俺の財布の冬と春、というか夏
「まじどうしよう」
俺が床に手をついていると、チヒロが心配してやって来た。
「どうしたんだ?」
「俺の財布に閑古鳥が住み着いたらしい。お陰で金がすぐに出ていくんだ」
「要するに金欠という事か」
「ああ」
俺が頭を抱えていると、アルゴンが申し訳無さそうな顔をして訊いてくる。
「もしかして……ボクのせいかな?」
「お前一人のせいじゃないよ」
「やっぱりボクのせいでもあるんだ……」
「アルゴンのせいというよりは空気全員のせいなんだけどな」
「あら、私は司さんに迷惑を掛けた記憶などございませんが」
ヨウコが得意顔で言う。
「嘘を吐くな。お前に一番迷惑掛けられてるんだ」
俺はヨウコの頭を軽く叩いた。
「あひん! まあ、司さんったらイケナイ人……でもそんなところもス・テ・キ……」
もうやだこいつ。顔は美人なのに……
「ほら、馬鹿な事言ってないで家事を終わらせてきたら? 今月の当番は全てアンタなんだから」
カオリがヨウコの袖を引っ張る。
「くぅー、まな板の分際で生意気な……」
ヨウコの暴言に、カオリはおでこに浮き出た血管がぴきぴきと動いていたが、見なかった事にしておくか。
「それよか、司。お金が無いなら私に提案があるわ」
「カオリがか。何か意外だな。俺の悩み事なんか一番興味無さそうだからな」
「あら、失礼ね。これでもかなり感謝してるのよ」
「感謝って、何にだよ」
「秘密よ」
カオリは赤面して目を背ける。何なんだ一体。
「それより案って?」
「それはね……ほら、私って空気だから見えない訳じゃない?」
「ああ」
「だから、上場企業の未公開情報を盗み見て、司が株取引をすればいいと思うの!」
「犯罪じゃねーかっ!」
カオリの案とはインサイダー取引そのものだった。そもそも上場企業なんてどこで覚えてきたんだよ。
「何か勘違いしてないかしら?」
「何かって何だよ?」
「私はただの空気。企業の内通者では無いからインサイダー取引には当てはまらないわよ」
「でもズルは良くないだろう」
正直、カオリの提案は甘い蜜の様だった。しかし、それに手を染めては人間の尊厳を失う気がする。
「全く、硬い男ねぇー」
「何とでも言え」
「でも生活費はどうするのよ?」
「うっ。何とかするよ」
「何とかなって無いから困ってるんじゃないの?」
ダメだ、ダメだ、カオリの悪魔の囁きに耳を傾けては。きっと現状を打開する方法があるはず。
「もしかして何とかなると思っているの?」
「悪いか?」
「甘いわ。今どきご都合主義なんてあり得ない事よ、漫画でもない限りね。七つ集めると願いを叶えるボールなんて幻想は捨てる事ね」
喋る空気のお前が言うか。
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「やっぱ株ね」
「……」
「知ってる? バレない犯罪は合法なのよ」
***
結局悪魔の誘いに乗ってしまいました。
「通帳が! 俺の通帳がっ!」
わずか数日足らず、五万円を越したこと無い口座がついに残高五億を超えました。




