17
会場の空気が緊張に包まれる。
村本の気迫に押されているのだ。
「これらの7つの人工結晶は七罪結晶と呼ばれ、人工結晶唯一の召喚系結晶だ」
村本の淡々たる説明に、蒼龍の正の《星》、成瀬が食い付く。
「人工結晶で召喚系能力を使えるなんて話聞いたことがありません!」
「しかし、現に存在するのだ」
村本は淡々とOLを操作し、幾つかの画像を会議室に送り出す。表示された画像の一枚を見た者は納得せざるを得なかっただろう。
なぜならそこに写るのは、玄武寮一年、黒崎泥雲。朱雀寮二年、今井堂田。白虎寮三年、白鳥旭陽のパーソナルファイルと共に、各々が操る漆黒の召喚獣の姿だったからだ。
現に彼らはその猛威を目撃しているのだ。各寮対抗試合という大舞台で。そして大抵の《エレメントホルダー》は理解していただろう。その能力の異常性と狂気と恐怖を。
「これは…………」
パーソナルファイルは戸籍のようなもの。基本的に虚偽の記述や変更ができない。黒崎泥雲の能力名は『断頭台の救出劇』。確かにそこにそう示されている。
しかし各寮対抗試合、玄武寮対麒麟寮で彼は堂々ともうひとつの能力、現代ではあり得ないとされていた、系統の違う二重能力を発動させたのだ。これは試合終了後も話題になったが、黒崎泥雲の自主的な退学もあり、誰も真相には至らなかった。
他の二人もそうだ。白虎の総代表、森本良樹は特に驚きの表情を見せていた。
「先日校舎棟白虎区のコロシアムで起こった、契約者エンヴィと名のる者の襲撃も捏造された事実だ」
聞き捨てならないといった様子で森本良樹が立ち上がる。
「事実を教えていただけますか校長」
「落ち着け森本。追って話す」
校長が森本をなだめ、一度着席させる。
「まず、一連の流れを話そう」
校長は語る。
各寮対抗試合から始まった全ての出来事を。
脚色と捏造はもちろんされている。
基本的に辻井椋が他寮を行き来していたことは伏せられている。そして永棟契が、契約者であったということもだ。
「始まりは《強欲》、皆も知る各寮対抗試合だ」
話が徐々に紡がれる。
「次に《暴食》、蒼龍第一女子寮の襲撃事件だ」
椋も自分の記憶を紐解くように、記憶をさかのぼる。
所持者、大久保の名前は伏せられていたが、襲撃された理由はエンヴィが結晶を回収するためだということは話された。
「次に《色欲》、白虎区のコロシアムとその周辺を微塵にした事件だ」
かなり脚色されたものではあったが、大まかな内容で皆は納得している様子だった。
もちろん、椋が戦闘を行い、《色欲》を回収したということは話された。
「その次は《怠惰》。所持者今井堂田は私を直接襲撃してきた」
どんどんと語られていく話。その当時のことを鮮明に思い出せるのは、相当の恐怖を抱いていたからだろうか?
そしてこの次に語られるのは……
「そして同時に起こった、契約者エンヴィの今井堂田襲撃」
どう説明されるのか、心臓を鳴らしながら、冷や汗をかく。語られた内容に、永棟契という文字が出てくることはなかった。
契約者を椋が撃退したのち、村本がしかるべき機関に委ねたというこが、おおむねのあらすじった。
黙り混んだ契が強く拳を握っていた姿は椋の目に焼き付いて離れなかった。
「そしてたった今起こった、芙堂頓馬の襲撃事件だ」
村本に言葉を返したのは第2の議席、中央の円に座る《エレメント》の内の一体。天使というのが一番しっくり来る。女性なのか男性なのか見た目では判断がつきにくいが、金にウェーブがかかった髪。頭上には椋の光輪にも似た、金色の輪が浮遊している。背中の羽は自重を支えるには少し、いや、かなり心もとない大きさに見える。
「今の話を聞いている限り、これほどに大がかりな議会を開くほどの緊急事態ではないと思うのだが」
天使の発言に冷静に村本は返答する。
「先刻、私、正の《魔術師》とその隣正の《隠者》が撃退に向かったのですが、結果は凄惨たるものでした」
「その言い方、気にくわないな」
天使から痛々しいほどの覇気が放たれる。会場を飲み込み、椋のもとまで届く頃には、天使は続けていた。
「まるでこのガブリエルが貴様らより弱いと言っているようにも聞こえるのだが」
発言に会場の、《エレメント》達がざわめく。今この場にいるホルダーは全員認知している事実がある。正の《魔術師》村本重信は、戦闘力で言えば現時点の《エレメントホルダー》の頂点に君臨する男だということだ。
自らをガブリエルと名乗った《エレメント》は、そんな正の《魔術師》に喧嘩を吹っ掛けようとしているのだ。
「あまり調子に乗るなガブリエル」
「なんだと?」
緊迫した空間をさらに加速させたのは誰でもない、フールであった。こんな事態が起こりかねないため、《エレメントホルダー》同士での会議がおこなわれてこなかったのだが、案の定そうなってしまった。
道化師は天使に向かい、続ける。
「正の《審判》。貴様の実力は確かに折り紙つきだ」
「ふん、わかっているではないか」
愚者の一言に気をよくする審判。しかし、次の一言で会場が凍る。
「しかし、正の《魔術師》にはまるで及ばん。村本はこの学園のシステムのために常に能力を行使しなければならん。正の《塔》とぶつかった時もきっと実力の一割も出せていないだろう。それでも貴様と同等の力はあるだろうが」
「ちょ!フール!!」
「そして正の《塔》はその上を行く。我と正の《魔術師》と正の《隠者》だけでは到底太刀打ちできないだろう。おそらく、この場の《エレメント》が単体で突撃しようと、勝機はないだろう」
挑発するかのような、愚者の発言に思わず椋が止めに入ろうとするが、《愚者》の次の行動で会場が再び驚愕につつまれる。
「だから皆の力が必要だ。頼む、我に力を貸してくれ」
《愚者》がその場にいる他14の《エレメント》に頭を下げたのだ。
「我は非力だ。これまで七罪結晶を相手にしてこれたのはひとえに憑代と幸運のお陰だろう。正の《塔》をどうにかしないといけないと言うわけではない。正の《塔》が持つ七罪結晶をこの世から消しさらねばならんのだ」
「なぜそこまで必死になる?」
ガブリエルの問いにフールは頭を下げたまま答える。
緊張した空間が、ピークを迎える。会場の全ての人間、《エレメント》が、固唾を飲んで《愚者》の言葉に耳を傾けた。
「それが、憑代の椋の望みだからだ」
○~○~○~○~○




