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完徹の勇者  作者: キリ卍 ヤロ
領地攻防編
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第百話 完徹の封印を解く

 勇者が提案した調達作戦の人員がそろい、出かける準備も整った。

 南への道立て札前で、勇者は見送りにきていた。


「あーノロマくん。ちょっといいかね」

「ソレス殿、言いたいことはずばっとお願いします。気味が悪い呼び方をされると恐ろしいですからして」

「失敬な。呼ぶほうが気味が悪いというのに」

「失敬はどっちだ!」


 毎度毎度ノロマとはちっとも話が進まなくて困惑する勇者だが、ごほんと咳払いして無駄口を止めた。

 そして勇者は周囲には聞かれないように声を潜めた。


「夜道を歩く際もそうだが、茸を見つけるにも、便利だと思うのだよ。そ、その……ええと、呪い効果がだね」 

「まじなっ、いえ、今は急を要するから我慢しましょう。重要な話なので?」


 勇者は頷き、さらに声を潜めた。


「防御の呪い効果だが、感覚を研ぎ澄ませると夜目が利くのだ。恐らく、茸も見つけ易くなるのではないかと思う。俺様がそうだし、ノロマも試してみてはくれまいか」

「ほっほう! すっかり忘れてましたが、それは素敵な試みですなー」


 ノロマは特に気にすることなく、呪いに関することだと知って普段通りにはしゃいでいる。

 しかしノロマが怪しいのはいつも通りなので、諌めはしない。単に勇者が、「ふぅん、呪いとか信じる系勇者なんだー」などと思われるのが嫌なだけだ。

 口にするのも嫌な用件は伝えたので、勇者は集まってもらった者達に合図した。


「混成茸猟兵部隊の諸君! 都合よく生えてるとも限らんからな。道から外れすぎるようなら、諦めて戻ってくるように!」

「きっきのこりょうへいぶたい? ぉ、おおー!」


 ノロマを先頭に、部隊が移動するのを見送ると、勇者は丘へと駆け戻った。




「我が竃卓の騎士よ、待たせたな」

「……誰のことなんすかね」


 勇者は竃へ戻るや、決意を表明した。


「今こそ、俺様は封印した真の能力を解放する!」


 勢いをつけて飛び上がり、石の上に爪先で立った。

 周囲の、いよいよ壊れちゃったのと思えばいいのか、いつものことだと呆れればいいのかと判断しかねた顔が並ぶ。


「行くぞ――完・徹!」


 渋皮を齧ったような表情で目を閉じると、ぶわっと力がみなぎる感覚。

 それは一瞬で、次に目を開いたときには、やけに視界が冴え渡っていた。


「ふふっ久々ではないか、この感覚。どうやら忘れてはいなかったようだ」

「あのぅ勇者よ、なぜ今なのでしょうか。徹夜する意味は……?」


 仲間は口を開けたまま見ていたが、コリヌがどうにか声を絞り出した。


「それはもちろん、ノロマ達がうっかり森深くに踏み入って蔓草に絡め取られたかと思えば実は食人植物で、蔓を切り裂いて救い出したそばには巨大食人蝙蝠の巣があり、実は食人植物と巨大食人蝙蝠は宿敵で、人間という餌を巡って三すくみ状態になるも、二怪物が牽制しあった瞬間に命からがら逃げ出し戻ってくる。といったこともあるだろう」

「絶対にないっす」


 行き倒れ君の否定は余りに早く、一陣の風が吹き抜けていった。


「と、ともかくだね。俺様は念のために見張りをするということだっ!」


 その意見におずおずと、コリヌが提案した。


「ええと、そういうことでしたら、護衛らと交代でというのはいかがでしょうか」

「我らも協力します!」


 勇者は、目を眇めた。

 勢いをつけることで決心したのに、交代するといった単純なことすら思い浮かばなかったのだ。


「それも……そうだな」


 能力の開放もむなしく、交代で晩をすることになった。

 順番を決めると、当番の護衛その一君を竃に残し皆は撤収した。




 勇者は複雑な気持ちで、寝床を転がり始めた。


(実は寝付けない気分なだけだったのだ……どうにも気が引ける。すまぬ護衛君達よ)


 茸作戦は、兵達が襲い掛かってくるようなら使ってみようというものだ。

 まず明日は、話し合いと言う名の断罪の場が控えているに違いない。

 今日のところは、お城ちゃんを湛える言葉に感銘を受けて引いてくれたが、次はないだろう。


(お城ちゃんの麗しさが分からぬ駄感性の者共だからな)


 明日はますます気合いを入れねばと考えたところで、ふと、徴税官は話を遮ることなく勇者の話を聞いていたことを思い出した。

 一度目だから、こちらがどんな態度をとるか、考えていることは何かと、反応を伺っていたのだろうとは思う。そうすると、もう発言の機会はないだろうか。


 ただ、揚げ足を取る狙いがあるなら、答えろと迫る場合もあるかもしれない。

 やはり、基本は黙って聞き、要所で質問でも挟むとしようと決めた。


 方針を固めると、寝床だけでなく城の中を転がりながら、仮想問答を続ける勇者だった。



◇◇◇



「拠点を移動する」


 徴税官は夜が明ける前に、兵らに向けて指示した。

 この二日間を調べて回ったが、不審な客こそいたものの、他に人員が潜んでいるような気配はなかった。

 そこで、引く気はないことを愚かな民にも理解できるように、目に付く場所へと移動することに決めたのだった。


 こちら側には、目的不明の先遣隊がいることも理由の一つだ。


 海を渡ってすぐには、ちょうど良い具合に、標辺りがやや段差となっている。

 その手前に陣を構えれば、民の襲撃にも備えることができるだろう。


 夜には去ると安心しているところに行動を変えて見せれば、精神をすり減らせる。段階的に威圧の度合いを高めるのだ。

 三日もすれば、緊張に耐えかねて行動に出てくれる可能性も高まる。


「ことは慎重に、淡々と進めるに限る」


 徴税官は、潮が引き始めた海の向こうへ視線を向けると、誰にともなく呟いた。





 町側も、潮が引く前から徴税官らの到来に備えるため見張りをおいていた。

 海の道に人影が見えたときには、即座に声を張り上げ、声の伝達で麓まで情報は届けられる。

 最後に麓に待機していた小作隊が丘へと走るのだが、結局眠れなかった勇者も夜明け前から準備しており、坂を下ったところだった。


 遠くから声が聞こえると、勇者は走り出していた。




 徴税官と護衛団は、渡りきるや海岸沿いの一角を占拠した。

 ちょうど防波堤と標辺りから段差が低い場所近辺だ。


 勇者は、やや離れた位置で立ち止まり見渡した。

 海からの危機を想定して岩を積み上げていた。人間とはいえ、本当に押し寄せてくるとはと苦い気持ちが込み上げる。

 意外だった。

 身の安全を考慮して、夜には戻ることは変えないだろうと考えていたのだ。


 徴税官は他の兵に設営を任せ、護衛と共に勇者へと近付いた。


「おやおや、わざわざのお出迎えをありがとうございます、偽領主さん。よく顔を出せるものですねぇ。面の皮が厚いのか、それとも昨日私の言ったことが理解できなかったのか。だとしても、もう一度よくお聞かせしますよ」


 勇者が何を言おうと聞く気はなかったのだろう。さっと移動し、集まっていた領民へと声をかけていた。


「ご心配なさらずに、私達はあなたがたを手助けするために来たのですから」


 わずかに構えた勇者だったが、まだ徴税官の的は民には向いていないようだ。ほっとして様子だけ窺う。


(沿岸から動かないつもりか……なるほど。嫌がらせに来るだろうとは、俺様も推測したではないか。ならば当然考えておくべきだったな)


 唸りつつ推測したように、それなりの規模ではあるし丸腰の領民相手に自信がないわけではなかったと証明されたわけだ。

 居座ることで緊張を強いながら、後援を待つつもりもあるのだろうが、それを頼ろうとしているようには思えない。


 一つ知れたことがある。コリヌンは来ていない。

 本隊とやらの到着までだろうが、動かないつもりなのだろうと勇者は考えた。

 それは、勇者らに時間を与えてくれるためなのだろうか。

 理由はどうあれ、茸の調達を待つ時間は得られた。


 もちろん、今日明日をどうにか均衡を保つ必要はある。

 勇者は町の人間を丘まで移動しようかなど、様々な考えを巡らし始めた。


 もう、悠長には構えていられなくなっていた。




 考え込んでいると、徴税官がまた勇者をふり向いた。

 しばし睨み合う。

 勇者が先に口を開いた。


「そこらに居座るつもりなら、話し合いとやらも日が沈むのを待たなくて済むな。ならば言わせてもらおう。貴様の計算はでたらめだ。俺様はそんなことを了承などしていない」


 遮られても構わないと思って喋り始めたが、揚げ足が取れるとでも思ったのか、徴税官は嫌味な笑みを浮かべて聞いていた。 


「私個人を責めれても困りますね。規則に沿って、手順通りに進めているだけですよ。国の維持とは膨大な人の努力の上に成り立っているのですから、一人のわがままを押し通すわけにはいきません」


 手順通りなどと尤もらしくいうが、それにかこつけた傲慢な謀略ではないかと勇者は憤った。


「俺様は、正しく交渉しなおそうではないかと、お手紙をしたためたのだぞ」

「手紙?」


 徴税官の笑みは固まり、眉がぴくりと動いた。


「中央へとな、この計算はおかしいのではないかと出した。二度目に会って間もなくだから数ヶ月は経つ。その話し合いに来てくれたと思っていたのだが……その言い分だと一市民の陳情など届いてはいないのだろう」


 独立するだといった噂のことを知っているから、勇者はあえて白々しく言ってみたのだが、徴税官の反応は意外だった。

 勇者も報告くらいは中央へいったかもしれないが、まさか手紙が届いたとは思っていない。

 徴税官が知らないならばそれでいいのだが、まさか届いていたものを知らされていないのか、と考えるそぶりを見せたことが意外だったのだ。

 中央からの信任の程度が垣間見えた気がした。


 徴税官が考えるような表情を見せたのは一瞬だった。


「その件は、いいでしょう。あなたの罪には関係ないのですから。それも言い逃れのつもりなのでしょうが、一つ言っておきますよ」


 徴税官は含み笑いをすると、強めに言い切った。


「無知なのが悪いのです。納得したからこそ、署名したのでしょう」


 勇者は頭に血が上り、嫌味男の両の鼻の穴に指突きしてやりたい衝動を抑えた。

 知らないことを、文章で読み聞かせたからと即座に理解できるものではない。

 それまでに関係のない場所で生きてきた者達にはなおさらだ。

 それは騙すことと同じだ。


 理解するまで言い聞かせろとまでは言わないが、分かり易く説明する努力もできる。検分には詳しい者を連れてくることもできた。

 しかし、この男が連れてきたのは兵だけだ。


「貴様は役人だろう……いわば、この道の職人だ」

「まあ、そうですかねぇ」


 徴税官は侮るように鼻で笑う。


「貴様はその職で食っている。他の者が同等の知識を有するなら、その仕事はいらんのだよ」

「……くだらない理屈を」

「ならば全ての知識と経験に技術を有してみるがいい。全ての家畜に作物を世話し育て、木を伐り出し家を建て、糸を紡ぎ機織から仕立て、狩猟に出て皮をなめし、山を掘り鉄を打ち刃を研ぎ、土を掘って粘度を捏ねて食器を作り、草木を裂いて紙を漉いて等々と一人でやりつつ役人の仕事もこなしてみたらどうだ」

「それで煽っているつもりですか」


 勇者は真っ直ぐに徴税官の目を見た。


「俺様は今、正しく説教をしているのだ。その職能に対する敬意と信頼。貴様はそれを裏切ったのだからな」


 それは真っ当にその道を極めんとする、同職の他者をも侮蔑する行為である。

 勇者は徴税官の側に立つ兵のさらに背後にいる、補佐官へ語りかけた。


「地位の失墜を免れたくば、無茶を押して俺はうまくやったと粋がる子供の如き者の振る舞いを許すな!」


 誰もが同じではないはずだと思っていると勇者は示したが、そう思いたかった。

 中央には腹黒狸しかいないのかなどと、面白い状況では絶望してしまう。


「まったく、初めから話が通ずるなど、考えてはいませんでしたよ」


 勇者が気合いの余りに一歩進み出たのを見て、徴税官は片手を軽く挙げ、向かい合ったまま数歩後ずさる。

 位置を入れ替わるように護衛兵より後ろに下がると、厭らしい笑みを浮かべた。


「皆さんには、あなたを連行することに納得いただけるまで説明は続けます。数日ももてばいいでしょうがね」


 勇者と領民、どちらに向けた脅しだろうか。


「ノンビエゼさん、献身的な行為による手入れの行き届いた開拓地の献納に、中央は心からの謝意を表しましょう」


 そう残して、徴税官は身を翻した。その後を兵が勇者を警戒しつつ追う。

 後方では天幕の設営が終わっていた。

 そのなかで、高みの見物といくのだろう。




「誰が貴様なぞに俺様の愛らしいお城ちゃんを渡すかばーかばーかっ!」


 遠ざかった背に、勇者は喚いた。


「あのぅ、もういないっすよ」

「わかっている。だから悪態をついているのだ」


 勇者は不遜にも言い切った。

 この場で怒りをぶつけては、乱闘に皆を巻き込む恐れがあるから、精一杯我慢した結果だった。


 普段は小洒落た館で茶でも点て、優雅に小指を立てながら一品物のカップから啜り、ぐにゅぐにゅ口に含んで鼻腔を抜ける香りがとか後に残る渋みがどうたらとほざいているのだろう。

 それがまともな施設もない野外で、睨み合うのだ。

 そう考えれば、良い気味だった。


 仕事の内容から、外回りの多い重労働だと思うのだが、勇者の偏見によって事実は捻じ曲げられた。




 勇者は早速、大畑さんや族長に、しばらくはなるべく固まって行動し海岸には近付かないようにと伝えた。畑や家畜の世話の他は、倉庫で作業でもしてもらった方がいいだろう。

 小作隊と手下隊には、手分けして見張りと民衆の護衛をお願いした。


 場所が落ち着き次第、行動に移るのかもしれないとの不安もあったが、一旦竃へ戻りたかった。

 皆で話していると、考えもまとまりやすい。

 大抵は勇者一人で唸っているだけだが、周囲に人がいると安心するのだ。大概に面倒臭い男である。


 集まっていた面々に現状を伝えた。


「嫌味役人め、不便な荒地に立てこもる苦労で、後頭部に小銭禿でもつくると良いのだ。死の根比べ、上等だ。俺様は忍耐なら負ける気はない!」


 勇者が鼻息荒く吠えたが、コリヌは申し訳無さそうに異議を唱えた。


「忍耐ならとおっしゃいますが、勇者よ。そこは一つ重要な点をお忘れなき用」


 コリヌが水を差したが、こういった状況下では、最も意見を聞くに値する人物であるのは間違いない。


「聞こうではないか」


 コリヌは真剣な顔を作り口を開いた。


「忍耐というならば、それこそ国家の最も得意とする能力ではないでしょうか。彼らは民という羽虫を集めた塊。我ら小さな集落と比ぶれば、切り捨てられる人頭は無限とも言えるのです」


 勇者は、険しい表情でコリヌを見据えた。


「コリヌ、一つ言い直せ」

「ふぇ?」


 久々の徹夜と厳しい状況が、勇者の目を再び血眼に変えており、睨まれたコリヌは思わず首を竦めていた。


 コリヌは泡を食った。

 勇者が仲間を断ずるような物言いなど、耳にしたことがなかったような、やっぱりあったような気がしたのだ。

 あえて聞こえの悪い言い方をしたのは、国はそれくらいの心持ちでいるのだと強調したかったためだった。


「今この地に留まる俺様の領民に、切り捨てられる者などいない。一人もだ」

「は、ははぁその通りでございます!」


 勇者はコリヌの意図は理解していたが、違う点を伝えたかった。


 今現在、この地にいる者たちは、烏合の衆ではないということをだ。

 動きもばらばらの羽虫と、指揮系統のしっかりした蜂と例えれば、その差は歴然のはずだ。


(俺様は、気概を信じる! その気概が俺様を差し出して済ませようと結託したものでもな!)


 推測したように、勇者一人が責任を負う状況なのは不幸中の幸いなのだろうとは思う。

 思うが、民衆から積極的に差し出されるなら、俺様は超いじけるだろうと不安になる勇者だった。



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