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『がぁッ!!』
と弱く声を漏らす契。
犬神の方へと契の体を投げ、椋はすぐさまに飛ぶように後退する。
『あまり調子に乗るなよ《愚者》ァ!!!!』
苛立ち。そんなものをはるかに超えた怒りの感情が椋に向かい降り注ぐ。
その言葉が聞こえたと同時に、強く赤黒く光りだす犬神の右前脚の五つの爪。対空中は手を焼いたあの斬撃だ。
直線的な攻撃。いくら速いといっても軌道を確認することさえできれば避けることは実にたやすい。
先の空中戦でこの技が連発可能なことは確認済みだ。
椋は契を中心にして弧を描くように走る。犬神の攻撃もそれを追うようにして繰り出されていくが、それが椋に当たることはなかった。
「いい加減に!!」
速度を殺し、走る方向を九十度変え、円の中心にいる契との距離を詰める。弧を描くように移動していたのはこのためだ。
先程まで犬神を挟むようにして向かい合ったいた二人だが、今その直線上に犬神は存在しない。
このままの速度で突っ込むことができたのならば犬神に守護された契の心を、偽りの形で守る殻のようなあの仮面を叩き割ることができるかもしれない。
「目を覚ませぇ!!!!」
叫び迫り出した固く握られた素手の拳。椋の一撃の軌道は完全に一人を捉えていた。
反応はできていたのだろう。しかし契がそれを行動に移すことはできなかった。体がついていかなかったのだろう。椋の重たい右拳は再びその仮面に到達した。
「おぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉ!!!!」
左足にかけていた重心が徐々に移動する。
前に、前に、倒れてしまうことなど考えることもなく、右拳へとそれが伝わっていく。
ピシィッ
と一つ嫌な音が。
仮面に入った亀裂からあふれるどす黒いオーラが意志をもって椋の拳を押し返すかのように抗う。
しかし今の椋の勢いはその程度で止められるものではなかった。
犬神が左右、十の爪を赤く光らせ攻撃を放つその寸前。
「とどけぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
ビシィィ!!
先ほどよりもさらに嫌な音が。
「あぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!」
叫び、その拳を振り切った。




