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19

 

 ぶつかったのは人であった。


 しかも京子のよく知っている。自分の息子なのだから。


 「………………」


 椋が無言のまま病室のドアを塞いでいる。

 京子にとってこれは決定的だった。

 テーブルセットから出入り口までは約5mほどあったはずだ。

 先に歩き出したのは京子だった。追いつかれたのに気が付かないわけがない。

 

 あるとしたら答えは一つだけだった。


 「これが俺の能力だよ…。母さん…」

 

 これまでの自分の愚行がすべて涙となってあふれてくるようだった。

 嬉し涙ではない、後悔の涙だ。

 京子は可能性というものを捨てていた。

 ナチュラルスキルが目覚めるタイミングは個人によって違う。

 それなのに、自分はもうあきらめていた。

 そして、それを理由に息子にあたっていた。

 最終的に本当に自分の子なのかと思えてくるほどだった。

 それがどれだけ愚かなことか、今になってわかった。

 

 しゃがみこみ、大声を上げながら泣いてしまう。


 「…………ごめんなさいっ…ごめんなさい…ごめんなさい…」


 京子の口からはもうその言葉しか出てこない。

 聞いている側もたまらない光景だった。

 母がこんな姿を自分に晒している。初めて見る母の涙。これまでの経緯がどうあろうと、放っておけるものではない。

 

 京子の背中をさすりながら、彼女をイスに座らせ、落ち着けるようにと自販機で暖かいココアを買い、京子に渡す。

 だいぶ落ち着いたのか、もう涙は止まっている。

 しかし顔を上げることはない。向こうからしたらあげられないのだろう。

 

 椋は母親に冷たくされていることを、悲しく、虚しく思ったことはあるが、決して恨んだことはない。

 彼女のおかげで今こうして生きているのだ。彼女は親としての最低限の義務は果たしていた。


 「俺は母さんを恨んでなんかいない。母さんがいたから学校にも行けた、ごはんだって食べることができた、生きていく上で不自由を感じた事なんてほとんどなかった。俺に母さんを恨む権利があるわけがない」


 椋はそれだけ言うと、京子の手を握り続けた。


 「……………」


 京子の口から言葉が発せられることはなかった。

 彼女の喉には罪悪感という塊が詰まっているのだろう。

 そう感じた椋は、胸元の天然結晶を取り出し、京子の前に置く。


 「母さんは一つだけ勘違いをしている。俺はまだナチュラルスキルなんて持っていない」

 

 その言葉に京子の肩がビクッと震え、うつむいたままその指輪を手に取る。

 そして、京子はすぐに気が付く。息子の天然結晶の変化に。


 「あなた…これ…」


 小さく、ギリギリ聞き取れるほどの音量で京子が驚きの声音を見せた。

 椋の結晶にはまるで星空のように金色の粒がちりばめられている。

 

 「いろいろあってね…。経緯は今度話すよ。それより、その中にいる、俺の友達を紹介したいんだ」


 その言葉を聞いた途端、京子が指輪をテーブルの上にぱっと投げる。


 「な…中に?いったいどういう…」


 彼女がセリフを言い終わる前に、椋がつぶやく。

 

 「『移り気な旅人』(カプリシャス・フール)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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