50
―――――――――契に《エレメント》を宿らせる
『御前は本気でそう考えているのか?』
そんな声が脳内に響く。
《愚者》の考えは自分に伝わるし、自分の考えは《愚者》に伝わる。
それは当たり前のことなのだ。
だからこそ《愚者》はいつでも自分を助けてくれる。間違いを正してくれる。道を示してくれる。
(無理かな…………?)
問いかけにそう返す椋は残された道への可能性を《愚者》に問う。
それは希望に近い。奇跡に近い。実際のところ実現できるかどうかなんてこと椋にはさっぱりわからない。
しかしそれしかないのだ。
『確かにその方法ならば小僧の呪縛を内側から開放してやれるかもしれん……。しかし我にその様な力ない上に、それには小僧自身の強い願いが必要だ。今の生を諦めようとしている小僧には到底無理だ』
《愚者》のはっきりとした答えが椋に帰ってくる。
『御前自身の時はどうだったんだ。御前は死にたいと思ったか?違うはずだ。我は御前の強い生への執着と小娘を助けたいという強い願いの元に御前に宿ったのだ』
(そうだったかな……)
『それに我々が宿る人間にはそれぞれ適性が必要。無理に宿らせようものなら小僧の方が持たんぞ』
(それでも………………!それ以外の方法が見つからないんだ…………)
呻く契を目の前に椋はただ立っていることしかできない。
彼が暴れだす前に結晶自体を封印することは簡単だ。
しかしそれは契の精神の崩壊を意味するに等しいのではないかと考えている。
あの狂ったような契を見てしまった以上、結晶の封印を自らの手ですることは不可能なのだ。
かと言って直接手を下せと言われて親友の首を着ることなどできようものか。それならばいっそのこと自らの命を絶ったほうがマシだとさえ思える。
(なぁフール……。無理ではないんだよな?もし、もしも契にエレメントが宿れば、契は七罪結晶の依存から解放されるんだよな?)
そんな問いを《愚者》に投げる。彼は少しのあいだ黙り混むと、小さく呟く様に言う。
『確証はない。だが可能性は高いと言っておこう……』
(それが解れば充分だ。ありがとう……)
『しかし、エレメントはそう簡単に宿るものではないぞ。小僧に生きる意思、強い願い、そして何より小僧に生存価値がなければ宿ることすら無いだろう……。そもそも、枠が空いているのかどうかも解らん……』
(それでも、やらなきゃいけないんだ……)
椋は目の前で呻き声を上げうずくまる契りの前で、膝を折ると、恐らく自分の中の自分と戦っているであろう契に静かにいう。
「俺はお前を絶対に殺したりなんかしない……」
その語りに呻く契は必死に声を絞り出す。
「なん…………で!!」
「お前は俺の親友なんだろ?お前は俺達を……沙紀を……真琴を……懋を守るためにその身を七罪結晶に汚したんだろ?俺がお前を殺す意味がどこにあるんだよ……」
「それでも……それでも僕はもう僕に戻れな……」
契の諦めの言葉を遮るように叫ぶ。
「諦めるな!!!!」
椋の叫びでその場の空気が少しだけピリッとなる。
「自分の可能性を否定するな!!もう駄目だなんて考えるな……!死のうとなんて考えるなよ…………」
次第に弱くなっていく叫び。これ以上の言葉が見当たらないのだ。
解決策は見えていてもそれを実行に移す方法が存在しない。
悔しさと共に猛烈な虚しさに襲われる。
「僕だって好きでこの道を選んだわけじゃない……。生きたい……生きたいんだ……。もっと、もっともっともっともっとみんなと一緒にいたいんだ…………」
「だったら!!」
契の言葉に反応するが、彼の呻き声の混じる声にかき消される。
「初めて出来た大切な親友たちを傷つけたくないんだ……!!こんな……こんな醜くて汚くて劣悪な力……僕が欲しかった本当の力じゃない…………!!!!」




