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「それを使うなぁ!」
突然の出来事でつい叫んでしまう。
倒れていた出丘が目を覚ましたのか、右手で椋の足をつかんできた。異常なほどの握力で。
ギリッと足に結構な痛みが襲いかかる。
急いで『光輪の加護』を起動しなおし、最後の足の光輪を消費して出丘から逃れる。
動けない相手に対して、少し警戒しすぎなのかもしれないが、だがさっきの言葉になぜか全身が震えてしまったのだ。
「黙ってろ、下衆野郎!」
「下衆は酷いな…せめて悪魔って呼んでくれよ…。」
いつも通りの口調に戻った出丘が椋に言う。
距離を置いているため、安心して出丘の能力を見ることができる。
結晶からだんだんと水色の光が放たれ、椋の右手にだんだんと集まっていく。
寝そべっている出丘にもその光は見えるのか、目を閉じあきらめたような顔をしている。
集まった水色の光は30センチほどの大きさにまで凝縮され、あるおもちゃを形成していく。
椋でもそれを見て、出丘を少々哀れんでしまうようなものだった。
いや、見た目で判断してはいけないのかもしれない。もしかしたらものすごい力が隠されているのかもしれないのだ。
ハンマーの形をした、柔らかく、物をたたく部分は赤く(手元にあるものは水色をしているが)たたけばピコピコ音を鳴らすあれだ。
フールですら少々驚きの表情を浮かべている。
「ピコハン…だと…。」
思わず声に出してしまった。
「やめろ…やめろ止めろヤメロ止めろ止めろ!」
出丘が叫びをあげる。動かせない体を必死に動かし悶えている。
その様子を見た椋が一度離れたにもかかわらず、再び出丘に向かい歩き出す。
出丘の頭の前までたどり着くと、その場でしゃがみこみ出丘の頭をピコハンで攻撃をする。ピコハンに1と表示される。
「別に何でもいいじゃないか…。能力なんてものはさ。」
ピコピコと音を鳴らしながらその攻撃を続けた。
「オマエはこんな能力とか思ってたのかもしれない。でもさ、それはきっとお前が望んで得た能力なんだろ?なんでもっと自信を持てないんだ…。」
ピコピコピコピコとハンマーから音が鳴り続ける。数字は78を示していた。
「オマエに…お前に何がわかる…。」
出丘の顔にどんどんと涙に歪んでいく。
「わかるよ…。似たようなもんだったさ。でもな、オマエがやったことは決して許されることじゃない。お前がどんな人生を歩んでいようと知ったこっちゃない、でも目的のために関係ない人に危害を加えるのは間違ってる。例え自分が直接手を下していなかったとしても、だ!」
そういって何度もピコハンをたたき続けた。
「教えてあげるよ。それは『勿忘槌』数字が100に達すると、たたかれたものの記憶を1か月分完全に忘れさせる能力だよ。次にもう一度たたくまで、絶対に思い出せないという条件付きのね。」
数字は出丘にも見えているのだろう。表示は99を示していた。
先程のような開き直りではなく、吹っ切れたような感じだった。
「僕は……僕は間違ってたのか…?」
「それを決めるのは俺じゃない。お前自身だ。これからどうにでもなるさ。」
「まぁ、一か月前の僕はこの能力が嫌いだからね、おもいだすことはないさ。」
自分を皮肉ったような言葉を発したのち、椋の最後の一撃を受け、出丘そのまま気絶した。
それと同時に、水色のピコハンが再び光に戻り出丘の中に戻っていく。
出丘の話が本当ならば、これまでの椋がかかわったすべての事件の記憶を失ったはずだ。
《悪魔》についてはフールが対処済みらしい。
とりあえず出丘をおぶって下までおろし、廃ビルの入り口付近にそっと寝かせる。
痛む背中を意識しながらそのまま1時間近くかけて、再びあの病院に戻るのだった。




