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もう一人の椋は何かを呟くように口を動かす。
彼の全身を少し鈍い色の光が包み込む。
その光は四肢に分かれ、それぞれに3つずつの輪を作る。
(『光輪の加護』?でも…あれは《愚者》の力のはず…もしあれが俺のコピーなんだとしたら、中の《愚者》までもコピーできるのか?)
そう考えていると、脳内に《愚者》の声が響く。
『あれの中に我はいない。』
(じゃぁ…あれはいったいなんなんだ?中にフールのコピーがいないのなら、どうして『光輪の加護』を使えるんだ?)
『あれはオマエ本来の能力だ。』
突然の《愚者》の発言に驚愕してしまう。
(フール。君自身が『光輪の加護』は《愚者》としての能力といったんじゃないか。)
と冷静に《愚者》に帰すが、愚者から帰ってきた答えは予想を反するものだった。
『我がいつあのもう一人のオマエが使う『光輪の加護』がオマエ本来の能力といった?』
椋の頭の処理がついに追いつかなくなった。
(いったいどういう事なんだ?さっぱりわからないんだが…)
椋の疑問の答えは《愚者》からは返ってこなかった。
『とりあえず後だ…来るぞ!』
いつもより張りのある声で椋の注意を敵に向けさせる。
能力は使わずこちらに向かってきたもう一人の椋は、大きく右手を振りかざし殴り掛かってくる。
「『光輪の加護』!!」
叫び展開される輪を確認する前に左足を使って後ろに跳び、攻撃を回避する。
大きく後ろに跳躍した椋は一瞬呆気にとられてしまう。
後ろに跳んだはずの椋の目の前には、すでにもう一人の椋が空中で拳を構えている。
(まずいッ……!)
と続いて右足を使い急いでよけようとするが、先程の跳躍時の姿勢が悪かったせいか、足を滑らし後ろに体勢を崩してしまう。
「うぁッ」
と背中を地面につけてしまい、血の気が引いていくような感覚が全身に走る。
しかし、この転倒は結果として椋を救うことになった。
向こうは空中で拳を構えていたためか正確な狙いが定まらず、椋の股の隙間にその拳が襲いかかる。
ただ地面に拳がぶつかっただけなのだ。だがその一撃は固く冷たい床に大きな穴を穿つ。
自分が振るっていた力にこれほどの威力があるのかと、今更ながら実感してしまう。
椋は目の前の拳で地面に穴をあけているもう一人の椋を左足で蹴り飛ばし、同時に『光輪の加護』を使用し、いったん距離を話す。
これまでそんなに戦闘経験を積んだわけではないが、自分と戦うという経験は当たり前ながら一切なかった。
使われる立場になってわかる、我ながら結構面倒な能力だ。
一度しっかりと体勢を建て直し、もう一人の自分と向き合う。
向こうの『光輪の加護』はまだ右足と右手がひとつずつ消費されているだけだ。
なぜか向こうは今の自分より『光輪の加護』を使いこなしている様な気がするが、そんなことを気にしている場合ではない。
今度はこちらから攻めると決め、もう一人の自分が立ち上がるのに合わせるかのように右足で一歩踏み込み相手の懐へ飛び込んで行った。




