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 しかし不安は消えない。

 何しろ相手は好戦的。前とは違い心構えをしっかりともち勝負に挑もうとする人間。そしてフールでさえ恐れていた召喚系能力所持者。なによりも完全勝利者(パーフェクトゲーマー)という堅苦しくも大きすぎる肩書きが椋の脳内を圧迫する。


 「椋……アンタが迷うのは解るけど、もし断った時、《色欲》回収戦にアンタが関わってたって世間に露見したときアンタの今の立ち位置は相当マズいものになるって事はちゃんと理解してるのよね?」


 真琴の言葉がまるで杭のように胸に突き刺さる。


 「わかってるよ……」


 もちろんそっちの方も真剣に考えた。損得勘定を行う時間はあったのだ。それでもわからない。決断がつかない。

 まず大きな問題としてこの七罪結晶の一件を隠し通している人間二人にこのことがしれてしまう。

 七瀬沙希と永棟契だ。

 上辺の記憶なんて簡単に消し去れる。しかし今回のように特定の個人に知らされるのではなく学園全体、つまりは社会的に公にされてしまえば、いくら記憶を消そうとそこに齟齬が起きる。記憶操作なんてものを何度も繰り返されれば人間いずれガタが来てしまう。

 いくら学園側が情報を書き換えようと、人はそれ以上に人から聞いた話を信じる。永遠に消えることのない負の連鎖がその一瞬から始まってしまい、それは沙希へ、契へ、学園全土へ。言い訳が効かない状況まで追い込まれてしまう。


 これが《怠惰》回収戦を拒否した時のマイナスだ。


 いくら計算しても拒否してしまえば損の方が確実に大きくなってしまう。


 それなのに。


 どうしても頭に浮かぶ。あの一瞬が。上空から見た地獄が。桁の違うレベルで関係のない人間を巻き込んだ愚かな自分が。それを引き起こした忌々しい黒山羊が。


 「怖いんだよ…………」


 話題が振られるたびに毎度のようにフラッシュバックするその光景が。


 「だんだん解らなくなってくるんだ…………」


 あの黒山羊が、黒狐が、猛烈に椋の恐怖心を煽る。

 意識し始めたら急に体が震えだす。寒気が全身に走るのを両腕で抑える。ベッドの上で自らの肩を抱き、殻を作る。

 その横で見つめる新田、真琴、金田の三人がどんな顔をしているかなてことわからない。きっと臆病者だと思っているに違いない。

 

 「なんで俺が……!」


 うずくまって、三角座りの姿勢のままベッドの底に向かい叫ぶ。

 

 「なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!!」


 


 

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