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15

「気づいてらっしゃらなかったのですか?」


と、混乱状態の椋の頭を覚ましてくれたのは乙姫の声だった。


「なにに?」


もうわからないことが多すぎて思わずそんな質問をしてしまう。

クスッと笑い声を漏らす乙姫。目の前の真也は大きく声をだし腹を抱えて笑い出した。


「ハハハッ!お前があの《愚者》か!!」


先程までの重圧はどこに消えたのか、さっぱりとした印象をもてる。目の前で大笑いする真也にどういう反応をしたらいいのかわからず、放心状態になるが、真也はきびすを返すと、乙姫の方に向かい、大きな手を乙姫の頭にポンとおく。


「俺は乙姫の兄、真也だ」


そういえば、先日今田堂多の身元を調査してもらった時に乙姫が「お兄様に調べていただいた」がどうとか言っていたような気もする。


「で、お前は入寮祭の時、乙姫を助けてくれたいわば妹の命の恩人って訳だ」


助けてなんか……。と若干の否定を加えるが、まるで聞こえていなかったかのような素振りで、話を続ける。


「入寮祭に《愚者》が麒麟寮の代表として出ていたことは後で聞いたんでな、ろくにお礼にも行けず失礼した」

「そ!そんなことないです!」


ようやくすこし冷静になれた脳みそで言葉を紡ぐ。


「その代わりといってはなんだが、今田の件でチャラにしてくれ」


言葉が出ず、首を数回たてにふることしかできなかった。乙姫が自分の頭にのせられた兄の手を振り払い、「はやくしてくださいお兄様」と催促する。

席への移動を意味しているのだろう。


「ああ、わかった。悪いな辻井、また今度ゆっくり話そう」


そういうと朱雀寮の一面は麒麟寮の右側の席に順に着席していく。一番後ろを歩いていた榎田ががんやらなにやらを飛ばしてきていたのは気のせいではないだろう。


「アンタもなかなかやるわね」


と小さな声を飛ばしてきたのは先のとなりに座る真琴だ。


「なにが?」


と返すとすぐに溜め息をつかれ、すこしだけムッとするが、真琴は冷静にその理由を説明していく。


「アンタ朱雀の総代表と直でつながってんのよ?あの『完全恒常性』パーフェクトホメオスタシスと!!」


興奮気味の真琴が織り成す単語に引っ掛かりを持ちつつ、尋ねる。過去に聞いたことがあるような気がしたからだ。


「『完全恒常性』って?」

「アンタ知らないの?いくら傷付けてもすぐに治るの。再生に近いかしら?」

「それって正の《審判》の力なの?」

「そんなことアタシが知るわけないじゃない」


ぼそぼそと話しているその時、会場の扉が再び開いた。

再び反射的に身体を向けてしまう。


入ってきたのは白の集団。

前に一時的に着ていたこともあってか、微妙な懐かしさを感じる。

言葉を発すれば、また榎田のように絡んでくる可能性を否定できないため、口を閉じて待つ。


「白虎寮総代表森本良樹。正の《刑死者》楸洋太(ひさぎようた)負の《恋人》弧毬毬藻(こまりまりも)|その他5名入室する」


聞き覚えのある名に椋の奥で怒りが沸いてくる。


森本良樹。


そう昔でない過去に聞いた名だ。

白虎寮の総代表でありながら、入寮祭の寮対抗試合で奮闘した金田雅を称えるどころか、蔑み、白虎という名の環境でのイジメの対象にした人間だ。

ここで反抗してもなんの意味もない。理解しているからこそ、怒りを無理矢理沈め黙りこむ。

彼の言い方からして、総代表は《エレメントホルダー》ではないのだろう。


白虎寮も合計8人の列を作り、麒麟寮の隣に座る。

五人の中に少なくとも知っている人間はいない。まぁ、《色欲》の回収戦は一日という短さで終了したのだ。無理はない。

あの日の嫌な記憶が脳内を巡るなか、胸の奥で何か疼くような感覚を覚える。それは少なくとも善的なモノではない。そんなよくわからない感覚を覚えた。


「どうしたの椋、顔色悪いよ?」


隣に座る沙希が心配そうな瞳を向けるが、「大丈夫」と一言いい、その場をしのぐ。

 となりの釉上も心配そうな目でこちらを覗き込むが、ただ静かに時が経つのを待った。



○~○~○~○~○


 

 二時までの残り時間は後一分に迫っている。

 既に玄武寮、蒼龍寮ともに八人の入室は済んでおり、残りは麒麟の三席を埋めるのみとなった。

 釉上のよると村本の送った招集の文章は、それぞれの寮の総代表、ホルダーに送信されていたらしく、内容はこうだったらしい。


 「午後二時より臨時の全寮集会を行う。各寮の総代表は全ての《ホルダー》を連れ職員塔に来るように。各寮八席まで座席を用意してあるため、信頼できる生徒や教師を連れてきても構わない」文末にはしっかりと「全ての《ホルダー》が見えない場合は厳重な処分を下す」とまで書き添えてあり、ほぼ強制的に参加せざるを得ない状況だったそうだ。

 しかし参加する意義も存在する。

 各寮が定員ギリギリまで人数を揃えて参戦する理由は、各寮の所持する《ホルダー》を知るためだろうと、真琴は予想していた。

 これまで隠し通してきた、お互いの戦力を知ることができる機会として利用しているのだ。

 これは利点とも言える部分だろう。むしろそれがなければ参加しない寮も出てきたかもしれない。

 

 残り少ない時間。まだ契と大宮は会場に到着しない。


 何をしているのだろうか?

 少々会場の雰囲気がピリピリしてくる中、1時59分40秒、ついに扉が開いた。


 「麒麟寮、正の《力》永棟契、負の《月》大宮亜実、入室します!」


 大きな声を放ったのは契。彼の劇的な変化を感じ取ることができたのはおそらく真琴と椋だけであった。

 時間がないのを理解しているのか、それ以上何も言うことなく契と大宮は釉上の隣の席に座る。白虎とのあいだに開いた一席。本来であれば、総代表が来るべきなのだろうが、何故か麒麟の総代表は現れない。

 というよりも、そもそも椋は麒麟の総代表が誰なのかを知らない。これまでの学園生活をほとんど蒼龍で過ごしていたということが大きな理由だ。



 時間はついに午後二時に。

 議長席に着席した花車学園の長であり、正の《魔術師》村本重信が立ち上がる。


 「これより、第一回、正の《塔》掃討作戦会――――――――――」

 

 村本の開会宣言をぶち壊すように麒麟寮席の真後ろの扉が大きく開け放たれる。


 「わりぃわりぃ、おくれちまった!」


 息を大きく荒らげ、なんとか間に合ったという表情を醸し出しつつ、右手でごめんの合図を意味しているであろうジェスチャーをしている男。

 制服には黄色いラインがしっかりと刻まれている。


 「麒麟寮総代表、喜来凜太(きらいりんた)到着!!」


 会場の空気を全てかっさらって登場した男は他の寮の総代表たちとは違い、覇気というかオーラ的なものを感じることができなかった。

 麒麟の総代表として意識しているのか、背筋を伸ばし、ついでに鼻の下も伸ばしながら移動し、白虎のすぐ隣にあった空席を埋める。

 その後微妙な沈黙の時間が流れたことは言うまでもない。


 「ん?どうしたんだ?さっさと始めてくれよ!」


 空気を読まない男の発言が、さらに会場の空気を冷たくしたことは言うまでもあるまい。

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