今日は何の日?
「あれ? ヨウコはどうしたんだ?」
朝、目覚めるといの一番に俺に挨拶をするヨウコが、今日に限って見当たらない。
俺は目の前にいたカオリに訊ねた。こいつも普段ならこんな朝早く起きていないはずだが、今日はどこか様子がおかしい。
「さ、さあ? ソウイエバサッキ、散歩ニ行クトカ言ッテタワネー」
カオリはあからさまなに目を逸らしながら、棒読みで答えた。怪しさ満点だ。
「何か隠してる?」
さっきからカオリ以外の奴らの姿も見えない。全員で何を企んでいるのやら。カオリがごまかし役なら明らかに人選ミスだろ。
「まっさかー! あ、そうだ。司は今日バイトあるんでしょ? ほら早く行った行った。」
カオリが俺の背中を押す。
「お前、俺をこの雨の中、何時間待たせる気なんだ。シフトは午後五時からだぞ」
梅雨だけあって、三日ぐらい雨が降り続いているが、今日はいっそう激しい。その中を、病み上がりの人間に出ろと言うのは、もはや鬼だ。
「全く、人間てのは脆いのね」
「空気に言われても困るわ」
俺はただ疑問を解消しようとしただけなのに、何だこの険悪なムードは。
そこにアリスが割って入った。
「喧嘩は良くないよ。ね?」
「あら、喧嘩なんてしてないわ。司がちょーっとデリカシーが無いだけで」
カオリは嫌味の様に言う。
「俺は単純に、気になったから訊いただけだ。アリス、教えてくれないか? 何か今日はみんなおかしいぞ」
「ごめんなさい、答えられないよ」
「お前もか。うーん、事情は分からんが、俺が邪魔ならやっぱり出掛けるよ。スーパーにでも行くか」
明日のご飯の準備もあるしな。
「あ、買い物なら私たちでやるわよ。バイトまで時間あるんだし、羽を伸ばしておきなさい」
「自分で行く方が早いんだけどな……まあ、いい。必要な物のリストまとめておくわ」
俺は買い物リストをまとめた後、外に出掛けた。病み上がりで体を冷やさぬ様に長袖を着ているが、湿気で少し蒸し暑い。まだ万全じゃない体調と、重々しい天気も相まって、俺は気分が沈んだ。
「俺だけ仲間外れなんて感じ悪いなぁー」
どうも気分がすぐれず、鉛の様な足でバイトへ向かった。
***
バイトを終わらせ、俺は家路につく。まだこそこそ何かやってるのだろうか。モヤモヤした気分で俺は家のドアを開いた。
――次の瞬間、爆発音と共に紙テープが頭にかかった。
「司! ハッピーバースデー!」
玄関で使用済みクラッカーを持ったカオリが俺を大声で祝う。ドアの両サイドには、同じくクラッカーを持った空気ズがいた。
「こりゃあ、驚いた」
今日が自分の誕生日なんてすっかり忘れていたよ。
「これだけじゃないぞ」
そう言って、チヒロは俺を食卓まで引っ張った。
「おお!」
テーブルの真ん中には、美味しそうな巨大骨付きチキンが陣取り、香ばしいフライドポテトと、みずみずしいレタスが添えられている。
テーブルばかりに注目していたが、目を離し、部屋を見ると、壁一面手作り感を残しつつも綺麗な装飾が目に留まった。
「そっか、このために皆様子が違ったのか。それにしても、料理やクラッカー、装飾の材料とか一体どうしたんだ?」
空気じゃ買い物も出来ないだろうに。その問いに答えたのはヨウコだった。
「あら、司さんったら毎日スーパーに行ってらっしゃるのに知りませんの? 世の中にはセルフレジという便利な物があるのですわ」
ああ、なるほどね。この空気共は物理法則無視して物に触れるもんね。
「皆、ありがとう。カオリも朝は変な事言ってすまなかったな」
俺はカオリの頭を撫でた。
「やめてよ。別に感謝されたくてやった訳じゃないんだから! たまたまよ。たまたま、あんたの書き損じ履歴書が見つかって誕生日知ったから企画しただけよ!」
俺がバイト応募してたのって、引っ越す前だぜ。そんなものが見付かるなんて……明日にでも掃除するか。
俺がカオリの一言で一気に現実に引き戻されたのを、彼女たちは知らない。




