18
ほんの数分後に椋の病室の自動ドアが横にスライドし、ヒールのカツカツという音が聞こえてくる。
その足音には少々の苛立ちが見られ、椋に少しの緊張が走る。
椋は病室にあったテーブルセットに腰を掛けていた。
さっと立ち上がり、京子を自分の向かい側の席に誘導する。
母親とこういう風に対面したのはかなり久しぶりな気がする。
「怪我の調子はどうなの?」
と京子から出た、椋にとっては少し意外な言葉に少々戸惑ってしまう。
「ああ…あとは腕の傷がくっつくのを待つだけだよ。退院までもそんなに時間はかからないと思う」
単なる社交辞令に過ぎない返答だが、ほとんどは真実だ。
「そうですか」
と簡単な返事が返ってきた後、少しの沈黙が訪れる。
先に口を開いたのは、京子の方であった。
「あなたが別の学校に行きたい理由がわからないわけではありません。ですが、その場合お金はどうするのですか?今の進学先ならば、少々の伝手があります。学費の面でもある程度は向こうが工面してくれます。お金を払うのは私なんですよ?」
この質問は予想通りであった。ある程度はシュミレーション的なことをしてきたのだ。
「俺が行こうとしている学校は国立花車学園。学費は必要ない…はず」
とまっすぐに京子の眼を見れないため、京子の口元を見ながらいう。
椋の発言は彼女のポーカーフェイスを崩すには十分なものだった。
彼女の顔には戸惑いの表情が浮かんでいる。
京子も教育関係者だ。現代でなら一番有名といってもいい花学を知らないわけがなかった。
「あなた、自分が言っていることが分かっているの?」
ここだけは、京子の眼を見て、真剣な顔で言う。
「もちろんだよ。そうじゃないと母さんをこんなところに呼んだりしない」
この言葉に、京子も察するところがあったのだろう。
「あなた…まさか…」
彼女の表情は驚愕へと変わっていく。椋はただ首を縦に振るだけだった。
「ふざけないで!!何を今更……」
そういってイスから立ち上がり出口に向かって早足で歩き出す。
これは京子が自分に向かって放った言葉でもあった。
もう椋に能力が現れるのをあきらめ、時にはきつく当たった時もあったくらいだ。
これまでの自分の愚行がどうしても許せなかった。
今になってそれに気が付いてしまう。
もし、本当に椋に能力が現れたのなら、京子はこれからどうやって椋に接したらいいのか、そもそもそこが分からなくなっていしまっていたのだ。
京子はうつむいたままその歩みを進める。
「『光輪の加護』!」
京子は後ろから自分の息子が何か言ったような気がしたが、いまはそんなこと気にしている場合ではない。
もう彼に合わせる顔がない。
目を潤ませながらすたすたと歩くが、彼女が病室を出ることはなかった。
入口付近で何かにぶつかってしまう。
その反動で手元に提げていたバッグを床に落としてしまうが、京子がそれを拾うことはなかった。




