口は災いのもと2-2
墓村夕子は考える。人が求める幸せには限りがないと。
人というのは例外なく貪欲だ。定期的に幸せを摂取しなければ餓死してしまう。
どんなに大きな幸福でも、消化してしまえばなくなってしまったのと同じことで、それは現在の自分にとって何の意味もなさなくなる。そして人は再び幸福を摂取するために努力をする。その繰り返し。このサイクルで人は生きているのだ。
不幸や苦労ばかり摂取している人はタバコだけを吸って生活しているようなものだ。不摂生が祟り、病気になり、最後には苦しんで死んでしまう。不幸や苦労なんてなければないだけ良いものなのだ。
とは言え、普通の人は幸も不幸も適度に摂取して生きているのだろう。それが一番健全だ。
幸福だけを摂りながら生きている人間なんて存在しないし、そんな人間はあり得ない。もしもそんな不条理が存在したなら、そいつは間違いなく狂っている。不自然だ。理不尽だ。
では、不幸ばかり摂っている人はどうだろう。産まれた頃から不幸ばかり摂っている人はいるのだろうか。幸福だけ摂って生きている人よりは現実的な気がする。生まれながらにして親に愛されていない子供も最近では珍しくない。そういった子供は成長してからも苦労するし不幸も多いだろう。負の連鎖は続くものだ。こちらは不自然ではない。不自然ではないがやはり理不尽だ。理不尽は変わらない。
ならばやはり不幸や苦労は極力避けるべきだ。どうせ同じく理不尽なら幸せな方がいいに決まっている。
夕子は改めてそう思った。
「そうして私は楽な方へと逃げるのです。逃げるが勝ちってね」
何時ものように部活をサボタージュし、何時もの公園で、何時ものベンチに座り、何時もの缶ジュースを飲み、そして何時も通りつまらないことを考える。
夕子にとっての日常はまだ続いていた。
しかし、そろそろ非日常が転がり込んできてもいい頃だ。
今日はあのだらしのないオカルト研究部の部長に助川を紹介した。自分が立会人となり、口裂け女の事を伝えた。
話を伝える際、なんだか自分の方が興奮してしまって話を少し省略してしまったが、多分大丈夫だろうと思う。大まかな話さえ掴んでくれればオカルト研究部は問題なく動くだろう。助川も興奮気味でうまく説明できたかは怪しいところだが、口裂け女の容姿については詳しく説明できていたのでそこも問題はない。
あとは夕子自身がどうやって入り込んでいくかだ。
雪乃がいる限り、オカルト研究部と一緒に調べるというわけにはいかない。雪乃は怒ると怖い。夕子は身も凍るような経験を何度もしている。
雪乃は出来るだけ刺激したくない。ならば答えは一つ。自分で勝手に噂の中に飛び込めば良い。
その流れでオカルト研究部とバッティングすればミッションクリアだ。
同じ噂を同じ場所で調べていればぶつかる確率は高いだろう。確か助川は仙台駅東口の駐車場で襲われたと言っていた。
先ずはその辺りを調べてみることにしよう。
と、さっそく行くかと息巻いたところで胃袋が空腹を告げる。
「ま、明日でいいか。幸せ云々の前にご飯食べなきゃ生きていけないしね」
夕子はベンチから立ち上がると、家路を急ぐ。
遠くに見える燃えるような夕日が町の影を伸ばした。




