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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地攻防編
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第百三話 決意の変化

 すっかり元気を取り戻した勇者は、夜空へ向けて笑顔を送った。

 随分と、気持ちは穏やかになっていた。


 体操はもういいだろうと、がばっと振り返り、岩場から飛び降りようとしてつんのめった。


「行き倒れええっ、まだ行き倒れていたのか!」


 未だ頭を抱えて地面に伏す行き倒れ君に、危うく着地するところだった。

 勇者の呼びかけに、行き倒れ君はそろそろと頭を上げて呟いた。


「あ、あれ、消えたっすね……光」


 真っ先に勇者の首を確認するとは、よほど理屈ではない恐ろしさを感じるのだろうと勇者は呆れた。


「地震や雷でも火事や親父でもなし、そこまで怯えるもんでもあるまい」

「いやいやいやおかしいっすから、ありえないっすから」

「ぷふっおばけこわーいなどと泣く子供でもあるまいし、なんとも情けないな!」

「おばけなんかは怖くないっす。存在しないもんは平気っす!」

「物語性に欠けるつまらん男よ……おっ」


 勇者は、にたりと口の端を吊り上げて嗤った。

 うなじに手を触れると、思いついたことが実行可能であると告げていた。


「ほれっ」

「わあぁっ!」

「どうだ、びかーっ」

「やめるっす!」


 勇者は、意図的に首の模様を光らせることができるようになっていた。

 白く明滅するうなじを、行き倒れ君へ見せるようにと体を傾ける。

 行き倒れ君は、それまで鍛えてきた体捌きを限界まで発揮し鬼避けする。


「どうだ!」

「これしき!」

「やりおる!」

「なんのっ!」




 しばらく後には、肩で息をする二人が地面に座り込んでいた。


「ぜへぇ……いつの間に、俺様に並ぶ俊敏さを身に付けたのだ。いや俺様は本気ではなかったがな」

「ぜー……ひふー……それだけっ、嫌なんっす」


 一息ついて己の体に意識を向けた。

 防御の呪いが、隅々に感じられる。


 ノロマが意図した呪いとは確実に違うものだろう。

 こういった形とはいえ、成功したのだからノロマを見直してやるべきかと思い始めた。

 ふと、うっかりとはいえ勇者が謎の薬液を体に取り込んだことも思い出した。


(うむ、やっぱり俺様のお陰だな)




 体も解れたし、そろそろ竃にでも戻ろうかと二人は腰を上げた。

 足を踏み出したが、勇者は立ち止まって振り返り、行き倒れ君を真正面から見据えた。


「行き倒れよ、他言無用だ」


 さすがの勇者も、自ら人前で人間行灯になるのはまずいだろうと考えた。

 行き倒れ君は怯えるだけで済んだが、他の者がどんな行動に出るかは予想できない。

 勇者はまだ退治されてやるわけにはいかなかった。


「言われなくとも、誰にも言わないっす。いや忘れたい!」


 頑なに信じたくないという行き倒れ君の態度に、勇者は苦笑した。

 それは、あの光を見るまでの、自分自身の反応だった。


「心配せずとも、俺様だって無闇に秘めた能力をひけらかしたりはせん」

「へぇ……さっきのはなんだったんすかね」

「ごほげほん、ともかくだ。一つだけ、事前に伝えておくぞ」


 表情を引き締めた勇者につられ、行き倒れ君も身構えた。

 嫌なことを聞かされるだろうが、聞かなければならないことだと直感したからだ。


「これはノロマの概念防御の呪いだというのは、想像がついているだろう」


 行き倒れ君は無言で頷いたが、聞くことを拒否はしていない。

 それに安心して、勇者は続ける。


「効果が現れるのに今まで時間が必要だったようだ、が……俺様は全てを、身に付けてしまったようだ。それでだ」


 もったいぶって言葉を区切り、決心を告げた。


「この呪いを、現状を打開するために利用する」


 うげえ、という声が上がった。


「ええぃ俺様の方が、行き倒れより何倍も気味が悪い思いをしてきたのだ。だが、何も心配する必要はないと分かった。ついさっき」

「ついさっきで何が分かるんすか。あ、いや知りたくないっす」

「完全に防御の為だけに呪いは力を発揮するし、それらは全て俺様の意のままに制御できるのだよ」

「あーあーきこえないっすー」


 勇者は、自身の耳を押さえる行き倒れ君の手をばしっとはらった。


「いざという時には使うから、行き倒れないようにと忠告してやってるというのにもう」


 行き倒れ君は苦々しい気持ちも露に唸ったが、歯を食いしばって頷いた。


「了解っす……正直、あやしいもんでもなけりゃ、厳しい状況っすから」

「まあ俺様の機転で、使う機会がないうちに、片が付くかもしれないけどな!」


 納得しあうと、二人は普段の空気を取り戻し、竃へと戻っていった。




 その晩、勇者は城へと早々に引っ込むと、干草の寝床へ正座してすごした。


 念のため、勇者は意識を海沿い周辺に置いた。徴税官らが動けば、警報を送るようにと設定する。

 それから、呪いについて、一から考えてみることにした。

 半信半疑ではなく、信じた今の状態で考える必要があった。



 勇者が聞いた呪いの音声は、悪意に対する処理を実行しろと繰り返していた。

 畑や作物に対するのと違って、こうしたいといった明確な結果を想像できなかったせいだろう。


 徴税官との睨みあい。

 この不毛な争いの落としどころを探らねばならない。


 先ほどまでは、まさにそれに行き詰っていたからこそ苦悩していた。

 しかし、お城ちゃんとの対話を経て理解出来た事がある。


 この呪いは、それ自体が何かを考え直接に手を下すことはできない。


(ただし、俺様が何をするかを心に決めれば別だ。そうだな? お城ちゃん)


 肯定――そんな意識が頭に浮かんだ。


 手立てに困っている状況は変わらないが、勇者が何をすると決断しようが、お城ちゃんが全力で補助してくれる。

 それが分かっただけで、救われるような気持ちだった。


 本当は、呪いがかけられてからずっと、そうだった。

 非現実なことを信じることのない勇者には、気が付くことができなかっただけなのだ。


(鈍感系勇者な俺様が気持ちに気付いてあげられず、お城ちゃんは業を煮やしたのだろう。すまん、お城ちゃん。手間をかけさせたな)


 勇者は、新たな意欲に燃え、つぎはぎ座布団を抱え込んだ。

 考え事をしていると、時を忘れて同じ姿勢のままでいることが多い。

 肩こりは、頭痛の種ともなる危険な症状だ。

 座布団は顎を乗せたり、首の後ろにあてて壁にもたれたりと、無意識に楽な姿勢をとれてしまう優れものである。


(戦力差か。役人側は三十名ほどの鍛えられた兵。こちらは実質、俺様とタダノフにノロマの三人だけだ……)


 立場として、敵対しているのが領主だからだ。


 領民達に協力を仰ぐのは、毒キノコの罠を仕掛けることだけで、もしものことがあれど戦ってもらうつもりはない。


(そこそこ抗うふりをして、どうにか均衡を保てないかと考えはしたが、うまくいくと思う方がどうかしているな……本来ならば)


 今なら、勇者一人で、抗えるのではないかと思えた。

 可能です――肯定の声も返ってくる。


 実際どう動くかはともかく、その返答に力付けられる。


(ならば、出来る限り、領民を徴税官らに近付けないようにしなければならないな)


 抗議町民やら頭の痛い問題はあるが、押さえはタダノフに頑張ってもらうしかない。



 決着をつけるには、ただ徴税官らを追い出しても意味は無い。

 とはいえ、徴税官がある程度の権限を有しているなら、争いに発展することも無駄ではない。


 事が進み、段階を経て、結果が出る。

 そういった工程は、役人らには大切なことだ。


 交渉を続け、武器を交えることになるまでこじれても、均衡を保つことで疲弊し撤退やむなしとまで持っていければ、妥協する理由を与えることができるのだ。

 そこから後は、勇者の交渉次第だろう。


(中央の指示と、役人の思惑にもよるが、どうにか折れてもらうしかない……っ! なんてこった……)


 交渉のことに考えが及ぶと、とんでもない事実に気が付き、またしても勇者の心は暗くどんよりと重くなった。

 動揺に鼓動が高まる。


 一つ、新たな問題が持ち上がっていた。


 当初の考えでは、その最終交渉時に勇者の罪の軽減を含んでいた。

 領主権利を返上するだけでなく、追放されることになっても、領民らの生活に変わりなければそれで良かった。


 その選択肢は、なくなった――。


 妥協点を用意できないことは、致命的だ。


(呪いは、この身と、お城ちゃんが受けている。俺様がこの地を離れる選択肢は、もう、ありえんのだ……)


 ノロマは、呪いを解除することはできないと言った。

 他の誰かが領主になったとしても、おかしな呪力が勝手に移ることはない。

 自動的に当主が受け継ぐと、お城ちゃんは告げたが、それは勇者が認めた場合のようだ。


 しかし勇者側には、呪いを認識し変換する目と模様が残される。


 ノロマは、呪いを解除すると、その目と模様のある部分ごと消えるのではと話していた。そのことを想像すると身震いする。


 八割程度――そんな答えが。


「むりむりむり、ほぼなくなるではないか!」


 出かけられないのかと心配になったが、特に誰に呪いを移さなくとも、勇者がこの地を離れることに問題はないと知って安堵した。


(ここまで、俺様を勇者として育てるべく尽力してくれたのだ……守るべきものは、人間だけでもない。領地すべてだ)



 新たな苦悩に歯を食いしばる。

 勇者は、望まない戦いに身を投じる覚悟を、静かに固めていた。



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