男性がリードするものだろう
遂にやってきた。例のチヒロとのデート。
一緒に行くと他の空気ズ……主にヨウコに怪しまれるというのでバラバラに家を出た。
そして今、俺は待ち合わせ場所にいる。
「悪い、待たせた」
待ち合わせの時間から五分が過ぎ、やっとチヒロがやってきた。
「あれ、その服……」
「気づいたか! この日のために新調したんだ」
トップスは黒Tシャツの上に紺のチェックシャツ。ボトムスには白のショートパンツを履いている。靴はひざ丈まである黒のブーツだ。
全身にかけて新しい服を着てきたチヒロの気合がわかる。そしてチヒロの割にはセンスがいい。
「カオリに頼んでコーディネートして貰った。どうだ」
チヒロがくるりと回る動作が愛らしい。
「ああとてもよく似合ってる。俺にはもったいないくらいだ」
本当にね。ありがとうカオリ。
チヒロが自分で選んだ服を着ているのを誰かに見られでもしたらいたたまれない。……あ、俺以外に見えないんだった。まあ、例外はいるけども。
「それで、どうする?」
「な、こういう場合は男性がリードするものだろう」
「そうなのか。じゃあ水族館にでも行くか」
「ああ」
***
「……美味しそうだな。特にあの肥えたアジは脂が乗ってそうで」
「それが水族館に来た女の感想か」
予想はしていたが、ずいぶんとまあ色気の無いコメントだ。
しばしば思うが、チヒロは見た目の割に達観しすぎだと思う。
「チヒロの趣味には合わなかったみたいだな、水族館」
「うーん、あの形状は食材にしか認識できないな」
釣りに行った後魚料理が続いた時の後遺症か。
チヒロの発言でこちらまで純粋な見方ができなくなった。入って間もないが出るか。
「昼ごはん、食べに行くか」
「ああ!」
異常な食い付き方だ。魚見て腹が減ったのか。
水族館を出ると、従業員に不審者を見るような目をされた。
若者が学校にも行かず、一人で入っていった挙げ句、十分もしない内に出てきたのだから無理もないけど。
***
俺とチヒロは近くのレストラン街にやってきた。
「蕎麦屋に行こう! 天ぷら蕎麦が食べたいぞ!」
チヒロがキラキラと目を輝かせる。それにしてもデートに蕎麦って……。
「別にいいけど、そんなんでいいのか? 金には余裕があるし、もう少し見て回ってもいいぞ」
「いや、大丈夫だ」
そう言って蕎麦屋に入る。
一通り注文すると、時間が経たずして品物が運ばれた。
チヒロは蕎麦を口いっぱいに頬張ると、恍惚の表情を浮かべていた。
これが色気より食い気か。
「美味だ。しかし、蕎麦もいいがここまで美味しく感じるのは司といるからだな」
突拍子も無くなんて事言うんだ、こいつは。こんな事言われると本当はその気があるじゃないかと勘繰りたくなる。しかしまあ、本人が他意は無いと言ったんだ。お世辞として受け取っておこう。
「そりゃどうも。チヒロが喜んでくれるなら何よりだ」
聞こえていないのか、チヒロは顔が見えないくらい蕎麦にのめり込んでいた。急にどうしたんだか。
***
結局、あの後映画館やら服屋やら回ったが、チヒロは蕎麦食ってる時が一番楽しそうだったな。
「うん、お前デートとか向いてない」
「何だとっ!? 私に何が足りないと言うんだっ!」
「色気?」
漫画ならガーンと擬音が付きそうな程、チヒロは意気消沈した。
「いや、俺はサバサバしてて良いと思うけどね」
まあ、少なくともこんなデートもあると勉強になったし、良かったと言えば良かった……のか?
アリスが本当の意味で空気ヒロインになっている……。




