悩みの種、二つに増えました(N2)
「服を買いたいわ!」
「私も衣類を所望する。裸体のままでは少々恥ずかしいんだ」
「ああ、分かった、分かった。買ってやるからお前らちょっと静かにしろ……って、ん? お前ら? ……誰だお前!?」
目の前にはカオリの他に、セミロングの黒髪を一つ結びにした、凛々しい顔立ちの少女がいた。もちろん真っ裸で。身長はカオリより少し高く、中学二年生程度に見える。
「これは失敬、申し遅れた。私の名は窒素、N2。空気中最も多い気体とも知られている」
もう何か頭痛くなってきた。二酸化炭素の次は窒素と来たか。
「とりあえずお前の服も買ってやるから、今はこれを着ろ。その格好で出歩く訳にもいかないだろう」
俺は窒素に、適当にシャツを投げ渡した。
「何故だ? 見えないのだから問題無いだろう」
そういう問題じゃねぇし。てか、さっき恥ずかしいとか言ってたのどこのどいつだよ。
「四の五の言わず着ろ!」
「ああ、よく分からないが了解した」
***
「で、どんな服が欲しいんだ?」
俺と空気二人は、服が買えそうな都会の辺りまで来た。
バイトとゲームだけに時間を浪費している俺が、人生楽しんでる奴らの中に入るのは辛いものがある。
しかも、空気二人は他人から見えない。実質俺一人で女性物の、それも子供服を買うなんて、一体何の公開処刑だよ。
「私は可愛いやつがいいわ」
「私は動きやすい物がいいな。あれなんてどうだ?」
窒素が指差したのは、どこにでも売ってそうなジャージだった。しかもダサい。
「あんたセンス無いわねー。私が窒素をコーディネートしてあげるわ」
「試着は出来ないんだから慎重に選べよ」
「む、動きにくいな。これ、着なきゃ駄目か?」
カオリが窒素に選んだのは、トップスはアウターにブラウンのジャケット、インナーに無地の白いシャツ、ボトムスには黒のタイトパンツだった。
ボーイッシュな出で立ちは、窒素のクールなキャラによくマッチしている。
「あったり前じゃない。窒素によく似合ってるわ」
カオリは窒素をべた褒めした。選んだカオリのセンスなのに、そんなに褒めちぎって恥ずかしくならないのか。
「俺も金出したしなぁ。しばらくはそれで我慢してくれ。また買ってやるから」
さっきのダサいジャージには一円も出してやんねえけどな。
「確かに、代金を出して貰ったのに着ないのは失礼だな」
窒素は諦めてくれた様だった。
本当は返品できるけどね。とても似合っていたので言わないでおいた。
「じゃあ、次はカオリの服を買いに行こうか」
カオリは白のワンピースという、非常にシンプルな服を選んだ。しかし、もろに見た目に出ている自己主張の激しさが、ワンピースのシンプルさと絶妙なバランスが取れていた。
「どう? 可愛いでしょ」
「おう、よく似合っている」
俺は思った通りの感想を言う。
「お世辞じゃな無いでしょうね?」
「もちろん、可愛いよ」
「な、な、そんなこっ恥ずかしい事言うんじゃないわよ!」
カオリは顔を紅潮させて、そっぽを向いてしまった。一体どうしろと。
***
都会に出たついでに俺の買い物も済ませ、帰路につくことにした。
「じゃあそろそろ帰るぞ」
「分かったわ。窒素、あんたもよ」
カオリは上の空の窒素の袖を引っ張った。
「ああ、すまない」
「そういえば、窒素って呼ぶのも味気無いわね。……そうだ、あんたも司に名前付けて貰ったら?」
「いいのか?」
勝手に俺に振るのも無責任だと思ったが、カオリの言い分ももっともだ。
「ああ、いいよ。そうだな、窒素のちから取って、チヒロなんてどうだ?」
「チヒロ……チヒロか……」
窒素が俺の命名を何度も復唱した。
「何だ、気に入らなかったか?」
「いや、むしろ逆だ。あまりに素晴らしくて、何とお礼をいいのやら。とにかくありがとう!」
チヒロという名前、気に入ってくれた様だ。今まで大人びた雰囲気を出していたが、その笑顔は初めて年相応の女の子らしさが表れていた。
「どういたしまして。これからよろしくな、チヒロ」
はぁ、空気二人との生活。それは夢でも見ているかの様だった。
今回は少し長くなってしまいましたが、ゆるーいストーリーを予定中なので、これからはあまり長くなることはないと思います。
次回もお楽しみに