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今日の歴史の授業はそんなことを話してたな、などと思いつつ、今日も帰路に着く。
椋は最終登校日で、しばらく小林達に合わないでいいと思えるだけで、少しだけ足取りが軽くはなっていた。しかし周りの誰が見てもその顔色はいいものとは言えなかった。結局は何も解決していないからである。
「もうっ!椋ったら…私と帰ってる時くらいそんな暗い顔しないでほしいなぁ…」
と前を歩いていた少女、七瀬沙希が黒いツインテールを揺らしながら踵を返し、グイッっと顔を近づけてきた。
「おい沙希、近いよ…」
と微笑しながら、軽く受け流す椋であったが、態度とは裏腹に心臓の鼓動は早くなるばかりである。
「べっつに、幼馴染なんだし、気にすることないじゃん。え?それともなに?椋まさか?」
と妙ににやにやしながら、椋の顔との距離を2センチほどまで近づける。
(こいつ…気づいてるのか?)
などと、内心ドギマギし顔を真っ赤にしつつ、沙希から目線をそらすのであった。
七瀬沙希は俺の、唯一といっても過言ではない、真に信頼できる友人である。
容姿は整っているし、文武両道だし、能力を使うのも周りのみんなよりずば抜けてうまい。何よりこんな俺に出さえ何の気兼ねもなく話しかけ、一緒に下校してくれるのである。
ほかの仲のいい女子たちから、やめときなと忠告されたこともあったが、彼女は
「これは私の意思なの、あなたたちに口を挟まれる筋合いはないわ。」
と、固く突き放したのだ。
ゆえに最近あまり女子との仲がよろしくない。現に今でも周りを歩いている女子がちらちらとこちらの様子をうかがってくる。
「沙希さぁ…ほんとにこれでよかったのかよ…」
「これって?あぁほかの女の子のこと?」
「別に、な…沙希までほかの女子と対立することなかったのに…」
「対立なんかじゃないわよ…ただ私は向こうに腹が立ってるだけ…。」
少しムッと頬を膨らませながら、再び前を向き、ゆっくりと歩き始めた。
「なんでも周りのやつに合わせて行動しちゃってさ…自分の意見を前に出そうともしない。ああいう自分だけがカワイイってやつ見てるとなんかムカムカするのよね。」
と言い、沙希のゆっくりとした歩調がだんだん加速していく。
自分で言うのもなんだが、椋も沙希の言いたいことがわからないでもない。
結局は自分が一番なのだ。誰も自分から進んで危害を加えられることを望んだりしない。
「あぁ…まぁあいつ等にしちゃ、俺なんかかばっても何の得もないからな。」
と椋には少し自嘲気味な笑みを浮かべる事しかできなかった。
「なんにせよ今日で登校日は終わりだ。小林達の顔を見る事もないだろ。」
確かに、もうあんな奴らとかかわる事もなくなるだろう。
「まぁそうだね…。」
「安心しろって、俺だっていつまでも黙ってるわけじゃないって。」
嘘だ。ニッっと無理に笑いを作りながら続ける。
「能力なんて関係ない。いつかきっつい仕返ししてやるんだ。」
これも大嘘だ。いくら中学生といっても相手は能力を使えるのだ。冷静に考えれば力の差は歴然としている。これが高校に入っても続くと考えるだけで、背中に悪寒が走る。
しかし、先の会話に一つだけ真実がある。これから先、椋は誰とも顔を合わすことがないと確信していた。沙希も含めて、である。
もう椋は決心していたのだ。