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真琴には気になることが一つあった。
椋のことも考えて、気兼ねなく接するように言う。
「アンタ確か天然結晶は持ってるんだったよね?見せてくれたりしない?」
「構わないけど…見ても何も変わらないと思うよ。」
椋が少し卑屈気味に言う。
「いいから。見たいのはちょっと理由があるの。アタシの眼をなめないでくれる?」
(やっぱりそうなのか。)
と椋は思う。
先ほどからの真琴の会話を聞く限り、不思議な点があった。
まず、エネルギーの流れが見えたと言っていたこと。能力を使えないから、見えないものだと思い込んでいたが、これまでの人生で、そんなエネルギーの話を一度も聞いたことがない。沙希に能力の使い方を習おうとしたときに聞いててもおかしくないはずだ。
そして、そのエネルギーが椋の体内に残っていたことを、どうやって知ったのか。
椋に導き出せた答えはひとつだ。
椋は自分の灰色のパジャマのボタンに手をかけ、上から順に外していく。
3つめのボタンをはずしたところで、胸元に右手を突っ込み、ゆっくりとそれを引っ張り上げる。
出てきた物はシルバーのチェーンである。ゆっくりと引き抜いていくと、チェーンのたもとには、小さな指輪がぶら下がっていた。この指輪もシルバー製であろうか。
椋は首の後ろに手を回してチェーンをはずし、それを真琴に差し出す。
それを見て真琴は軽くではあるが、驚きを覚えた。
指輪の先についている結晶に色がついていないのである。
街を歩けば、子供が天然結晶を加工した装飾品をつけているのを普通に見かけるが、その中でも、透明というのは見たことがなかった。
現に真琴の結晶はエメラルドグリーンのような色をしている。
色が何に関連するかなどはいまいちわからないが、真琴はその透明の結晶に吸い込まれるように見入ってしまう。
「アンタ…これ……。」
真琴が何に反応しているのかいまいちわからない椋は、とりあえず首を横に傾ける。
椋にはこの透明な結晶のレアさがわかっていないようだった。
正直言うともっと眺めていたかったが、そろそろ本題に入らないといけない。
真琴が目をゆっくりと閉じ、左手首についているバングルの下あたりを右手で抑えながら、ゆっくりと深呼吸する。バングルから、少し淡い緑色の光がファっと広がる。
『可視化の片眼鏡!』
ゆっくりとそう呟くと緑の光がすべて真琴の左眼に集まっていくように見える。
能力の発動をこんなにゆっくり、間近で見ることなんてほとんどないため、すごく神秘的に見える。
スッっと発光現象が止まると、真琴の眼がゆっくりと開いた。
左目には先ほどまで存在していなかった、フレームの色が緑のモノクルが装着されている。
彼女の能力は現出系視覚拡張だ。
いつ度となく真剣なまなざしで、先ほど渡した、椋の天然結晶を眺めている。
いや観察といったほうが正しいか。
2分ほど様々な角度から観察した後、ピクッっと眉が動いたかと思うと、クイッっとモノクルを上にあげる。
支えがないはずなのに浮いてるところからして、重力を無視しているみたいだ。
(なんか…カッケェ!)
と心の底から思う。
少しテンションが上がる椋を見て、真琴が深いため息をつく。
「あまりいいもんでもないわよ。とにかく目が疲れるし、昨日みたいな大規模なエネルギーの流れが起きたら誘発されて強制的に発動しちゃうし。」
「てことは、昨日の夜も誘発されるくらい大規模なものだったの?」
「大規模なんてものじゃないわよ、これまでアタシが見てきたのに比べれば、あれは…そうね…爆竹とダイナマイトくらいの差はあるわね。」
なんという微妙なたとえだろうか…。理解できないわけではないのであえて突っ込み入れない。
それが優しさというものである。
話が脱線しかけているので無理やり軌道修正する。
「で、何か分かった?」
真琴からネックレスを返してもらい、一応聞いてみる。
少女は頭を振っていた。
「だめね。やっぱりこの結晶から能力が放たれた形跡はない。」
「まぁそんなことだろうとは思ってけどね。」
苦笑いしながら、椋もそのことを受け止める。
結局何もわからず終いではあったが、その後もしばらく真琴とのおしゃべりに耽っていた。
どのくらいの時間話していたのであろうか?
気が付いたらとっくに日が暮れているほどだった。
結果はどうあれ、今日は一日楽しかった。沙希以外の人とまともに話をしたのは久しぶりな気がする。
明日には退院してしまうわけだが、すっきりした気持ちで明日を迎えることができそうだな、と思う。
柊真琴。また会えるといいな、などと考えながら、ゆっくりと暖かく優しいベッドに沈み込み、深い眠りにつくのであった。