茨木司の日常
「おはようございます」
今日はバイトのシフトが入っていた。
いつもの様に勤務先のコンビニ『エブリデー』の自動ドアを通り、先にシフトに入ってた従業員たちに挨拶してからバックヤードに入った。
「おはようございます……ってあれ、新人ですか」
バックヤードで制服に着替えようとすると、見た事無い顔が一人いた。
「ああ、今日から入って貰う日比谷冬子さんだ」
そこにいた、ハゲの店長もとい、萩野店長が答えた。
日比谷さんはここいらにある県立高校の制服を着ていたから高校生なのだろう。ストレートの黒髪ときっちりと着こなされた制服を見る限り、真面目な人なのだろう。顔立ちも悪くない。
「じゃあ、茨木君には今日一日、日比谷さんの指導して貰うから期待してるよ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
日比谷さんは丁寧に礼をしたので、こちらもつられてかしこまってしまった。堅い印象を与えてしまったかと思ったけど、それは杞憂だった。日比谷さんははいと、笑顔で返事をした。
「日比谷さん真面目はそうだから安心です。高校生ですよね?」
人も来なく暇だったので、世間話を振ってみる。ここは立地の問題で客なんか滅多に来ないから、多少不真面目でも見られる心配は無い。何故店長はこんな暇な店で新人を雇ったのだろうか。
「はい、今年入学しました」
「という事は俺より年下なんだ。こんな馴れ馴れしくして年上だったらどうしようかと思ったよ」
「ふふ、フレンドリーでいいと思いますよ」
「そう言ってくれると肩の荷が降りた気分だよ。いらっしゃいませー」
「茨木さん? 今店に誰もいないと思うんですが……」
「え?」
そんな、そこに中学生らしき客がいるだろう。
あれ、でも前にもこんな事があった様な……
「あら、司さん。随分とそこメスと仲の良さそうな事で」
「お、お前っ! ――はっ!」
またやってしまった。思わず俺は口を手で押さえた。
俺は横目で日比谷さんを見るが、キョトンとしている。この様子なら変人認定はされていないはず。
俺は目の前の少女――ヨウコに向き直り、小声で話し掛ける。
(お前、何でここにいるんだ?)
「司さんがどこの馬の骨とも分からない女にたぶらかされてるのでは無いかと馳せ参じたのですが……予感は当たったようですわ。すぐにそいつを酸素中毒にして差し上げますわ」
(帰れ)
せっかく生身の女の子と仲良くなるチャンスだったのに台無しだよ。
「そんな、ご無体な……でも、それが貴方の望みなら、このヨウコ、涙をこらえ聞き入れましょう」
いちいち大げさな奴だ。
とりあえずこのままじゃ可哀想だからフォロー入れておくか。
(いい子だな、俺は聞き分けのいい子は好きだぞ)
「好きと仰いましたか!」
やべ、なんか変なスイッチ入ったっぽい。
「ならばこのヨウコ、即座に帰宅し、司さんへ日々の労いの準備を致しましょう」
ヨウコは嵐の様に帰っていった。
「茨木さん? さっきからどうしたんですか?」
「ごめん、何でもない」
会話が続かない。
ヨウコのせいだ。帰ったらお仕置きだな。
***
帰宅後、ヨウコが料理を失敗したらしく、仕事を増やされた。
うん、一ヶ月掃除、洗濯、皿洗いの刑だな。慈悲は無い。
「司さんー、どうかお許しをー!」
ヨウコの許しを乞う声が虚空に響いた。