スローライフ(2)
「いただきまーす」
「はいどうぞー」
カオリとチヒロは、こんがりと焼けたトーストに、マーガリンを塗りたくって食べ始める。
この前のブラウニーを食べて以来、二人は食事の楽しみを知ってしまい、しっかり三食食べるようになった。
カオリ曰く、『人間だけこんないい思いをしているのはずるい!』との事だ。
『今、巷では海釣りが流行っています! 東京湾では“釣り女”と呼ばれる釣りを趣味とした女性でごった返しています』
テレビで明らかにでっち上げた様なニュース特集を見ながら、俺もトーストに手を付ける。
「こういうニュースってパチくさいよな。大体何のきっかけも無しに釣りが流行るかって――――どうした? カオリ」
カオリがテーブルに身を乗り出し、テレビを凝視している。
「私も釣りに行きたいわ!」
うわー、めんどくせー。……でも、こんなキラキラした目で見られると断れないな。
「よし! じゃあ、今から行くか!」
「司、ありがとう! そういう決断力のあるところは好きよ」
「お世辞でも嬉しいよ。行くぞ」
「お世辞なんかじゃないし……」
カオリが何かをぼそりと呟いた。
「待ってくれ、私はまだ食べ終えていない」
チヒロはギャルゲーによくある、くわえトーストスタイルで慌てて追ってきた。
***
「遠いわねー東京。早く着かないかしら」
(電車で一時間くらい我慢しろ)
さすがに電車の中では、たくさんの人が行き交う都会とは違い、変な人に見られるのを警戒して小声でカオリを諌めた。
「まあ、良いじゃないか。移動もまた一興だ」
チヒロはチヒロで大分達観した事を言うので、何か心配になってくる。
(そもそも、空気なんだからわざわざ電車に乗らずとも一瞬で移動できるんじゃ?)
今までの生活で分かった事だが、空気という存在そのものがカオリやチヒロらしい。だから、どこにでも存在しているし、カオリが言っていた、地球が家発言も間違いでは無い。
「バカね、そしたら司を待たなきゃいけないじゃない。それにチヒロの言う通り、移動も楽しみの一つよ」
早く着かないかしら、とか言っていたのはどこのどいつだよ。
***
紆余曲折はあったが、東京湾にやって来た。
「ついたわ! あれ? 人が全くいないわね」
「やっぱりデマだったか。でも、せっかく来たしやるか、釣り」
人がいなかったのは良かった。人目を気にせず話せる。
俺は釣竿をカオリとチヒロに渡し、自分の竿を持って餌を付ける。二人も見様見真似で針に餌を付けた。
「気持ち悪いわね、これ」
カオリがゴカイを嫌そうにつまむ。
「今日はこいつしか持ってきてないんだ。ごめんな」
カオリが餌を付けるのに悪戦苦闘している間、チヒロは黙々と作業を進め、すでに針を投げ入れていた。
「あれ、やり方分かるのか?」
「いや、あそこのおじさんの真似をしただけだ」
チヒロは離れたところにいる釣り人を指差した。
「そうか、分からない事があったら聞けよ」
「司ー、釣れないー」
「そんなにすぐ釣れたら魚が絶滅するわ!」
釣りは二人には好評だった。
チヒロがバンバン釣って、カオリに位置を交代させられてたり、それでも全く釣れなかったカオリが釣った魚を嬉々として俺に見せに来たり……。
俺は一匹も釣れなかったけどな。ちくしょう。
「釣り楽しかったー!」
さっきまで釣れないと喚いていたのが嘘の様に、カオリが言った。
「ああ、また行きたいものだ」
魚が入ったクーラーボックスを持ったチヒロも、ご満悦の様だ。俺はクーラーボックスを持つと言ったが、チヒロは自分が釣った魚だから自分で持ちたいというのだ。
「暇ができたらまた連れてってやる」
「やったー!」
カオリは手を上げて喜んだ。チヒロも声には出さないが喜んでいた。
数時間後、カオリは夕食の魚の骨が喉に刺さり、『やっぱ釣りなんか釣りなんか行かない』と泣いていた。




