空気だから大丈夫!
「いらっしゃいませー」
茨木司、現在しょっぱい時給でバイト中である。工場のライン作業のようにお金様……じゃなかった、お客様の相手をしていると段々虚しくなってくるが、あんな安時給じゃやる気にもなりやしない。
「次のお客様どうぞー」
「茨木さん、今誰も並んでませんよ?」
「え?」
隣でレジを打っていた後輩が不思議な事を言う。あの子供が見えないのか?
「はろー、あんたが働いているところ気になって見に来てやったわ」
「お、お前なあ!」
目の前には二酸化炭素(自称)がいた。
どうしよう。いきなり大声を上げたせいか、後輩君が可哀想な物を見る目で見ている。しまったと思い、小声で二酸化炭素に話す。
(家で留守番してろと言っただろう。ってかまじで誰にも見えないんだな)
そういえば、さっきの客はずいぶん前から立ち読みをしていたが、その後誰かが入ってきた様なドアの音はしなかった。すり抜けたのか? それなら着ている服はどうなってんだよ。
「服とかは私に同化するから一緒にすり抜けるのよ。ふふん、凄いでしょ?」
(お前は読心術でも使えるのか?)
「だって私の服まじまじと見てたじゃない」
そうだったのか、自分がやっている事にすら注意がいかないなんて。
「それにしてもコンビニって何でもあるのね。最初に作った人は尊敬するわ」
(見えてないからって盗むなよ? 俺のバイト先が謎の万引きで潰れたら困るからな)
「大丈夫よ、これでも常識はあるつもりよ」
空気の常識とは一体何だろうか。はっきりと、しないと言わない辺りとても心配だ。
「じゃ、また来るわね」
二酸化炭素は手を振って帰って行った。できるならば今すぐ、二度と来るなと叫びたかったが、これ以上隣の後輩君から憐みの目を向けられたくなかったので、渋々口をつぐんだ。
「茨木さん、さっきから何を独り言を呟いてたんですか?」
「後輩君、お願いだからその目をやめてくれ」
「幻覚が見えるようになったら早めに病院行ったほうがいいですよ。あと、いい加減に名前を覚えてください」
***
バイトから帰って来たら、帰ってきたらさっそく二酸化炭素に説教をした。
「何で今日俺のバイト先に来たんだ。大人しく留守番でもしてくれよ」
「だって、家にいてもつまらないし。大丈夫よ、私空気だから見えないし」
二酸化炭素が意味の分からない言い訳をする。
「そういう問題じゃないんだよ」
どういう問題か分からないけど。
「もう、そんなに口うるさいとモテないわよ」
モテるし。俺超モテるし。ちょっとこいつ図に乗りすぎじゃない?
「とにかく、だ。二酸化炭素だか何だか知らねぇけどなぁ、ここに住む以上、家主である俺の言う事は聞いて貰う」
「何それ、それじゃ奴隷じゃない! それに、私は正真正銘二酸化炭素よ!」
奴隷って、ルールさえ守ればいいと言っているのが理解できないのだろうか。それじゃ何だ、法の下に平等な日本国民は、全員法の奴隷ってか? ……って、あれ? 合ってるじゃん。
「うん、なんかごめん。でもルール守って下さいお願いします」
何故昨日から空気に向かってへりくだっているのだろうか。
「まあ、二酸化炭素として常識的な行動は心がけるわ」
頭を下げると二酸化炭素は分かってくれたようだ。ルールを守るとは明言してないけど。
「そういえば、二酸化炭素って長いよな。何かあだ名とか無いの?」
「それもそうね。一応CO2っていう別名はあるけど……何ならあんたが付けてくれてもいいのよ」
「ああ、じゃあちょっと待てよ」
「可愛くお願いね」
「カーボンオキシゲンからの頭文字から取って、カオリなんてどうだ?」
安直過ぎただろうか。そんな心配はすぐに去った。
「あら、ネーミングセンスはあるのね」
カオリ(仮)はぱあっと満面の笑みを浮かべる。とげのある言葉とは裏腹に、その様子はとても嬉しそうだった。
「じゃあ、これからはカオリとしてやっていくわ。ありがとね、司」
カオリに笑顔で名前呼びされただけで、俺は動揺を感じてしまった。
これがツンデレ効果なのか、はたまた、ただ単にロリコンなだけなのか。できれば前者だと信じたい。
「ああ。どういたしまして、カオリ」