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「そんなことより来るみたいだよ?」
今多が忠告を飛ばすように椋に言う。
「そんなことわかってるっての!!」
不規則な軌道を描き暴れまわる黒狐が滞空するエンヴィの前で一旦制止すると、その形を球状から円盤状に変え再び高速回転。猛烈なスピードでこちらに向かい飛んでくる。
「俺が一旦時間を稼ぐ。アンタは鬼熊の再召喚を!!」
椋は今多にそう言い残すと、右足の濁った光輪を消費させ跳躍。到達地を滞空しているエンヴィよりもかなり手前、7mほど距離をあけた位置に設定する。
跳躍に反応したのか、案の定尾裂狐が軌道を変えこちらに向かってきた。
この前みたいな単純な小細工が通じるわけがない。それが分かっているからこそ今は憎むべきか、七罪結晶コードネーム《怠惰》の鬼熊に頼る他ないのだ。
少しでも時間が稼げればいい。
目的地で形成される光輪の足場。それを蹴り二段階目の跳躍。今度こそエンヴィの真正面へと移動する。
こちらの行動に対して一切の反応を示さないエンヴィ。
そんな不気味な人間の周囲を覆う謎の障壁。これをどうにかしなければ話は始まらない。
「弾けろ!!」
初撃で残した光輪の痕。位置調節が可能となったこの能力を使い、椋は黒崎戦と同じようにエンヴィをこちらへと引き寄せる。
「オラァァァぁぁぁぁああぁぁ!!」
構える右手は確実にその顔面を捉えていた。逆くの字に折れ曲がった姿勢を元に戻すタイミングでその一撃がエンヴィを貫いた。
不思議な障壁が消えていたわけではない。しかしエンヴィは急降下し、そのまま接地する。
しかし衝突した様子はない。やはり何か別のものに守られているかのようにエンヴィは無傷といっても良かった。
軽く体を持ち上げたエンヴィの視線は寮を見つめることはなく、鬼熊を再召喚しようとする今多の方を見つめ続けていた。
『《怠惰》…………』
エコーがかかったようなエンヴィの声。ダメージどころか椋との戦闘すらなかったかのように振る舞い、ただその体で今田へと向かい歩き出す。そのスピードをだんだんと上げていくエンヴィ。次第に体を浮かし、不自然な姿勢で空を切る。
『駆けろ犬神!!』
仮面から溢れ出る黒紫の結晶光はエンヴィの股下に集中していくと、その場の空気を変えるような尋常ではない禍々しさを放ちながらその形を形成していく。たくましく太い4本の脚に鋭利な牙を生え揃える黒犬は容赦なく今多に向かい食らいついた。




