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口は災いのもと3

 死期の近いエアコンが息をする音が部室に響き渡っている。

 昨日は散々だったなと竜二は憂鬱そうにつぶやく。

「情報は得たが情報以外は何も出てこねえ」

「まだ調べ始めて一日しか経っていませんよ。こんなのは何時ものことではないですか」

 そう、何時ものことだ。一日で怪異に出会えたためしなど、今まで一度もない。それにも関わらず竜二は不平を言う。

「そうは言ってもよお、俺らももう二年生だぜ? 一年間オカ研で噂調べてるワケだよ。もう少し要領よくできないもんかねえ」

「まあまあ、そうはいっても僕らはほとんど運任せなんだし、今回も運に乗るところから始めようよ」

 六朗たちのような子供が噂の真相に近づくには何よりも運が必要だ。特にオカルト研究部が調べているような如何わしいものの真相ともなれば、運の要素は何よりも重要になる。しかし、運任せだからといってただ待っているのでは状況は動かない。故に現場に出向き、情報を集めるのが一番の近道なのだ。

 それが運に乗るということだ。

「そうだな。文句を言っても始まらねえ。昨日のまとめでもしよう」

 竜二も切り替えが出来たようだ。

「とは言っても、雪乃の掴んだ情報くらいしかねえよなあ」

 雪乃の持ってきた情報とは口裂け女に遭遇したという人間から得たものだった。被害者は三人。いずれも主婦だ。よく大人に声をかけることが出来たものだと六朗は感心する。この娘は儚い見た目に反して大胆な所がある。

「被害にあった奥様方は皆、同じコミュニティに所属しているわけじゃないんだよな?」

 竜二が訊く。

「はい。お一人の方を狙って聞きました。奥様方の井戸端会議に突っ込んでいく勇気は私にはありませんしね」

 どの口が言うのだろうか。

「で、三人の内でちゃんとした証言がとれたのは二人目だけで、助川くんの証言とは一致してないんだよね」

 六朗が続く。

「そうですね。最初に聞いた方と最後に聞いた方はよく覚えていないと仰っていました。証言が得られたのは二人目の方だけです。その方によれば、口は耳まで裂けていたそうです。髪は腰まで伸びていて、身長は自分より高かった、と」

「違うのは本当に口が裂けていたってところだね。身長についてはなんともいえないって感じだ」

 口裂け女と言えば、高身長で髪が長く、そして何より口が裂けているというのが特徴だ。婦人の証言は伝承の口裂け女にかなり近い。

 容姿以外も一致してないんだよなと竜二が言う。

「ええ。因みにそれも二人目の奥様の証言だけです。他二名の奥様は声をかけられた時点で怖くなって逃げてしまったそうですよ」

「なるほどな。で、その証言によると、まず声をかけられたワケだ。そんで『私キレイ?』と訊かれた。その奥様が『キレイだと思いますよ』と言うと、『これでもか!』っつってマスクを取った、そこで奥様はポマードを連呼しながらダッシュで逃げたと」

「概ねそのような感じですね」

 六朗はこれを聞いて助川の証言を聞いたときに感じた違和感の正体に気付いた。助川の証言は口裂け女がマスクを取るまでの手順を端折っているのだ。容姿の評価を求めることなくマスクを取り、最初から素の容姿の評価を求めているというような表現だった。

「でもよ、正直これは一致していないかどうか微妙だよな。助川が説明を省略したって可能性もあるわけだろ。あんときは助川も結構興奮してたしな」

「ならもう一回聞いてみればいいんじゃない?」

「聞きにいったさ。けどもう帰宅した後だったよ。部活も休んでるらしいな。助川のヤツ、かなり怯えてるみたいだ。わざわざ明るいうちに帰っちまう位だからな。でも、そういう行動があるところを見ると、アイツの話は信憑性がある気がしてくるな。本当に口が裂けてた訳じゃなくて、傷跡だったってのもミョーにリアルな感じがする」

 六朗もそれには同意見だ。婦人の証言が伝承の口裂け女に近ければ近いほど、助川の話は現実らしく思えてくる。

「結局一致しているかいないかは判然としない、ということですね。では今日はどうしますか?」

「奥様方が被害にあったのは東口前の予備校の駐輪場付近だったんだよな?」

 ええ、と雪乃が答える。

「じゃあ予備校の駐輪場には俺が行く。お前らは東口の駐車場に向かってくれ。今日はその辺りを張ってみよう」

 作戦会議が終わると、六朗たちは青息吐息のエアコンを切り、部室を後にした。



 *



「口裂け女とは何者なのでしょうね」

 雪乃が呟く。質問している風ではない。ただ何となく呟いたようだった。

「何者って言うのはどういう意味?」

 とりあえず相槌くらいは打ってみる。

「今回のことは、人間が引き起こしているような気がします」

 そうだといいなと六朗は思う。事実、怪異の正体はほとんどが人間だ。

 六朗も不思議な出来事に遭遇したことはある。しかしその事実をそのまま飲み込んで無視できるほど大人でもない。そう。大人ではない。子供なのだ。この思いは子供の意地のようなものだ。論理も理屈も何もない。

 六朗は事件を起こすのが人間であってほしいと願っている。

 人間であれば話すことができる。鬼になった人間の話は興味深い。とても幻想的で面白い。

 死に物狂いで死に近付く人間に近付いてみたい。

 それが自分を死に近付ける行動だったとしても、子供の好奇心は止められない。

 厭世家ぶっているくせに何処までも勝手だと自分でも思う。その上悪趣味だ。人の不幸しか糧に出来ないなんて、どこまでも人でなしで厚顔無恥だと思う。こういうところも子供だ。

 しかし、雪乃も竜二もその思いは同じだと六朗は推測する。オカルト研究部はそういった人間が集まる場所なのだから。

「そうだとしたら、その人はまともじゃないね」

 どの口が言うのだろう。

「そうですね。口裂け女を演じるなんて、どんな狂人なのでしょうか」

 雪乃は心が踊っているようだ。いつもの妖しい微笑ではなく、一般的な、純粋な笑顔を見せている。

 口裂け女はその名の通り、女性である。同じ女性として何が聞けるのか、それが楽しみで仕方がないのだろう。

 大丈夫だろうか。狂人ともなればそれは危険人物とイコールだ。楽しみなのは判るが、もう少し緊張した方がいいんじゃないかと思う。

 そもそも、まともでない危険人物から話を聴けるかはわからないし、相手は刃物を所持している可能性がある。

 いくら抜け目のない雪乃と言えど、この油断は見過ごせない。

 六朗はその旨を伝える。

「私としたことが舞い上がってしまいましたね。すみません。気を引き締めます」

 そう言った雪乃の顔はまだ緩んでいる。本当に楽しみなのだろう。まだ会えると決まった訳ではないのに。


 日が暮れてきた。夕日で雪乃の顔が橙色に染まっている。昼間とは違う顔だ。ご機嫌な笑みで真っ黒な髪を揺らしている。昼間もこんな風に笑っていればいいのに。

 六朗がそんなことを考えている間にも、目的地は近づいてきているようだった。十五メートル程先の丁字路を左に曲がれば後は直進するだけだ。

 六時三十五分。この時間になると人もまばらだ。後は暗くなるのを待つばかりか。六朗はなんとなく気を引き締めてみた。

 雪乃はどうだろうと視線を動かしたとき、ハイトーンな叫び声が響く。誰がどう聴いても悲鳴だ。

「行きましょう」

 一瞬固まってしまった六朗に雪乃が声をかける。

 丁字路を曲がろうとしたとき、六朗よりも前を走っていた雪乃が飛び出してきた人物とぶつかる。

「きゃっ」

 二人はその場に倒れ込む。

 飛び出してきた人物が雪乃に抱きついた。

「雪ちゃーん!」

「いたた……夕子、ですか? 何故あなたがこんな所に? それにどうしたんです? あんな雄叫びをあげて」

 夕子は涙目だ。ロングのポニーテイルが崩れかけている。

「口裂け女! 口裂け女がでたぁ……」

 その言葉を聞いた六朗は韋駄天の如く駆けだす。

「雪乃さん、彼女をお願い」

「ちょっと六朗!」

 六朗の背中に向かって雪乃が何か言っているが聴き取れなかった。

 今回はうまく運に乗れたみたいだ。

 路地へ入ると駐車場が見えた。六朗が目を凝らすと、街頭に照らされている人影が見えた。女性だ。

 そこで六朗は速度を落とす。

 速度を落とし、歩きへと切り替える。彼女との距離は徐々に縮んでいく。

 彼女も六朗に気付いたようだ。二人は対峙する。

 顔全体を覆うような大きなマスク。

 あんな大きなマスク、どこで買うんだろう。

 六朗の頭の中に場違いな感想が浮かぶ。

 腰まである長い髪は手入れが行き届いていないのか所々跳ねている。目は狐のように細い。その細い目が弧を描いた。


 そして彼女はマスクに手をかけ——問いかける。


 ——ねえ、私綺麗?

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