第十話 救出作戦
勇者の戦いはなかなか始まらない!
現在、勇者城内の狭い室内では、作戦会議が開かれていた。
板を張る余裕などなかったから、未だ土の床に、勇者とタダノフにノロマが向かい合って座っている。
「要は風穴を開ければいいのだよ」
勇者は腕組みして、自信満々に鼻息を吐き出した。
簡単なことであった。
壁が折り重なるような迷路が立ちふさがっているならば、一直線にぶち抜いてやりゃあいいのである。
(俺様の手中には、終末人型決戦重機タダノフがある。燃費はクソもいいとこだが、ここでケチれば、もっと酷い目に遭うかもしれない)
勇者は、蹂躙されるお城ちゃんの悪夢を思い出し、ちょっぴり涙が出た。
歯を食いしばって半べそを堪える。
(そうだ二度とあの悪夢を繰り返してはならないのだ。例え本当に夢だったからといっても、駄目なものは駄目だ)
まずは掘削して、地質を調べたいと思っていた。
だが、そこまで悠長にしていられそうもない。
行き倒れた男は、どうにかここまで戻ってこれた。
だが他の奴らはどうなっているのだろうか。
勇者が心配したのは、彼らの命ではない。
後続組みが、死屍累々とした道を見たら、怖れて逃げ出してしまうだろう。
そしたらやっぱり、こっちに集ってくるかもしれなかった。
(せっかく地ならしを楽しんでたのにもお)
勇者は領内に引きこもって、シム領地していたかった。
後ろ髪引かれたが、うじうじする思いを断ち切るように、道具袋と水筒をがっちりと掴む。
「出かけるぞ、タダノフ、ノロマ。荷造りだ」
通り道さえ作ってやれば、後追い組も、勝手にどこかへ旅立つだろう。
その後に何かが気に入らず、やっぱ戻ろっかなあと思う頃には遠くへ行き過ぎているはずだ。
諦めて、そこらで腰を落ち着けるに違いない。
勇者が完徹能力へのパワーを、全て小心者能力へと注げば、あっさりと決断を下せるのだ。
しかも誰も付いてはいけない高速謎思考で、姑息さパワーアップだ!
「ふふはは……完璧ではないか!」
勇者は棚の側で正座すると、高笑いしながらも、食料保管箱から道具袋へと食べ物を移した。
食料には、特に注意を払う。
勇者自身の分は三日程で、残りはタダノフ燃料として使用する。
その自分用も、節約しつつ食い繋ぐつもりだ。
途中で何が起こるか分からないからだ。
他の行き倒れ達や、途方に暮れる者から、襲い掛かられる可能性もある。
十分に配れるよう、持ち出すことにした。
かなりの分量となるが、水をタダノフに運ばせれば、どうにかなるだろう。
「まぁた姑息なこと考えてるね、あれ」
「しかして、せこい能力というのも、俺達には必要でしょう。すぐ適当こいてしまいますし?」
「それもそうだけどさ。ソレスが管理してくれなきゃ、あっという間に餓死するところだもんね。でもなあ……好きなだけ食いたいよ」
「そのための、この移住計画ですからして! タダノフ殿、問題をさっさと片付けておしまいなさい!」
「あいよ! ってなんであんたがあたしに指図すんのさ!」
「くっ首がもげるうう!」
今の勇者は、二人のじゃれ合いを見ても、鼻で笑う余裕があった。
(俺様も、大人になったものよ)
勇者は目を細めて、二人を眺めて頷いていた。
「なんだか、癪に障る顔してるよ。面倒臭いよりはいいけど」
「ここは余計なことを言わず、働きましょう。不気味ですし」
二人も渋々と、道具袋や餌を手に、旅支度を始めた。
準備が整うと、三人はコリヌ砦へと向かう。
勇者はコリヌに馬を借りようか悩んだが、危険な道筋と言うし、やっぱりやめておくことにした。
砦に来てみれば、コリヌ一行はやたらと武装していた。
しばらく農作業のために革鎧を脱いでいた護衛達も、ものものしい出で立ちである。
「コリヌよ……何をしておるのだ」
ちょうど装備を整え、全員が頭に手拭を巻きつけて、後頭部で縛っているところだった。
「おお勇者よ、乱暴な怒りを脱出させるため、奮起しておったのです」
「何がなにやら分からんが、警備に集中してくれるのは助かる。俺様たちは、数日ばかり、領地を空けたいのだ」
「策があるのですな?」
勇者は頷くと、事の次第を伝えた。
必ず成功するだろうが、後の補給だけが頭痛の種なのだ。
短期で育つ作物も持ち込んではいるが、きちんと畑を作るまでは、隅っこで少しずつ育てている。
日持ちもしないものが多いし、収穫量は当分期待できそうにない。
「ふむむ。それしかありませぬな。勇者よ、物資についてはご安心ください。落ち着いたら、今一度、補給のために海を渡る所存です」
「しかし、あの道もいつまであるのか」
「何があろうと、これは私自身の下した判断です。お心を痛めなさるな」
コリヌはどこか遠くを見つつ、力強く答えた。
格好いいつもりなのだろう。
ゆるふわヘアーで、なんとなく台無しだったが。
確かに、いつもの馬鹿っぽさも、やや薄れている。
今はコリヌ達を信じる他ない。
勇者も負けじと力強く返した。
「では、俺様たちが戻るまで、この勇者領を頼んだぞ!」
「え、コリヌ領……」
くるっと背を向け、下り斜面へと向かう。
勇者は振り返るまいとしたが、我慢出来なかった。
「特に、城を守ってくれよ! ここ重要だからな!」
こうして、四人は旅立った。
「誰だ四人目」
思わず勇者は問いかけていた。
「あーソレス殿、タダメシ食いは許さん働け! と言っていたではないですか。それで連れてきたのですが?」
「あーそうだっけ」
あの行き倒れの男を、道案内に連れてくるようノロマに頼んでおいたのだった。
「やだなぁ勇者さんの信望者ですよ。お忘れなく。俺の名は、」
「行き倒れ君、頼むぞ。君だけが頼りだ!」
「なまえ……」
「ええい一々、これからわんさか増える予定の領民の名など覚えてられるか。俺様は貴重なリソースを、完徹能力の為に温存しておかねばならんのだ」
木々の合間を、南へ向けてざっくざっく歩いていく勇者。
その後を、ノロマ、行き倒れ君、タダノフと続いていく。
「まあまあ、その内覚えるからさ。元気出そうよ行き倒れ君」
「二人も先輩がいるのだからして? いきなり名を売ろうなんておこがましいというものですよ行き倒れ君?」
「なっ! べ、別に仲間になろうってわけじゃ、」
「おやおや素直じゃないですな。口では嫌がりながらも体は付いてきているではないですか」
「お前達が拉致ったからだろう!」
「ふぅん、せっかく餌もあげたのに、そんなこというんだ」
「は、はひっいえ、俺なんかがお仲間だなんて、もったいないっすよ!」
先行き不安な作戦に、胸を痛めるのは勇者だけだった。
行き倒れ君も、もう少し深刻でも良いと思うのだが、根っから楽天的というか考え無しのようであった。
(ふん、お気楽なものよ。燃料計算に頭と指を使って、俺様は胃がきりきり痛むというのに。足の指まで使ってたら、つって痛かったんだからな)
暫く森を進むと、阻むような斜面が眼前に現れた。
傾斜は、登れないほど急ではないが、登ろうとした跡は、上まで届いていなかった。
「土が、軟らかいのか」
斜面沿いに、人々が通った後らしい細長い道筋が出来ている。
「勇者さん、ここは登れませんぜ。掴んだ端から崩れ落ちやがるんです。俺は落ちました。こんな所で残機消費ですよ」
「ふっ、とっくにお見通しよ」
勇者は早速、手に提げていた麻袋から、がっかり保存食を取り出して掲げた。
「えーさーあああああ! はぐっ」
後方からすっ飛んできたタダノフは、掲げた保存食に飛び掛り、口で奪い取った。
ずざざざざーっと、おろし金で大根をすりおろすが如く、地面を削りながら着地すると、斜面の前で止まる。
それを目にすると、勇者は指令を下した。
「行け、装甲寄生タダノフ!」
「人の名前に余計なもんつけるな!」
「壁をぶち破るごとに、餌のグレードも上げてやる」
「ほいさ!」
そのために、勇者はがっかり保存食から渡したのだ。
「念のために注意しておくが、ばぶぁっぐぷはっ!」
またもやタダノフ対策に、間に合わなかった勇者だった。
「ひと殴りしただけなのに簡単に開いちゃったよ。根性がないね」
根性も裸足で逃げ出すだろうと言いたかったが、口の中がじゃりじゃりするので濯ぐことにした。
「がらげらっがらげらっ、ぺっ」
一足遅いが、布を口に巻いて、頭の後ろで縛っておくことにする。
ノロマや行き倒れ君も、それに倣った。
「んで、何か言いかけた?」
「俺様の能力によって弾き出された答えによると、柔らかい土の下には、北の岩棚のような硬い岩盤があるだろうということ。さすがのタダノフでも、拳をいためてしまうだろう。今後は、その辺を考えながら殴ってくれよ」
怪我でもされたら大変なことだった。
こんな筋肉の塊、例え勇者達三人であろうと、持ち運べるとは思えなかったのだ。
「さすが勇者さんは、仲間想いっすね!」
行き倒れ君が、分かり易いよいしょを始めた。
「悪いが、おだてたところで、俺様たちの食料はぎりぎりだ。心して食えよ……また、その名の通りになりたくなければな?」
(俺の名前じゃ、ねえ!)
行き倒れ君の心の叫びは、勇者には届かなかった。
「はっはっは。行き倒れ君、戻るまでの辛抱だよ」
顔には思いっきり出ていたので、ノロマには伝わったようだ。
勇者は、書付帳に適当な道筋を書いた。
道を遮っていた斜面を、波線で表し、その上にバツ印を書き込む。
「さてと……第一防御壁、破壊任務成功っと」
その内、まともな道を整えねばならんなあと思いながら、タダノフの空けた穴から向こう側をのぞく。
どうやら、再び森の中へと続いているようだ。
「この調子でどんどん進むぞ!」
「オー」
「おー」
「餌ー」
(待っていろ、俺様の城! 必ず君を救ってみせるぞ!)
穴をくぐるとともに、妄想の中へも進んでいく勇者だった。




