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 すっかり忘れ去られていた椋は、沙希からの連絡を受け松葉づえを突きながら真琴の病室に向かう。

 いくら時代が進歩しても旧世代のまま形をとどめているものは結構多い。

 松葉づえもその一つだ。デザイン性、機能性を求めたものはあれど、普通のものも決して消えることはない。傘なんかそれの代表格みたいなものである。


 何の呼び出しかわからないが、無視する義理もないのでとりあえず行ってみることにする。

 カツッ、カツッと廊下に音を響かせながら、不器用に杖を突く。動きづらくもどかしいが、文句を言っても怪我は治らないので、地道に廊下を進む。

 

 ようやく4階の真琴の部屋の前に到着し、扉に付いている黒いボタンを押しこみ、扉をスライドさせる。

 再び不器用な歩みを進め、室内に入る。沙希、真琴、優奈の3人が部屋の奥のテーブルセットに腰を掛けている。

 椋は空いている沙希の隣のイスに腰掛ける。

 真琴が少々の気まずさが残った表情で椋に先程までの話をする。 

 出丘宗のこと、その能力についてもだ。


 椋が拳がギュッと握りしめる。


 「つまりはそのネズミ算を止めないとこれからも意思が欠如したやつが誰かを襲うかもしれないってことか…。」

 「そういうことになるわね。けどそう簡単にいかないのも現実」


 真琴が少し苦そうな顔で言う。


 「そいつは《悪魔》の正の能力者って言ってたよな?」


 椋の確認に真琴が首肯し、沙希が不思議そうな顔でこちらを覗き込む。


 「そういう事情はさ、当事者に聞くのが一番だろ?いくぞ!『移り気な旅人』(カプリシャス・フール)!」


 真琴の病室を金色の光が染め、一点に集中していく。

 黒いテーブルの上にだんだんと人の形を形成していき、フールがこちらに召喚される。


 小人を見つめる3人に沈黙が訪れる。

 沙希、優奈の二人は未知の生物を見るような視線を注いでいる。

 が、残る一人は違った。


 「………か…可愛い……」


 真琴は机の上に立つ小人を〝お人形さん〟のように抱きかかえ、その小さい体に頬ずりをしている。


 「何この子可愛い!この小さいけど王冠つけちゃってるところとか超可愛い!このフニフ二のほっぺたも可愛い!ああぁ!ほんと可愛い!」


 こんなことがいつまで続くのだろうかと、ほかの3人は冷たい視線を送り続けた。

 

 「あぅ!あぅ!やぁめろぉ!はぁなせぇ…!」


 とフールの必死の抵抗虚しく、真琴には一切聞いてもらえない。

 フールはこちら側に出てきたら、少し感情が豊かになるようで、いつもより柔らかしゃべり方をする。

 

 何分くらい経っただろうか。真琴がついに周りの視線に気が付き、我を取り戻す。

 フールの方は全身が青ざめて真琴の手の上でぐったりしている。

 真琴がかなり焦っている様子で、必死に弁解を図る。


 「違うの!これは罠なの!陰謀よ!」


 この状況においてどれが罠でどれが陰謀なのだろうか。

 

 そんなことを気にしていたら話が進まないので、真琴からフールを保護し、ゆっくりとテーブルの上に帰す。


 「紹介するよ。こいつはフール、俺の中の《愚者》だ。」

 「我が《愚者》だ。以後よろしく頼む…。」


 沙希と優奈に対しては頭を下げたフールだが、真琴に対してはそっぽを向きツンツンとした態度をとる。

 フールはまだ知らない。この行動のせいで再び頬ずり地獄に合うことになるなんて。

 



 

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