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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地攻防編
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第百一話 抗議の声

「コリヌよ、念のための作戦について、俺様の代わりに説明してまわってくれないか。皆の協力が必要なことだからな。それに、俺様がいかに嬲られようとも、手出し無用である理由と思ってほしいのだ」


 勇者の意図を即座に察して、コリヌは答えた。


「対策がある、その事実が重要なのですな」

「その通りだ。正直、運頼みの頼りない作戦だが、このことを腹立たしさが突き抜けたときに思い出してくれたら、食い止められないかと思うのだ……暴動となる前に」


 勇者は、領民の堪忍袋にゆとりをもたせたいと考えた。

 苛立ちが怒りに変わり限界が近付いても、こちらには奥の手があると思えれば、我慢できる時間を稼げないかといった目論見があった。

 現在の領民らは、徴税官と勇者にとっては人質であり兵である。


 人質であることは、どこに逃げようもない場所にいる以上受け入れるしかない。

 しかし、兵となるような動きをされては困るのだ。

 領民を彼ら自身から守りたい。そういった気持ちだった。


(ばっ馬鹿な、俺様の堪忍袋が爆ぜただと! ふふ……なんてな。その堪忍袋は俺様の残像さんだ)


 やはり純粋に殊勝な心がけなどからではなかった。


「必ずや、もれなく伝えてみせます」


 勇者が目を伏せたのを見て、話が終わったのだと思い、コリヌは一礼すると麓へ向かった。




 思わずコリヌは気圧されていた。

 子供の頃から政に触れて育ったコリヌよりも、勇者は指導者として一段と上に登った。

 そう痛感していた。


(ただの幼い正義感などではない。確かに勇者は言ったのだ。今、現在、この地に留まる者と)


 誰彼構わず助けてみせるというような、理想的でありながら現実に即していない正義感から、勇者は脱却した。

 少なくとも、コリヌはそう捉えたのだ。

 己の限界を知り、状況に鑑みて、その中で最大限の努力を払う。

 今手にしているものへの責任を果たそうと、決死の覚悟でいる。


(果たして、私はそこまでの覚悟を持てていたか否や)


 戦場に臆せず乗り込んだのも、そこへ兵を送り出し共に戦ったのも、そんな環境が準備されていたからだ。

 王から託されているという免罪符の下にいた。


 初めから、立っている位置の厳しさが段違いだと、コリヌには思えたのだ。


(しかし、我が父や祖父から叩き込まれた、人を見出す目を養うこと。これには自信を深めたぞ。私もまだまだ捨てたもんではないな!)


「かっはっは、これは愉快だ!」


 コリヌは笑いながら、麓の簡易住居に待機している町民の下へ、どすどすと走った。平地側の方が、仕事の邪魔をされたりと実害が多いからだ。次には、普段通りでいてくれと勇者に指示され、渋々と過ごしている村の方へと向かう。

 しかしコリヌの喜びは、不安な住民らの安心に一役買ったようである。

 一層、結束は固められた。


 勇者の内面の変化が、少しずつ、良いほうへと影響していったのだった。




 コリヌが動いたのに気づき、勇者は振り返って城を見た。


「さて、俺様も草葉の陰から嫌味役人どもをねちねちと見続ける作業をはじめようではないか」

「そんな場所からでは困るっす」


 勇者と行き倒れ君は、また海岸へ向けて走り出した。


 走りながら勇者は考える。


 徴税官がこちら側まで押しかけてきたが、勇者を積極的に捕らえはしなかった。

 それは潮が引けば戻るという手を使わないなら、民衆を刺激しすぎるのもまずいと考えてだろう。やはり働き手を無闇に失うのは避けたいのだ。

 徴税官が話した通り、説得と言う名の嫌がらせを試み、抗う気を削いだところを勇者を捕らえるに違いなかった。


 民衆にまで矛先を向けるのは、最終手段。そう思えるのは安心ではある。


 しかし勇者は精神を磨耗していた。

 悪い妄想に勝手にいじけていたからだ。

 もし大畑さんや小作隊らが、勇者を引き渡すよう画策していたら。

 さっきのお城ちゃんが見納めなのではないかとの心配が過ぎっていた。


(それが皆の意思なら、それでもいいさ。ああいいとも……)




 そんな弱気に半ベソで到着した勇者に、見張りの小作隊員が、なんのかわりもなく報告した。


「あっ勇者領主さん、あいつらなんか勝手に地面掘り返したりしてやがりましたよ!」


 内容よりも、その声の背後を見て勇者は青褪めた。

 一部の町民らが集まっている姿が見えたからだ。

 慌てて走り寄る。


 畑一つ分ほどの距離は取っているが、まるで対立するように、いつの間にやら木の柵を作り、土を盛り上げて固めている。


 掘っ立て小屋一軒分ほどの幅で大したものではないが、柵の端と端には頭の高さほどの棒が立てられ、そこにはツギハギの布が張られていた。衣類等を裂いた布を繋いだものだろう。

 彼らは横断幕を掲げていた。


『無茶な要求はのまない! 乗っ取り反対!』


 その周辺に人々は集まり、口々に叫んでいた。


「役人は帰れえっ!」

「国の横暴を許すなあ!」


 さきほど話していた心配が、現実になろうとしていた。


「よいしょっと、岩はこんなもんでいいかな」


 そこへタダノフが戻り、横断幕の支え棒の根元を押さえるように岩で囲った。一仕事を終えた喜びに、汗を拭いながら良い笑顔を浮かべている。

 勇者はぶちきれてすっとんでいった。


「なにをしてるんだタダノフぅ!」

「あいだっ! ああっあたしの餌!」

「きさまっ皆が無茶な行動を起こさないようなだめてくれと頼んだではないか!」

「あぁ俺、話してみるっす」


 行き倒れ君はタダノフのとばっちりを受けまいと、領民を説得に向かった。


「だからそうしたんだって! 今にも鍬とか持って飛び出しそうだったからさ、まずは文句くらいで様子みようってことになったんだよ!」


 タダノフから餌袋を奪っていた勇者は、餌を返した。

 それを聞かされれば仕方がないと思ったのだ。

 我慢もしてほしいが、少しは発散しなければ、それもまずいのは納得できるものだった。


「勇者さん、駄目っす。さーせん」


 行き倒れ君は、肩を落としていた。人を宥めるのに長けているのだが、状況が違いすぎた。

 勇者が何をどう言おうとも、理由があると説明しようとも、領民の興奮を抑えるには至らなかったのである。


 そうだったと、勇者はこの道を渡る前に聞いた咆哮を思い返していた。


「うほおおおおおおおおおおおおおおおお……っ!」


 欲に塗まみれた雄たけび。

 あれは勇者と同じ心意気を持つ者だけが放てる叫びだ。

 大人しくできるはずもなかった。


(同志よ……もう何も言うまい)


 などと心で呟いたが、やっぱり口に出さずにはいられなかった。


「えぇとせめて、もう少しだけお静かに頼むよ。ねっ!」


 一応腰を低くしての忠告を忘れない勇者だった。



 そのとき、敵陣から笑い声が起こった。

 嘲りに満ちていた。


「訳の分からないことばかりするな」

「貧すれば鈍するってやつだろう」


 どこまでが、徴税官の指示で、彼らの本心だろうか。

 勇者に知りようもないが、今は兵らに怒りを向ける気はなかった。


 注意深く観察する。

 なだらかな傾斜だった標辺りの丘の向こうを、掘って壁のようにしているらしい。

 見張りの兵は、威嚇するように塀のこちら側に出ているが、他の兵はまだ忙しく手を動かしていた。

 徴税官は、天幕に篭っているのか見当たらない。


 そんな様子を睨みつつ過ごすうちに、日は傾いていた。


(まさか、夜中の撹乱でもするつもりだろうか。いや、そんな不安を掻きたてるのが目的だろう。それでも、備えてはおくべきか……)




 日が沈みかけてから、徴税官はしたり顔で天幕を出てきた。

 そこで勇者は意図に気が付いた。

 こうして神経をすり減らしている姿を見て、喜んでいるのだ。


「良いご身分ですねぇ。己の職務も忘れて、暢気に客の行動を日がな一日眺めていられるとは。いやはや羨ましいことだ」


(喰らえっ指突き二刀流! 穿て鼻の穴を!)


 勇者は頭の中で徴税官を吹き飛ばしたが、現実には身じろぎしただけで、いかにそちらの行動がおかしいかと説明した。


「ふつーの民は、兵が町の一部を勝手に占拠するなど体験したことがないからな。不安になるのは、当たり前だ」


 徴税官はこともなげに返した。


「はて、その普通の皆さんが、独立を果たそうとする異常者に脅されているのでね。こちらも強行するほかないのですよ。あの旗の文言や叫びの内容。あれもあなたが唆したことなのは承知です。彼らの誤解が解けるよう、急がねばなりませんね……私たちも、彼らに危害を加えたくないのですから」


 まずい――勇者は眉を顰めた。


 動揺は読まれてしまっただろう。

 武器を使わせたくないなら説得するか、大人しく投降しろ。

 はっきりとそう含めてきた。

 単純な脅しだが、ことを急ぐと言われては焦らざるを得ない。

 昨日までと違い、彼らは夜にも、すぐ手の届く場所に居座っているのだ。


「私はあなたと違ってこれでも忙しい身でしてね。早く、まともな話し合いができることを願っていますよ」


 これで失礼すると言って、去っていった。


 周囲に抗議町民がいたからか、ややその口調は穏やかだったが、内容は短くも十分な威圧が含まれていた。


 勇者は小作隊に見張りを頼み、抗議集団の皆さんには良く休んで気持ちをおだやかに保ってくれとお願いして引き返した。


(今日か明日かと襲撃に怯える現実か。なかなかに堪えるものだな)




 日が暮れた丘の麓へ到達したところで、勇者に呼びかける声が響いた。


「ソレス殿ぉ、戻りましたのでー」

「ぬっその間抜け声はノロマ……貴様っ幻影だな!」

「ぐわーっ! そこは歓迎するところですからして!」


 思わず拳を突き出した勇者は、幻影の背後に混成茸猟兵部隊の姿を見た。


「ぬ、戻ったのか。随分と早いから死霊かと思ったではないか」

「まずは一声確認してくださいもう」


 勇者は移動しながら報告を聞いた。


「いや、諦めるにしても随分と早いだろう」


 困惑した勇者に屈強班初め村人が叫んだ。


「諦めてねぇよ勇者さん!」

「そうだ袋一杯集めてきたぜ!」


 彼らに茸狩りを頼んだのは、実際に食べて被害に遭った経験者であり、その危険を熟知しているからだ。どんな形状かも知っているから探しやすいだろうと思ってのことだった。

 それにしても、わずか一日で戻るとはと驚く。

 村民らが遭難していたのは、あの時はそろそろとだが三日は歩いた辺りだったはずだ。


「ほら、以前の調査で話したではないですか。壁がなくなったら植生に変化があるかもって」


 ノロマの話によると、どうやら毒キノコは第一の壁があった場所まで生えていたとのことだった。


「なんとも不気味な茸軍団よ……そのうち殲滅してくれる。俺様が生きのこっていたらだが」

「生きのこ?」

「生き残っていたら、だ」


 きょとんとするノロマとは違って、村人たちは焦りだした。


「どういうことですか」

「役人共がなんか始めたんですかい?」


 勇者は渋い顔で告げた。


「あやつらは、海岸沿いを占拠したのだ」

「なっなんて不逞野郎だ!」

「仮にも領地と認めておいて、許可もなく入り込んだのかよ!」


 村民はいきり立った。ふぅんという顔なのはノロマだけだ。


「では俺は荷物を置いてくるのでー」

「やい薬領主さんよ。あんた勇者領主さんの仲間だろ。もうちっとこう、なんかねぇのか!」

「まじない領主さんです。だって、どうせソレス殿のことだから、策があるのでしょ」

「なくも、ないかなぁ……」


 勇者は視線を泳がせた。

 村民らの気がそがれたところで、ノロマは茸を保管するからと言って退散した。


「こほん、これをもって混成茸猟兵部隊を解散する。任務達成ご苦労だった」


 挨拶をして移動しようとした村民に、勇者は慌てて声をかけた。


「ところで、何も問題はなかったかね。食人植物がでるとか」

「そんなもんは、いやしませんが。おっそうだ、人になら会ったぜ」




 茸狩り部隊が出会ったのは、南の開拓村からやってきた若者達だった。

 奇しくも再び森を移動中に人と擦れ違ったノロマは、動揺することもなく、すぐに見覚えのある顔だと気づいた。


 彼らは勇者と取り交わした手紙を出してもらう取引について、村の中で意見がまとまり、代価の干物をこさえて出てきたのだそうだ。


「手紙? おほぉ、そのような取引話を聞きましたなー。いやすまないのですが、現在取り込み中なのでして」


 そうしてノロマが話した状況に、若者達は仰天した。

 勇者が気紛れで懸念を話していたお陰で、怖ろしくも頭の片隅に留めてはいたようだが、こんなに早く起こるとは思わなかったと呟いて顔を強張らせた。


「まさか、真実になるなんてな」

「来ちゃったもんはしょうがないですからして、対策中なのですよ。また後日にでもいらしてください」


 ノロマは冷たく追い返そうとした。視線は辺りを忙しなく彷徨っていたから、頭は茸で一杯だったようだ。

 しかし意外と物騒な開拓民達だったことをノロマは知らなかった。


「助けをよこすぞ」

「仕方ねえな」

「面しれえじゃねえか!」


 南開拓村の若者たちは、そう叫ぶと帰っていった。




「ということがあったんだ。いやあ、南に人がいるなんて知らなかったからよ、ノロマさんがいなかったら殴りかかってるところだったぜ」

「なんで止めなかったあああっ!」

「やめてぐぇー! そんな暇なかったんだよおおっ!」


 この両者睨み合いの最中という間の悪い機会に、南の開拓民が訪れるとは。勇者はなんとも頭が痛かった。


「ええい仕方がない。屈強班よ、明後日あたりから南の道で見張りをしてもらうぞ。南開拓村の奴らを見かけたら、すぐに丘の麓まで誘導してほしい。今は町の皆もそこに集まってもらっているからな。他の者には海岸の監視にあたってもらっているから人手が足りんのだ」

「お安い御用すよ」


 ようやく元茸部隊らを解放し、勇者も息を吐く。


「ちょっと岩場で体操してくる……」

「もう真っ暗っすよ」


 こめかみを揉みながら、のろのろと歩く勇者に行き倒れ君も続いた。



《――『敵意』を持つ『異物』が侵入しました。解析を始めます。解析終了しました。処理を実行してください――》



「っ! また、か」


 耳元で弾けた音は、音量調節を覚えたのか、跳びあがるほどの大きさではない。

 それでも、以前と変わらず、もしくは以上の不穏な空気をはらんでいた。



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