エピローグ
週に二度ある屋上の解放日が設立されたのは四年前のことだ。解放当初は混雑したそうだが、今ではすっかり閑古鳥が鳴いている。
入学したての一年生は物珍しさからか利用する者も少なくはないが、数ヶ月もすれば皆飽きて足を運ばなくなる。
それでも好んで利用する人間も少数ではあるが存在する。その証拠に周りを見渡せば、ちらほらと人の姿が見られるのだ。
そんな屋上で冴木六朗は昼食を採っている。しかも一人でだ。屋上には六朗の友人は誰もいない。ただ風の奇妙な口笛とそれに合わせた談笑の声が六朗の耳に届くばかりだ。
六朗は馴れ合うこともときには必要だと考えている。否、馴れ合わなければ人間関係など成り立たないとすら思っている。では何故屋上で一人昼食をとっているのかと言えば、それは偏にこの屋上が気に入っているからというそれに尽きる。街全体を望むことは出来ないとは言え、地平線を拝むことくらいは出来るのだ。それに屋上というだけあっていい風が吹く。風にあたるのは気持ちいいものだ。
しかし、普通の人間が一人で母親手製のおにぎりを頬張っている光景のなんと侘しいことか。六朗にもそういう自覚はあるけれど、付き合ってくれる人間が周りにいないのだから仕方がない。人よりもロケーションを優先するところは以前と変わりないが、これは後遺症みたいなものだ。ただの癖である。
母さんの作るおにぎりは絶品だなと六朗が考えを巡らせたとき、屋上のドアが音を立てた。
「六朗」
透き通る美声に六朗は扉の方へ目をやる。雪乃だった。
「どうしたの? 一緒に食べる?」
「では失礼して」
雪乃は六朗の隣に腰掛ける。
「竜二が噂を聞いたそうですよ」
そっかと平時の能面で返す六朗。
なるほど部活動の連絡らしい。
論文制作は達成された。後は三週間後に行われる学祭を待つばかりである。そんなわけだから、現在、オカルト研究部は通常の活動を続けている。
「どんな噂?」
「高給バイトの噂だそうです」
胡散臭いと同時に危険な臭いもする。
「何でも死体を洗うのだとか」
「定番だね。一〇〇パーセントホラだよ」
死体洗いのアルバイト。小説を起源に持つ都市伝説である。もちろんそんなアルバイトは存在しない。死体洗いにはホルマリンに満たされたプールを使用する、というのが一般的な話の筋だ。しかし、ホルマリンの使用は中毒の危険性から規制されているし、揮発性の高いホルマリンではプール一杯に満たすことなど不可能なのである。そういった点が明らかになったことからこの都市伝説は語られなくなった。
「そうですね。しかし、語られるからには理由がありましょう」
「今回はそれを調べるわけか」
そうですと雪乃が答える。
「放課後部室で何時も通り作戦会議だそうです」
「判ったよ」
二人はしばし昼食をとる。どうやら雪乃は食事中には話さない性癖があるらしく、六朗が話を振っても、曖昧に頷いたり頭を振ったりするだけだった。
そして、雪乃は購買で買ってきたであろうサンドイッチを食べ終わると、出し抜けにこんなことを言った。
「六朗は部活が楽しいですか?」
「うん? ああ、楽しいよ」
「六朗は竜二になんて言われてオカルト研究部に入ったんですか? 私が言うのもなんですが、あれだけ胡散臭い男もいないでしょうに」
酷い言い草ではあるが、判らないでもない。
「そうだね。確か——」
——煙が立つようなヤバい話ってのは普通なら忌避すべきものであることがほとんどだよ。でもさ、そういうもんを養分にするヤツもいる訳だよ。それって多分さ、お前みたいなヤツのことだろ?
「とか何とか言われて」
「随分な言われようですね」
「まあ、間違ってはいなかったよ。だから入部したんだ」
六朗が苦笑したとき、また屋上のドアの開く音が聞こえた。今日の屋上は賑やかだ。
「おーい、お二人さん」
声の方を向くと竜二がこちらに向かってくるのが見えた。噂をすれば影がさす。
「ああ、来たんですか」
「おう、一応。雪乃にばっかり任せるのも悪いからな」
「そう考えると僕の部員としての地位って結構低いよね」
「お前に連絡係なんか出来ねえだろ」
そんなことはないよと六朗は反論した。
「携帯電話を使えない人がそれを言いますか。あなた、電源を切っているでしょう? だから私が探す羽目になるんですよ」
居場所の特定は容易ですけれど、と溜息を吐く雪乃。
「酷いなあ。二人はもっと僕に期待すべきだよ」
「まあ、情報集めに関しては期待してるよ」
嬉しい限りだ。居場所があるというのは何となく安心する。
安心したところで予鈴が鳴った。屋上で話し込むと時間を忘れてしまう。周りに時間を確認出来る物がないのだから当然だ。
「やべー! 次体育だ! お前らもさっさと片付けろ!」
六朗はおにぎりの最後の一欠片を口の中に放り込み、雪乃はサンドイッチの袋を折り畳む。三人は走って屋上を後にした。
開け放たれたドアはゆっくりと閉まっていき、最後には誰もいない屋上と人でごった返している屋内を隔てたのだった。
忌憚奇譚・完了




