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嫌な感触が掌から伝わってくる。そう、骨を砕くような粉砕音。《嫉妬》が崩壊する音なのだろう。強欲や色欲の時と同じようにこの世のものとは思えないような恨めしい叫びとともに、犬神が消滅する。
エンヴィが急降下を始める。かなりの高度があるためこのまま落下してしまえば本当に死んでしまうのではないだろうか?
それも良いかも知れない。
頭の中に浮かんだそんな負の感情を否定するように何度か首を降ると、エンヴィが地面に激突するのを避けるために、椋は彼の所まで跳躍するため足場を蹴ろうとする。
キュオォォォォォオン
そんな耳を裂くような高温がその場で鳴り響く。
足を止め様子を伺っていると、先程までエンヴィを守っていた尾裂狐がエンヴィを落下から守るように球状 を形成し、彼を包み込む。その姿も、その鳴き声も、まるで主人をなくした忠犬のようだった。
落下速度を緩めていた漆黒の球体も、かなり低高度まで下降したところで不意に崩壊する。
おそらくエンヴィ本人が完全に気を失ったのだろう。召喚主を失った獣はもう一度甲高い声で鳴くと、完全にこの場から姿を消した。
それを確認したところで、椋は足場を蹴りエンヴィの元へと向かう。
うつ伏せに倒れこんだ複雑な造形のフードをかぶったその少年。不意に椋の脳裏に嫌な予感がよぎる。どこかで見たことがあるような気がする。いや、毎日のように接していたような気がする。
黒く短いその髪、自分とほぼ同じくらいの身長。何よりも遠巻きにしか視認しておらず、今の今まで確認することのできなかった両の手にはめられた10個の指輪がその全てを物語っていた。
ほとんど確信へと変わってしまったその現実を否定するためにも、エンヴィの身体をゆらし、仰向けにする。
「…………………」
その衝撃で割れた仮面が徐々に顔面から離れていく。
認めたくない。その言葉が頭の中を埋め尽くしていった。
「なんだ……普通のガキじゃねぇか………………って、どうしたんだい椋?」
雁金さんが割れた《嫉妬》、胸元にかけられた《強欲》、腕に装着された《暴食》を回収しながら椋に尋ねる。
椋の異変を察知したのか、雁金さんが続けて質問を飛ばしてくる。
「まさか……知り合いか?」
椋は言葉を発することなく、ゆっくりと首を縦に降った。
説明をしようと思い持ち上げる唇はあまりに重すぎて、つい黙り込んでしまいそうになる。
それじゃあ何も伝わらない。そう思い開いた口から出た言葉は思考がまとめられず、うまく雁金さんに伝わらないかもしれない。しかし伝えなければ……。
「永棟契……僕と同じ寮に所属する同級生……僕の親友です……」




