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 《愚者》は静かに言う。

 ただ単純に『諦めるな』と。


 憑代である椋の体内に居る以上、少なくとも《愚者》はこの状況を理解しているはずだ。

 その上で彼はそれ以上のことを語らない。

 ソレが何を意味しているのか。思考が止まりかけていた椋の脳はソレを考えるために再稼働を開始した。

 簡単に考えれば誰にでもわかることだ。

 

 『自分で考え行動しろ。思考を止めるな』

 

 《愚者》の言いたい事はただそれ一つなのだ。思考を止めなければ終わる事はない。最悪の結末を迎えようと、考える事をやめなければその先へ進める。もしかしたらそれが最良の結果を生むことにつながるかもしれない。


(諦めなければ可能性は消えない…)


ふと、思考の隅でくすぶったいた言葉が、ここぞと言わんばかりに競り出してくる。

一滴、また一滴と落ちる涙が地面で小さな楕円を形成した頃、椋はようやくまともな思考を取り戻した。


「……らねぇよ……」


頬にたまった涙を払うように大きく頭を振り上げ、一度大きく右足をならす。足元で響く破壊音。それに続き響く怨念のような禍々しい悲鳴合唱。

もう一度大きく右足をあげエンヴィ……いや、永棟契に見せつけるようにそれを降り下ろし、叫ぶ。


「要らねぇよこんなもん!!」

 

 宣言し、足元に転がっていた七罪結晶《強欲》を粉々に粉砕する。


 『どうして……どうしてお前はそれを拒絶できる!!力が欲しくないのか!?』

 「黙れよ偽物…………」


 椋は予想を立てていた。所持者の本心と対話できる唯一のチャンスがあることを。

 そう、所持、使用している結晶を破壊した直後だ。

 結晶に吸われていた感情が解き放たれた直後、結晶への依存症が最も収まっているその瞬間なら、もっとも本心に近い所と対話できるかもしれない。希望ではあるが最も現実的な予測だ。

 

「始めようぜ……」

 

その声を聞いて契が反応するまでに椋は行動に移っていた。


「喧嘩の続きを!!!!」


背後でなり響く猛獣の牙を掻い潜り、一気に距離を詰める。さほど長くないその距離は叫び終わるころに零になる。


まず、椋は契の後ろに回り込む。

単純に犬神の攻撃を止めさせる為だ。勢いよく猛牙を振るっていた犬神も、主人への攻撃は本能的に避けるようで、ピタリとその動きを止めた。

椋は回り込んだ時の勢いを殺すことなく、滑り込んだ契の背後で右足を基軸にし、左足を地面すれすれの低さで薙ぐように回した。


『ツッ!!!!』


反応しきれないもどかしさなのか、契は苛立ったように舌打ちをし、そのまま姿勢を崩していく。

 椋は低くしていた身体を起こす。自然な屈伸運動に少しだけ勢いをつけたような、たったそれだけの行動でも、今の条件ならば拳をそえるだけで、有効な打撃となる。

 腰、いや、横腹と言ってしまったほうがいいかもしれない。日頃から鍛えていたのであろう筋肉質な身体を抉りぬくように放った拳はそこを貫き契の体をくの字に折り曲げさせた。

 


 



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