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そのままどれほどその場にとどまっただろうか、とても小さくだが周囲から情事を重ねる声が聞こえてくる。
周囲から同じ声が何度も響いてくる。沙希は手を握ったままだったが、この状況ではさすがに恥ずかしかったようで、ベンチから立ち上がり、急いで公園を後にした。
松葉づえであまりスピードが出ない椋、周りから見たら確実に「ちょっかい出そうとして失敗し逃げられたかわいそうな奴」にしか見えないだろう構図だった。
実際はそんなことはなく公園の出入り口で沙希は椋のことを待ってくれていた。
「あそこが…その…そういうところだって…本当だったんだね…。」
とあくまでも噂程度と思っていたらしく彼女は顔を赤くしながら、椋にいった。
しかしこの場合どういう風に返事したら良いのか。
しかも相手は異性である。けれどここで返事をしなかったら逆に彼女にだけ恥ずかしい発言をさせたみたいで、悪い気しかしない。ここで下手な発言をしてしまったら更に状況を悪化させてしまうかもしれないという、なんだか板挟み状態になってしまっている。
「そ…そうみたいだね……ハ…ハハハ…」
と半ば無理がある作り笑いと適当な返事をすることしか椋にはできなかった。
家から公園はそれほど離れていないため松葉づえを突きながらでも5分と掛からないはずだ。
沙希の家は椋の家より少々奥にあるため、彼女の家の前まで送ることにする。
沙希はいいと言っていたが、流石に女の子を夜一人で歩かせるわけにはいかない。
もう完全に暗くなってしまい、街灯を頼りに歩く二人。もう10メートルほど先には彼女の家がある。
「じゃあ椋!私はもうここでいいや!さっき公園で言ったこと絶対忘れないでね!」
そういうと彼女は暗い道を結構な速度で走り、家の門をくぐって行った。
一人暗い道に取り残された椋はしばらくその場に立ちつくし、先ほどの沙希の言葉を頭の中で反復させる。
(私に頼ってよ…、か…。)
自分が彼女を心配してるのと同じように、彼女も自分のことを心配してくれているのだ。
(お互いを心配し合える人がいるってことはとっても幸せなことなんだよな…。)
そう思いながら、ゆっくりと踵を返し、自宅の方に向かって杖を突く。
(俺が沙希にしてることは本当に彼女のためになってるのか…?)
あの彼女の言葉にはそう思わせる節があったような気がする。
そんなことをずっと考えながら、帰路に着くのであった。
第5章 語られる真実 終




