19
瞬時、椋は何が起きたのかを一切理解することができなかった。
ただ分かる。今自分の体中に感じる違和感の正体が傾山羊の角が全身に刺さっていることから来るものだということが。
「え?」
疑問。にともない痛みが追いかけてくる。
「あ゛あぁぁぁぁぁぁあ゛!!」
耐えることなどできようものか。
大樹の枝のように複雑に分岐した角。一つは左足を地面とともに貫き、縛り付け、一つは右手の甲と上腕を縫い付けるように、一つは腹部に。他にも数カ所小さくも鋭利な角が刺さっている。
身動き一つ取れない。
取ろうとすれば全身に激痛が走り、体がそれを拒絶する。
視界に入る白鳥、まるで黒の繭の中心にいるかのように硬い角々に守られている。
「何だ……生きてるのか……」
まるで本心を口にだすようにさらりと、白鳥からそんな言葉が出てくる。
痛む全身。動くことのできない現状。どうすればいいのかの対処法を模索するには苦しい状態だ。
そのまま少し時間が経つ。空白の時間。痛みにただ耐えるだけの時間。
全身から嫌な汗が吹き出す。
上空で頭を下げる傾山羊の角が収縮を始めたのだ。
シュルルルとだんだんと元の大きさに戻っていく角。
同時に椋の体を出血から守っていた栓が抜け落ちたのだ。
「あぁぁぁぁあああ!!」
再び絶叫。手から、足から、そして腹部から。くまなく全身から血があふれる。
垂れるなんてものではない。流れるだ。
しかしその傷は瞬時に修復されていく。
『またしばらく出られなくなるがあとはどうにかできるな?』
そんな言葉を残し、《愚者》が全身の治癒を始めたのだ。
(ごめん……ありがとう……)
『何を言っている。我らは運命共同体だ。我はお前に死なれては困るのだ。では幸運を祈る』
全身の傷がふさがる頃、もう《愚者》は深い眠りに落ちていた。
「お前は…………お前は一体なんなんだ……なんで『完全恒常性』を……」
流石の白鳥も余裕をなくしまるで化物を見るかのような目でこちらを見つめてくる。
彼の言う『完全恒常性』が何かはさっぱりだが、これで彼に見せた能力は完全に複数。
その怯えのようなものを敗北にどうつなげるか。それが勝負の鍵になる。確信を持った椋はフールからもらった力の解放を決意した。




