれたタダノフは、はらはらして見守っていたが、それ以上のことはなかった。まだ実力行使に出るような指示は受けていないようだ。


 しかし、 随時報告を受けていた徴税官の笑みが、固まるのを見た。

 敵陣近くから、じっとりと徴税官を睨み続けていた勇者は、変化を見逃さなかった。


「あの様子だと、また明日にはやり方を変えそうだ……」


 寝るのはまずそうだと、今晩も徹夜を覚悟した瞬間だった。



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