口は災いのもと1
週に二度ある屋上の解放日が設立されたのは四年前のことだ。解放当初は混雑したそうだが、今ではすっかり閑古鳥が鳴いている。
入学したての一年生は物珍しさからか利用する者も少なくはないが、数ヶ月もすれば皆飽きて足を運ばなくなる。とは言え、それでも好んで利用する人間も少数ではあるが存在する。しかし、猛暑日の続く今年の夏ばかりはその少数派も影を潜めているようだ。
そんな太陽の近い屋上で冴木六朗は昼食を採っている。しかも一人だ。屋上には誰もいないし、風の音も聴こえない。アブラゼミだけがダミ声で歌っている。本当に六朗一人だけだ。
六朗は、少し言葉は悪いが、人と馴れ合うことが出来ない。「馴れ合わない」のではない。「馴れ合えない」のだ。クラス内で孤立している訳でもないし、友人がいない訳でもない。しかし六朗は友人たちとの距離を一定に保たずにはいられない。身体的な距離も精神的な距離も、ある一定でなければ落ち着かないのだ。
踏み込まないし、踏み込ませない。人ごみは嫌いだし、騒がしいのも苦手だ。故に昼休みの喧噪から逃れたかった六朗にとってこの獄炎の屋上はパライソも同然なのだ。
しかし、奇特な人間が一人で母親お手製のおにぎりを頬張っている光景のなんと侘しいことか。六朗自身にその自覚がないのが唯一の救いだろう。
母さんの作るおにぎりは絶品だなと六朗が考えを巡らせた時、屋上のドアが音を立てた。
「こんな所にいたんですね」
透き通る美声に六朗は扉の方へ目をやる。綺麗な艶のあるロングの黒髪に白い肌。さながら雪女のような女生徒がそこには立っていた。雪女は続ける。
「探しましたよ。まさかこんな場所にいるなんて。正気ですか? 熱中症で死んでしまいますよ」
「こんにちは、雪乃さん。よく僕がここにいるってわかったね」
「あなたのクラスの岩瀬くんに聞いたのです。話があるので中に入っていただけますか? ここでは溶けてしまいます」
馬鹿丁寧な雪女、世咲雪乃は死にそうな顔をしながら弱々しく手招きをする。六朗は何も言わずに付いていく。
二人は屋上と三階を繋ぐ踊り場まで移動した。獄炎からは抜け出したものの、茹だる暑さに違いはなかった。
「ここも暑いですね。まあいいでしょう。早速ですが本題に入らせていただきます」
雪乃は六朗を見据える。
「部活の連絡?」
「そうです。噂を手に入れました。放課後に詳しい情報を集めますので、今のうちに伝えておこうと思いまして」
部活。この私立森ノ宮学園高等学校には多種多様な部活動が存在する。所謂サークル活動というものも認められており、県内では部活動数最多を誇る学校なのだ。
人数が三名に満たない場合は廃部。六名に満たない場合はサークル扱いとなる。
運動部に関しては競技の必要人数に満たなければサークル扱いとなる。六朗と雪乃が所属しているのは、総部員数三名の弱小サークルである「オカルト研究部」だ。「部」とつくのは、先代の部員が七名いた頃の名残りである。六朗たちの入学と同時に卒業してしまったので、現在のオカルト研究部は先輩の顔を知らない。
雪乃は丁寧に続ける。
「どうやら口裂け女が出たようなのです。一年生の間でまことしやかに囁かれているらしいですよ」
「口裂け女って、あの包丁もって追いかけてくるヤツ? なんか話が古くない?」
口裂け女と言えば四十年も昔の都市伝説だ。かなり息の長い伝説ではあったが、ひきこさんやカシマレイコといった新しい伝説が台頭して以来語られなることはなくなった。なぜ今更。意味が分からない。六朗は首を傾げる。
「古い伝説が今になって蘇ったということにはそれなりの理由があるはずです。私たちとしては調べないわけにはいかないでしょう」
「なるほどね。判った。放課後は部室に行けばいい?」
「そうしてください。まずは部室で作戦会議です」
雪乃の言葉が終わると同時に五限目の始業を告げるチャイムが鳴る。六朗は天を仰いだ。
「あー、遅刻だね。これは」
目を戻すと雪乃はすでに階段を降り始めていた。