第一話 白銀の夜明け団
「徹夜組はぁ、シね!」
杖を振りかざす、むさくるしい男が叫んだ。
即座に向き合う男が返す。
「ここはアィビッド商人組合連合国より正式に用意された臨時オープンスペースだあっ! 徹夜しようが焼肉大会やろうが誰に憚ることもないのだよ!」
二人の男が殺風景な荒地の中で、対峙していた。
周囲には、戦いを見守る野次馬達。
なにやら物凄い気迫が漂っている。
彼らの側には、海へと続く道がある。
その道の入口は、色とりどりの造花に彩られた縄で封鎖されていた。
「説明乙! 喰らえ呪われしスタッフの血の叫びいいいッ!」
「ふん。そんなもの指一本で片付けてくれる」
彼らは、あるものを賭けて戦っていた。
それは土地。
この場の誰もが夢見ている、己だけの新・天・地!
なぜこうなったのか。
それは、つい最近のことだ。
地殻変動か何だか分からないが起こり、海底が隆起したようなのだ。
干潮時にだけ大陸同士を繋ぐという、ほっそい道が出来ていた。
報告を受けた連合国は、早速調査に乗り出す……ことはなかった。
この辺の国は、連合国というだけあって極小国の集まりであり、一国では何も出来ない烏合の集団であった。
「外まで首がまわらないんじゃっ、血の気の多い奴らでも追い出しておけ!」
そんな理由で、連合国内にお触れが出された。
『領地のバーゲンセール開催! 早い者勝ちで君も領主になっちゃおう!』
そんな甘言に乗せられた者達が続々と集まり、ここは一大人気スポットとなっている。
特に興味のない連中ですら冷やかしに来たため、本気度の高い連中は苛立たせられていた。
そんな緊張状態にあれば嫌でもぶつかりあいはあるだろう。
だが、その領地獲得争奪戦のスタートは、忌々しい縄が切られた時と決められていた。
ここが前出のなんたら連合国の管轄地であり、イベントと称して仕切られていたからだ。
国が決めたのだから仕方がない。
現在、道の中心辺りは海の底である。
次に潮が引いたときに、縄は切られる予定との触れ込みであった。
そんなわけで、一同が縄の前にお行儀良く並んでいたわけなのだ。
並んでいたのだが、その並び順も早い者勝ちだ。
そこに問題が起きていた。
ある集団は、縄が切られる期日からの早い者勝ちであるべきと主張した。
杖を振りかざしている男達の集団である。
片や指一本で戦うと豪語する男は、情報が開示された時点で効力があると主張している。
コネを駆使して情報を集め、誰よりも早く縄の前に陣取っていたのだ。
骨折り損は嫌だなあと思って対抗していた。
戦いに戻る。
杖を振り回すのは、なんとなくガタイの良い男だが、兵のような雰囲気はなく、その辺の村人のようだった。
それを表すように、着慣れてない真新しい革鎧を身に付けている。全身をそれなりに覆っていて、村人には上等過ぎる品だ。
立ち姿も腰が引けているし、どうにも戦いに慣れているようには見えない。
この争奪戦に参加するために、貯蓄をはたいたのだろう。
対する指先男は、それなりに鍛えている体付きではあるが、肘膝胸と最低限覆うだけの、しょぼいしボロい革鎧だ。
腰には錆びてるんじゃないかと思わせる、両刃の長剣をぶらさげているだけである。
なのに自信満々で左手を腰に当て、右人差し指を前方に突き出して立っている。
抜ける空のように青い目は、ぬかりなく眼前の敵を見据えていた。
荒野を走る風が、指先男の短く切りそろえられた白銀の髪を揺らした。
膠着していた間に、痺れを切らしたのは杖男だ。
「指一本で、俺を倒すだと? 大口叩く輩に限って……ぬあにいいいぃスタッフの心が折れたぐああー、やられたー!」
男は口先だけでなく、本当に指一本で敵の動きを止めていた。
「もう少し緊張感出そうぜ。ともかく、お前の知らなかったことがある」
杖男が動く気配を見せた瞬間だった。
指先男は無駄のない足運びで視線を断ち、穿つ指先は消えたように、杖男の目には映った。
「く、くそう、突かれた横腹が痛む。担架をはよ!」
「他のスタッフが早々と折れたため、数が足りません!」
杖集団の心は折れやすかったらしい。
初めの気迫は既に見当たらない。
そもそも「みんながそうなんだからあたしも~」という集団催眠状態に陥ってしまっていた奴らだった。
お揃いの杖をきゃっきゃうふふと作っている時が、絶頂期だったのだ。
「おい聞けや」
「チッなんだ早く言え」
早く帰りたくなっていた杖男は、ぞんざいだった。
「俺様は、指一本しか鍛えていないのだ。攻撃が外れたら慌てるところだった」
「なんだとぉ馬鹿な! そんなものに俺は負けたのか……」
幾ら弱いからとはいえ、ひどく馬鹿にされたものである。
杖男は、そう思うと恥ずかしくて、地面に伏したまま立てなかった。
「俺様が相手で運が悪かったな。四つ足でモコモコした偶蹄類の動物を数える間もなく……眠れ」
「うっあたまが」
「しししっかりしてください、ハンチョーおおお!」
ハンチョーと呼ばれた杖男は、物悲しさに眩暈がして、眠りに逃避した。
「戦いとは、虚しいものだな」
仲間に引き摺られて退場していく姿を、野次馬達はやんやと見送った。
杖集団の姿が消えると、残された指先男は周囲へも牽制する。念のためだ。
「完徹――すなわち完全徹夜の勇者と呼ばれた、俺様のテンションを舐めるとこうなる!」
「ひゅーかっこいいっす勇者」
「サスが勇者っすね」
勇者と呼んだり呼ばれたりした指先男は、馴れ馴れしく呼びかけてくる良く知らない野次馬達へと向き直った。
「列に横入りしようとする巨悪は退けた! 後は寝ずに開場を待つのみ!」
勇者は、情報を得る為にまいた袖の下が無駄にならなかったことに、心底胸を撫で下ろしていた。
「野郎ども、準備はいいか!」
「おいぃっす!」
一人の男が天に拳を突き上げる。
「新たな天地が欲しいかああああああああっ!」
答えるは、幾百の荒くれ者ども。
「うほおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
欲に塗れた雄たけびが、荒野を震撼する!
野次馬どもに、「こいつの尻馬に乗りゃあ楽できそうだぜ」と思わしめた勇者。
その男は、大陸北端にある、雪に埋もれた何もない山中の村で育った。
寂れた辺境のみみっちい村のさらに隅っこで、体力とか耐久力とか持久力とか執念力とか、それはもう色々と鍛え上げてきた。
名をソレホスィ・ノンビエゼという。
だが、誰もが彼をこう呼んだ。
完徹の勇者――とっ!