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『光輪の加護』には一つ制約がある。
発動時、行動を起こす前に能力を使うか使わないかを選択ななければならない。
使うと選択した場合はその行動後に何があっても能力が発動する。空ぶっても能力は発動したことになり、光輪は1つ消費されてしまう。
逆に使わないと選択すると、その行動中には何があっても発動しない。
1つ1つの行動に、選択~行動~発動という絶対の順序が存在する。
つまりは行動の途中で能力のオン・オフを切り替えることができないのだ。
椋はもう一人の自分に向かい大きく手を振りかぶり、能力を使わずに殴り掛かる。
もう一人の椋は、能力を使い左足で大きく後ろに跳び、距離を取る。
お互いの距離は20メートルほどだろうか。二人がジリッとにらみ合う。
椋はこの勝負はフェイントの掛け合いになると予想していた。
どちらが先に光輪を使い切ってしまうか、そこが勝負の分かれ目になるのだ。
相手は現在、右手、右足、左足それぞれ一回ずつ光輪を消費している。
自分は左足の光輪を二つ消費している。
現状では一応自分の方が消費した光輪の数は少ないが、こんな差はすぐに埋まってしまう。
どれだけ相手をだまし、相手に騙されないかが勝負の決め手なのだから。
暫くの沈黙が続いたのち、再びこちらから仕掛ける。
もう一人の自分に向かって走り出す。向こうもそれに合わせるかのようにこちらに向かって走ってきた。
お互いの距離が10メートルほどまで接近してきたころ、もう一人の自分が椋の視界から消える。
殺気が混じっているような人の気配を背後から感じたので、急いで右足で踏み込み能力を使い、背後の気配から距離を取ろうとする。
先程の位置から15メートルほど跳んだだろうか、相手の状況を確認しようと振り返ったが、その時にはもう遅かった。
視界を何かに覆われる。手だ、人間の手が椋の顔面を覆っている。
もう一人の自分に頭を右手で鷲掴みにされて、勢いのままに後頭部から地面に叩き付けられる。
声が出ないほどの衝撃が全身に走る。
幸い右手に能力はかかっていなかったようで、頭がつぶれるといったグロテスクな事件は起きずに済んだ。
しかし、目の前には左手を大っきく振りかぶっている自分の姿がある。
素早く左に転がり追撃を避ける。再び地面に大きな穴が穿たれるが気にしていられる状況ではなかった。
転がった時の勢いを使い、中腰になりながら相手の方を見据える。
脳を揺さぶられたせいで、中腰でいるいるのがやっとだ。視界がぼやけ、きっと立ち上がれば足元がおぼつかなくなるだろう。
もう一人の自分が、軽く舌打ちをし、こちらに向き直る。
椋はふらつく体に鞭を打ち、ゆっくりと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる自分に向かって大きく一歩踏み込んだ。




